第216話 茶会議、二日目①

 翌日もベリルは起きぬけからご機嫌で喧しい。朝メシ食うのも一苦労だったほどだ。


 議場につくなり、すぐに書記んところへ向ってなにやら言いつけてやがる。

 どうせまたムチャこいたんだろ。

 不安になり聞いてみると、


「メモを写してって頼んできただけー」


 だとさ。

 ホントかよ?


「マジだし。だって父ちゃん、ぜーんぜんメモってなくなーい」


 決まったことくれぇ覚えとるわ。

 とはいえ、たしかに覚え書きをしといてもらえんのは助かるな。ベリルにしては善い行いだ。


 そんなこんなあって、いまは二日目の茶会——いやもう取り繕わんでもいいだろ——査問に臨む。


 陛下が去られてすぐに、宮廷魔道士筆頭のボロウン殿と文部の長官殿が質問の席につき、後ろには学者や魔道士が数名。


 俺ぁてっきり、最初の議題は魔導列車についてだと思ってたんだが……。ちぃと雰囲気が違う。


「まず、こちらをご覧いただきたい」


 いきなり紙を配られた。


 見慣れねぇ文字と、それとなんだこの絵図は⁇

 真ん中に横棒が引かれた円……であってんのか?


 まっ、いまから説明があんだろ。

 背もたれに体重を預けたら、ベリルがひょいっと俺と紙面のあいだに頭を割り込ませてきた。

 そんでポツリ呟く。なにかに慄いたような、コイツにしては珍しく慎重な口調で。


「シーイコール二パイアール」


「「「——読めるのかね⁉︎」」」


 スゲェ見事に腰を浮かせ、ボロウン殿らは前のめりに。

 だがそこまでだ。昨日の様子を見てた限りじゃあグイグイきそうなもんを、じっと言葉のつづきを待っている。


「……むむむ。父ちゃん、これめちゃ難問だし」


 ベリルは額に汗を浮かべて答えた。


「なんと! なにかの問いであったか」

「なにかしらの警告文かと推測していましたが」


 ボロウン殿どころか学者たちまでザワザワと。


「やはり大魔導殿に協力を仰ぐべきではないか?」

「しかし、受け入れていただけるでしょうか?」

「ここはトルトゥーガ殿とベリル嬢に口添えいただいて。でないと我々ではとても……」


 ちっともついていけねぇが、連中はヒスイに頼みごとしてぇらしい。

 真っ先に女房のイヤがる顔が目に浮かぶ。

 つうかたぶんこの記号…………。いや、その前に事情を聞くべきだな。


「あの、筆頭殿よろしいですか」

「おおぉトルトゥーガ殿、すまん。で、なにか?」

「事情がサッパリ見えねぇんですが、お聞かせ願えますかい」

「そうであった。ええ、この未知の文字と絵図はだな……」


 と筆頭殿が説明してくれた。


 どうやら問題の文字や図は、記憶に新しい元ラベリント伯爵領のあのダンジョンの最奥で見つかったそうだ。

 あんだけ警告したのに、よく入っていく気になったもんだと呆れちまったぜ。国として放置もできんとしてもだ。


「うっへー。あのくっさくさダンジョンに入ったんだ〜。マジ引くわー」


 臭気を思い出したのか、ベリルはひでぇ顰めっツラ。


「てゆーか迷宮オジサン、ぷぷっ、マジざまぁだし。ダンジョン取りあげられちったんか〜」


 みたいだな。

 んなことより問題は、ダンジョンの最奥まで掘り進んでいたこと。

 ちなみに魔導歯車に関しては、一部の残骸が発見されたとのことで、こっちについては解決済みでいいだろう。


「そこには砕かれた石棺のようなものがあり、脅威と報告のあったアンデッドが封じられていたと推測する。そしてこの文字や図形は、件の部屋の壁に描かれていたモノだ」

「それって、モロ隠し部屋あるじゃーん」


「「「——やはりか!」」」


 なんでそういう発想になんのか理解できん。

 いや隠し部屋のあるなしじゃあなく、あんなヤベェのがいたダンジョンのさらに奥を、しかもわざわざ隠してある部屋にまで手ぇ出そうなんて頭どうかしてるとしか思えねぇ。


「ベリル、オメェはもう喋るな」

「なんでー? ゼッタイお宝ありそーなのにー」

「仮にあったとしてもだ。オマケにあの骸骨野郎並みの、ヘタすりゃあもっとヤベェのが封じられてる可能性だってあるんだぞ。あんなのの相手、俺ぁ二度とごめんだ」

「そこは、ほら、また投げ銭アタックで。つーか神様からもらった武器もあんじゃーん」

「…………当たればな」


 この一言で、加熱していた空気が静まりかえる。ようやく理解してもらえたようだ。


「もしまた先日のアンデッドと同等の魔物が現れた場合、大魔導をもってしても退治は難しいでしょう。そんとき俺ぁなんもかも放り出して、女房と娘、息子家族にうちの者ら連れて真っ先に逃げ出しますからね」

「トルトゥーガ殿、その発言は王国の貴族としていささか……。いいや、それほどであったか」

「報告はあがってないんですかい?」

「受けている。熟読したが、にわかには信じられなくてな」


 チラリとポルタシオ閣下の様子を伺うと『すまん』って顔されちまった。

 しかしまさかこんな話になるとは思ってなかったぜ。だがいい機会だ。ここはしっかり釘刺しておこう。


「断言します。昨年の猪豚種オークの大群、あれを蹴散らした筆頭殿らの魔法を食らわせたとしても、擦り傷一つ負わせられねぇ相手でした」

「…………そうか」

「去った脅威なんで柔らかめに伝わったかもしれませんが……、さっさとあんなダンジョンは埋めちまった方がいい」

「マジくっさーだもんねー」


 臭いは関係ねぇよ。


「……では、近日中に閉じよう」

「ぜひそうしてください」


 ちぃと不躾な物言いしちまったが、納得してもらえてなによりだぜ。


「だが一つだけよいか。今後、同様なものを発見した際の指針ともなるゆえ。ベリル嬢、お聞かせ願いたい。この問いはいったい……?」

「シーイコール二パイアール……、ごめんだけど、あーしの英知をもってしてもこの難問は解けねーし……」

「そうであるか……。いやムリを言ってすまなかった。では、この議題はここまでとしよう」


 筆頭殿らはまだ諦めきれてないっぽいな。こりゃあ陛下がいる前でもう一度、念押ししとかねぇと。


 つうかこれ筆算だよな、イコールっての見たことあんぞ。なにを求める式かは知らんがよ。

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