第201話 ソウルフードだし③

 割り印を押された控えの書類を背負い袋に詰め、俺は役所をあとに。

 来たときの半分になってるはずの重さが、不思議と肩にズッシリのし掛かる。


 のちほど・こんど・いずれまたってな具合に、先延ばしにしちまった俺の責なのは認める。

 だからって三日も四日も王都に泊まり込むハメになるたぁ、想像を絶するひでぇ展開だ。


 しかも屋台メシを食わせろとか……。ありえねぇだろ。

 陛下は王様らしく豪華で美味いモンでも食ってろっての。いちいち庶民の味なんぞに興味をもたんでもいいもんを。

 つっても、うちみてぇな塩っぱい貴族に目ぇかけてくれてるんだから、満足してもらえるよう精一杯やるしかねぇんだけどよ。



 なんとか開き直れたところで、アンテナショップの前についた。


 うっかり手土産を忘れちまったが、どうせヒスイとベリルがアホほどなんか持ち込んでだろう。なら俺は手ぶらでいいやな。


 さて、どっから入ったもんか……、と外観や店内を眺めた。


 漆喰を塗った白い壁に木目が揃えられた床、天井も同じく。店先が大きく開放されてんのが唯一の特徴ってくれぇ真っ当な店構え。

 品物だって、木棚に余裕をもって展示品を並べてあるだけ。

 一瞬『誰が意匠を考えたんだったか?』と思い出すのに苦労したほど、普通だ。


「これたしかベリルが考えたんだよな」

「呼んだ?」


 ——ぬお! びっくりした。


 ベリルが俺の虚を突いて話しかけてきたんだ。

 しかもアンテナショップから出てきたんじゃなく、なぜかとなりの店——たぶん空き物件——から、ひょっこり顔を出して。


「なんでそこにオメェがいる?」

「内見ってやつー。あーしのブランドコンセプトに合うショップ作りを考えたら、新しいお店いるかなーって」


 必要な情報な欠け落ちまくってるが、言いてぇことはわかった。

 要するに、こないだのシャツなんかの衣料品は、魔導ギアとかとは別に広げていきいてぇってことなんだろう。


「初耳なんだが」

「ブランド名決めたって言ったしー」

「違う。店についてだ」

「んなもん、ブランド立ちあげるんならショップ作んのなんて常識じゃーん」


 常識、なのか?

 俺もそこらへん疎いからな……。まぁいい。のちほど詳しく聞こう。


「んで、その店はお眼鏡に叶ったんかい?」

「んーんーぜんぜーん。微妙」

「王都は建物が密集してっからな。建て直し考えてんなら、一度役人と相談した方がいいぞ」

「…………てかどったん? マジ父ちゃんらしくねーアドバイスじゃーん。なんかあったとか?」


 鋭い。その勘のよさを普段から俺への気遣いにまわしてくれるとありがたいんだが。


「ちぃと疲れたから、そのへんの話はメシ食ったあとでいいか。俺ぁ少し休みてぇんだ」

「ほーい。んじゃあーしがアンテナショップ案内してあげる〜」


 俺、休みてぇって言ったよな。


 このあとさんざん陳列についてやら店構えについてやら、あれこれ説明された。が、もちろん俺の頭に入ってくることはなかった。

 


 ヒスイたちが使ってる客間で、軽く横になる。 

 目を閉じたらすぐに夢んなか。



 だってのに……。


 グイ。


 おいベリル。俺の顔で遊ぶなや。引っぱんな、やめろって……。


 ペシペシ。


 ずいぶんと懐かしいマネすんな。でもあとでな。


「…………」


 だからあとにしろって——


 ズプズプッ。


「んがっ。おいコラ、鼻んなか指突っ込むな! 息できねぇだろうがっ…………って、あれ?」


 イタズラの主はベリルじゃなかった。

 アイツなら、ちっとばかしデカい声をあげても煩さそうにするかケラケラ笑うだけ。


 しかし目の前にいたのは赤ん坊で——いかん!


「…………ひぅ……ぅゔぅぅ……——うぎゃあああああぁあんあんあんあん‼︎」


 ぅわんぅわん泣きはじめちまう。

 つうか顔にのし掛かってきてたのは、イエーロんとこの赤ん坊で俺にとっての孫だった。


「おうおう、すまん悪かったって。俺ぁ怒ってねぇから、なっ」

「…………」


 よしよし泣き止みそうだ——と思ったら、


「……んゔ…………——ふんぎゃあぁあ〜んあんあん! びぇええ〜んえんんんん!」


 さらにギャンギャン泣く、ピーピー喚く。いや違う。コイツ助けを呼んでんのか⁉︎


 そして頃合いを見計らったかのように、


「ああ〜っ、父ちゃんひっでーのー。サユサちゃん泣かしてっし〜」

「おい待てベリル、人聞き悪ぃこと言うな」


 さっそく現れた援軍から手痛い攻撃。


「よーしよーし。怖い顔だったねー。しかもいきなし大っきな声だされたらびっくりしちゃうよねー」

「おいおい、その怖ぇって顔で遊んでたのはソイツだぞ」


 これだから赤ん坊はよくわからん。


「お義父様すみませんっ」


 ようやくクロームァが来た。


「いや、こっちこそすまんな。泣かせるつもりはなかったんだが」

「大丈夫ですよ。よく泣く子なので」


 そういうもんか。そういやイエーロのやつもそうだったな。ベリルはぜんぜんだったから、そっちに慣れちまってた。


 ……んん? なんか違和感があるぞ。


「なぁソイツぁ——」

「サユサちゃん!」

「……サユサは、まだずり這いもできねぇんだろ」

「ええ。まだお座りの練習をしてるところです」

「だったらなんでこの部屋にいる?」


 ソソソ〜ッと犯人が背を向けたから、首根っこ掴んでやった。


「おうコラベリル。テメェ、赤ん坊をダシにして親父を嵌めよとしやがったな」

「——ち、違うしっ。サユサちゃんに爺ちゃん紹介しただけだもーん」

「だとしたら、なぜその場にテメェはいねぇ」


 目ぇ逸らしやがった。

 コイツのことだ。危ないことがねぇように隠れて見てたんだろうけどよ。


「ほらほら父ちゃんスマイルスマイル〜。怖い顔してっとまたサユサちゃん泣いちゃうし」


 捕まえられた猫みてぇにプランプランしてるベリルが、ワタワタ逃げようとしてる。

 それがツボなのか、サユサはキャッキャご満悦の様子。


「ケタケタ笑ってんじゃねぇか。しょうもねぇ言い訳するベリル叔母・・さんが滑稽だってよぉ」

「キー! オバサンって言っちゃヤッ! ヘンなの教えてないでっ。いま『ねーね』って呼ばせよーとしてる最中なんだかんねっ」

「そうかい」


 床に降ろしてやると、ベリルはサユサを構いはじめた。


 そうやってられんのもあと数年だぞ。すぐに背ぇ抜かれてオメェが抱っこされる番がくる。

 そうなっても姉貴ヅラするんか? ベリルならしそうだな。目に浮かぶぜ。

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