第200話 ソウルフードだし②

 イエーロに勧められるがまま大量のタルトを買い、役所へと戻った。

 しかし、ひとがせっかく差し入れしようってのに左大臣殿からは断られちまう。納得いかん。


「なぁ、気を悪くせんでくれまいか。いまワシらが、トルトゥーガ領の税に関して検めておるのはわかるであろう?」

「ええ。だからこそ手間を増やして済まねぇなと、気持ちばかりのモンを持参したんですけど」

「それ、賄賂になってしまうじゃろ」


 ……あ、納得。


 くっそ、イエーロが成長したとか錯覚だった。こんくれぇのこと気づけよ。しかも新鮮な果物がオススメやら言うから、足の早ぇモンばっか買っちまったじゃねぇか。

 いや違うな。俺が先に気づかないとだよな。


 ってな具合に、俺は大量の菓子を抱えて『なにやってんだか……』と途方に暮れていた。そしたら、


「まだトルトゥーガ殿はおるかのう?」


 ポルタシオ将軍閣下が役所に顔をみせたんだ。どうも俺を探してる様子。


「閣下、先日ぶりです」

「おったかおったか。こちこそラベリント領では世話になったの。して、少しよいか」


 わざわざ将軍自ら? なんの用だ?

 口ぶりからするにアンデッド退治の話ではなさそうだが、ここは「構いません」としか答えられんわな。


「うむ。明日の茶会についてだがの、」


 明日は去年と同じく、陛下と重臣揃っての茶会が予定されている。そこで魔導三輪車トライクを献上するって話もついてたはず。

 だというのに、この切り出し……。ロクな要件じゃあなさそうだ。


「明後日以降で、トルトゥーガ殿の都合つく日に変えても構わんか?」

「ええ、問題ありません。ご配慮くださりありがとうございます。こちらは明後日でも明明後日でもその先でも、そちらの都合に合わせます」


 というか陛下の都合に合わせるべきだろ。俺ぁ忠誠を誓ってる身なんだしよ。

 だが、この持ってまわった日程変更の問い合わせにはワケがあった。ワナと言い換えてもいいかもしれん。

 そんで俺は余計なことを言って、まんまと嵌っちまったらしい。


「そうかそうか! いやはや助かった。なぜかワシに調整の役が回ってきてしまっての、困っておったのだ」

「……はあ」

「では明後日から三日、いや余裕をもって五日間予定を空けておいてくれ」

「——はあ⁉︎」


 思わず声をあげちまった。だってそうだろ。いまの口ぶりだと茶会が三日、長引けば五日もつづくって話になる。

 んな茶会聞いたことねぇよ。あるのか⁇ 俺が知らんだけで、上級貴族とか高級官僚だと日を跨ぐ拷問みてぇな長時間の茶会とかすんの?

 いいや絶対あるわけねぇ。パーティーですら二日くれぇが限度だろ。


「もちろん食事の心配はせんでよいぞい。それと王宮に客間も——」

「まさかたぁ思いますが、泊まり込みですか?」

「う、うむ。ベリル嬢は喜びそうではないかの」


 よりにもよってベリル同伴で顔出せと。

 そりゃあアイツは喜ぶだろうがよぉ……。


「ポルタシオ閣下。なんでそんなことになってんのか、ちょっくらお聞かせ願えませんかねぇ」

「——お、おいおいトルトゥーガ殿。そんなに怖い顔するでない」

「こういう作りなんで。で?」

「実はの……」


 聞くとどうも、この一年でトルトゥーガがやらかしたことについて、役所の各部署へ詳細の確認やら問い合わせが殺到しているらしい。

 んで、ちょくちょく呼びつけて聞き取るよりはお偉いさん方の都合をつけやすいって理由で、日をまとめちまおうって考えに至ったそうだ。


 案件によっちゃあ役目を跨ぐ場合もあって、陛下はもちろん将軍閣下や左大臣殿に限らず参議殿やら長官殿やらと、つづく偉いどころも顔を出すって話だった。


「それもう茶会じゃあないですよね」

「名目上は茶会だのう。でないと、他の貴族たちも招かねばならなくなるでの」

「あくまで陛下と直臣のみの私的な茶会と?」

「うむ。その方がトルトゥーガ殿にとってもよいのではないか」


 そこを突かれると弱い。

 こないだもラベリント伯爵、その前はウァルゴードン辺境伯殿と揉めたばかり。知らん貴族とはあまり関わりたくねぇ。

 聞き取りした役人が俺の代わりに答えてくれるってんなら、ありがたい限りではあるが……。


「三日から五日もあれば予定も組みやすくなる。午前から晩餐までは会議となろうが——」

「いま会議って」

「いやいや茶会だ、茶会議だ」


 なんだよ、そのなんも実も結ばなそうな会議は。


「での、以降は翌日の議題や報告などをまとめてもらう時間とできる。ふむ。よさそうではないかのう」

「サラッと言うんで聞き流しちまいましたが、さっきの晩餐とは?」


 目ぇ逸らさねぇでくれよ、頼むから。


「陛下がの、ハンバーガーを食べてみたいと……」


 んなもん勝手に食えばいいだろうが。 


「レシピを贈ります」

「他にもいろいろあったであろう。それを——」

「まさか屋台メシを供せと? そんなことは仰いませんよね。んなこと言われたら俺の胃と心臓はいくつあっても足りませんぜ!」

「そこを……なんとかならぬか? ほれ、スモウ大会に酒を贈られた礼だと思って、のう?」


 のう? じゃねぇよ。ったく。


 どうやら、リリウム領で新作や新味の食い物を広めたのまで伝わってるらしい。こりゃあ逃げられそうにねぇか。

 

「どうなっても責任はそっちで頼んます」

「おお! 引き受けてくれるか。ワシもくれぐれもと口添えしておくでの。明日にでも宮廷料理人が打ち合わせに伺うだろうて」

「料理人はもちろんですが、陛下だけでなく各所すべてに『忖度してくれ』ってお伝え願いますよ。俺がこの手のことを不得手にしてんのは、閣下もよくおわかりのうえだと思いますんで」


 おまけにベリルまで連れていくんだ。勘弁してほしいぜ。


「任せておくがよい」


 ではの、と軽い足取りで立ち去ろうとした将軍閣下は出入り口の前に差し掛かると、クルリ取ってを返してきた。


「のう、その差し入れ、よければワシ経由で渡しておこうか。あくまでワシからのお裾分けとしてならば賄賂には当たらんであろうて」

「そりゃあ助かります」

「うむよいよい。では明後日また会おう。ベリル嬢にもよろしくのう」


 と、ポルタシオ閣下はご機嫌で去っていった。


 さてさて、うちの問題幼児にはいつ教えてやるとするか。

 早くても企てをアホほど詰め込んできそうだし、ギリギリだとその場で思いつきをブチ込んできそうだしよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る