第214話 茶会議、初日⑦

「して、トルトゥーガは帝国の起こりについてどの程度知っておる?」


 ほぼなんも存じてねぇよ。そもそも俺が詳しいわけないでしょうが。


「大公国のさらに東にある、かつて栄えていた国と聞いています。あとは初代皇帝が勇者だったと伝説が残ってるくらいしか……」

「其方にも関係のある話だとは思わんか?」

「いえ、まったく」


 キッパリ答えると、陛下は少し渋い顔をみせた。なにが言いてぇのかは察しがつく。


 しかしだ。よしんば神様から聖剣貰った者が勇者だっつうのはよしとしても、勇者なるもん全員が国を建てたわけじゃああるまい。だったら俺には関係ねぇ話だろ。


「よいかトルトゥーガよ。もし其方に独立の意思があるのなら、余と同格となりうるのだ。しかも大魔導の勢力に加えて、出方次第では教会もそちらの側につくであろうな」


 陛下はチラリとベリルに目を向けて言う。


 聞いてると、少数だがとんでもない勢力に思えちまう。だからなんだってんだ、とも思うが。


「お言葉ですが私にその意思はありません」


 まだ信じきってねぇんだろうな。

 悪意や敵対心は感じねぇが、温厚な印象だったさっきまでとは大違いの為政者らしい厳しい目つきだ。

 しゃあねぇ。腹割って話すか。


「陛下、いまこの場で『カブキ御免状』を行使してもいいですかい?」

「構わん。其方の言葉で存念を申せ」

「では……」


 と、本音を語っていく。


 やや緊張感のある雰囲気のなか、陛下と王妃殿下だけでなく王子殿下も王女殿下も俺の話に耳を傾けた。

 だってのにベリルは呑気にメシ食ってる。気に入ったもんのおかわりまで要求する興味のなさでだ。

 

 一瞬、保身を考えた。反意がないことを如何に示そうか頭を捻る。

 だが、んなモンはすぐヤメだ。


 混じり気ねぇ俺の言葉で、日々どんだけベリルに振り回されてんのか、子育てに奔走してんのか、そういう一見無関係な話をしていった。

 受け取りようによっちゃあ少々イヤミに聞こえちまいそうだが、いまこうして慣れない場で冷や汗かかされてる現状ですら手に余るとも……。


「つうわけでして、国作りなんて厄介ごとは抱えたかぁねぇです。そもそも王様が面倒だって言ってたのは陛下でしょう」

「父ちゃん、それ言ったのあーし。あとサボリ関だし」


 おっといけね。

 気を取り直し、ゴマカし半分でつづける。


「もし俺を唆そうってアホが現れたら、どんだけカッ怠ぃことなのかコンコンと言って聞かせてやりまさぁ。なぁベリル」

「そーゆーのマジいらねって感じー」


 不躾がすぎるたぁ思うが、これが俺の、俺らの本心だ。いまの生活でも充分満足で、逆を言やぁ手一杯。ややこしい話はごめん被る。


 どうやらこっちの真意が伝わったらしい。陛下は表情を和らげた。


「さようか」

「さよーだし。つーか、こないだのホネホネゾンビもそーだけどー、けっこーそこらへんにめっちゃ怖いモンスターとかいるわけっしょ。なら身内でケンカしてる場合じゃねーし」


 合間に身振りで果実水の代わりを要求しつつ、ベリルはつづけた。


「ぜんぶじゃなくってもさーあ『もっとこーゆーふーにしてほしー』みたいな要望、王様は聞いてくれるし考えてくれてるわけじゃーん。だったら偉くなる必要なくなーい。そーそーたしか民意ってやつ。ちゃーんと反映されてるしって、あーしは思うわけ」

「民意か……。ふむ。民の意思に耳を傾ける、為政者として尤もな考え方ではある」

「まったくですね、陛下。いま私は自由なこの立場でよかったと心から思いましたよ」


 陛下や王族の方々には俺が想像もつかん苦労があるようだ。権力を振りかざせば、なんでも思いどおりできるわけじゃねぇわな。

 つうか聞きようによっては王様と民、どっちの方が相手に気ぃ使ってのかわからなくなるぜ。


「だがベリルよ。いまの話、裏を返せば『意を汲まぬなら……』とはならぬか」


 あえてボカすところがおっかねぇ。


「んんー……父ちゃんとかワル辺境伯ならそーすんのかもー」

「——するかボケ!」

「もー、ゴハン中に大っきな声ださないでー」

「お、おう。いやだがな」

「もー冗談だし。あーしが言いたいのは、ムリに叶えてもらわなくってもいーけど、聞くだけ聞いてくれたら嬉しいなって。もしダメなときは理由も教えてくれたら、なおベター」

「以前もそのように申しておったな」

「え? ん……と。うんうんそーそー」


 コイツ絶対忘れてただろ。


「でー、王様はあーしの話だって聞いてくれるイイ王様なわけじゃーん。つーわけで、あーしら反逆しませーん。証明終了キューイーデーイっ」

「さようか……。トルトゥーガにベリルよ、疑うようなことを申してしまったな」

「——いやいやいや! その、陛下としては当然のことを確かめられたまでと私は考えておりますので」


 さっきまでのピリついた空気は完全に緩み、和やかな空気になりつつある。

 が、そんな雰囲気なんぞお構いなしに、ベリルは新たに運ばれた皿に手ぇつけて、


「おおーう。これ、めちゃ美味っ」


 だとよ。


「もぉ〜ん、これめちゃご飯ほしくなるやつじゃ〜ん。ダメダメあっかーん、あーしガマンできひーん。給仕さーん! いますぐ白飯もってきてーっ。大盛り、はよはよプリーズッ」

「おいコラ」

「なに父ちゃん。てかこれ絶対ご飯に合うってー。どーせ明日のために練習で炊いたのあるっしょ」


 ベリルが狙ってやってんのか素なのかわからん。ついでにその妙な語調はなんなんだよ。

 とはいえ俺が助かった気分になったのだけは、確かだ。それはそれとして行儀悪ぃのはあとで叱らんとだけどよ。


 この問題幼児のやりたい放題に、王女殿下は頬を綻ばせる。


「まあ。ベリル様は奔放なのですね」

「ひひっ。だってお姫さま〜、あーしまだ六歳だもーん」


 そして器に盛られた米が届くと、


「うっひょひょ〜い。ヤバッ、炊きたてっ。つやっつやの銀シャリじゃーん」


 まるで我が家の食卓。ベリルはそんくれぇ遠慮なしにバクバク食ってく。どこから取り出したのか自分用の箸まで使って。


「たしか米であったか。ベリルは変わったものを食べるのですね。それも大魔導殿から?」

「んーと、そんな感じでーす」


 王妃殿下にスゲェ雑な答えしやがって。ポロッと本当のこと喋っちまうよりかはいいんだけどよ。


 以降は、いつでもベリルの世迷言を阻止できるよう俺は身構えた。またぞろ『東方侵略』とか言い出しかねんからな。

 しかし結局ベリルは米に夢中で、バクバク食うに終始していた。


「やはりベリルも・・・・米が好きなのだな」


 つい先日も似たような話を聞いたな。たしかヒスイが……。


「いいや、よい。いまのは忘れよ」


 やはり陛下はなんか気づいてるっぽい。

 だが知らんフリしてくれるってんなら、それでいいじゃねぇか。他の方々も気にしたふうでもねぇしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る