第五章 ソウルフードだし
第199話 ソウルフードだし①
さぁ、これからカチコミかけんぜぇ……。
俺は睡眠不足でおかしな昂りを抑えきれねぇで、その勢いのまんま支度する。
パンパンに膨れた背負い袋を二つ担ぎ、馬車なんて洒落くせぇもんには頼らず、己の脚で国家の中枢へと乗り込んだ。
向かうは王宮、の手前にある役人どものアジト。
ドカンと扉を蹴破って討ち入りてぇ気分だが、さすがにそういうわけにはいかん。
その代わり、窓口らしきカウンターに荷物を乗っけてけたたましく鳴らす。そうやって役人を呼び出してやった。
「ど、どう言ったご用件でしょうか?」
「確定申告」
目一杯ドスを利かせ告げた。
「……ええと」
「アセーロ・デ・トルトゥーガが、一年の経費を申告しに来たと言ってんだ」
「トルトゥーガ子爵様でしたか。いらっしゃると伺っておりました……が……その、この紙の束は?」
「申告書類」
もう一度、こんどは圧を増して。
「——しょ、少々お待ちを」
役人は断りを入れ、助けを頼みに走った。
おうおうじゃんじゃか連れてこい。書いた俺でさえ徹夜するハメになったんだ。半端な増援だとテメェら全員しばらく家に帰れなくなっちまうぞ。
待つことしばし……。ようやく援軍の到着。なんと、いきなり左大臣殿のお出ましだ。
いきなり大将自ら出張ってくるなんざぁいい判断するじゃねぇか。
俺は、左大臣殿を見て気合いを入れ直した。
カウンター越しに紙束の山をみた困惑顔と対峙する。
さぁ文句あんなら受けて立つぞ。
「トルトゥーガ殿、これは……?」
「昨年許しをいただいた『トルトゥーガ特別税制』の書類を持参しました。こいつには昨日までのぶんを余さず記してあるんで、納めてやってください」
丁寧に、だがキッパリと要件を告げた。
「…………。こんなに?」
「こんなにです」
「どれどれ……」
と左大臣殿は表題の項をめくり、一瞥した。
「これ、ぜんぶ?」
「ぜんぶです」
「正気?」
「いたって正気ですが」
「……せめて用途ごとにまとめられなかったのかね?」
ため息交じりで聞かれても答えは変わらん。
「いつどこでいかように、これがわからんと検めようがないと思いましてね。一つ残さず時系列順に記しました」
「なぁトルトゥーガ殿。王都の税に関する書類を集めても、これには及ばぬぞ」
「承知の上です」
「字ぃ、小っちゃくはないかね?」
「手紙だとこのくらいです。常識の範疇かと」
「ずいぶんみっちり書いてあるようじゃが」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや、そういう意味ではなくて……。ハァ〜……かなり時間を要しそうじゃな。精査したのち後日また改めてでよいか?」
「構いません。が、」
気乗りしない様子の左大臣殿の前へ背負い袋からもう一束——ドサリ。カウンターに置いた。
「こちらに控えがあります。相違ないかキッチリ確かめてください」
とうとう後ろで控えてた役人たちからも、大きなため息が漏れた。
「次回からは裏付けの書類とまとめの書類を分けてくれ」
「はい。次から必ず」
そっから、俺の目の前で役人たちは一枚一枚確かめはじめた。
ペラリペラリ紙を捲り、ペタンぺタン割り印をつくだけの光景がつづく。
たまに変化があるとすれば目のあいだを揉むくれぇだ。
退屈すぎて眠くなっちまう。
俺は睡魔に負けんようググッと目にチカラを入れ、ジッと耐えた。
すると左大臣殿から苦言が。
「なぁトルトゥーガ殿よ、そんなに役人たちを睨んでくれるな」
おっといかんいかん。そんなつもりはなかったんだが険がこもっちまったみてぇだ。
気ぃ張りすぎちまったか。
俺も眉間を揉んでグイッと肩を解す。したらだんだんと緩い眠気が襲ってきた。
そこでふと気づく。
ホントにいまさらだが『俺ぁどうしてこんなにもケンカ腰なんだ』と。
きっと一晩中この一年の目紛しい日々を思い出し、明日以降に予定されてる気苦労を考えたからに違ぇねぇ。
絶対に申告を通そうと意気込みが空回りしてたのもある。
だからってハネられてもねぇのに、のっけから強く出るのはおかしいわな。
頭ごなしにダメを出されまくるって決めつけてたが、役人たちは見るからマジメに、いきなり増やされた大量の確認仕事にも対応してくれている。
なのに俺ときたら……。
よし! こうなりゃあ差し入れだ。
「左大臣殿、ちぃと外します」
「構わんが……、見張ってなくて良いのか?」
やっぱりそういう風に見えてたか。
これは俺の大ポカだ。言ってみれば、いま役人たちはトルトゥーガ領のために働いてくれてる。
だってのに、面倒事持ち込んだヤツに睨まれてちゃあ堪らんよな。
「見張るなんてとんでもねぇ。みなさんがお役目を果たしてるってぇのに、楽してちゃあならんと同席させてもらっていた次第です」
なんか俺、だんだん言い繕うの上手くなってきてねぇか? こりゃあ誰かさんに毒されすぎかもしれん。
◇
いったん役所をあとにして、俺は菓子屋へ。
はじめは酒や弁当を差し入れようとも考えた。しかし酔っ払ったり腹が膨れたら仕事にならねぇ。
それとは逆に、甘いものは頭の栄養になるって常々ベリルから聞かされてる。だから菓子を選んだ。
ここら近くでなるべく高めな、普段は食わんモノがいいだろう。
そうやって目についたのは、ちっとばかり気後れしちまう華美な店構え。そこに決めた。
で、店に入ると、
「あっ、父ちゃん。なにしてんのー?」
ベリルがいた。隣にはヒスイとイエーロも。
なんで俺が大変な思いしてんのに、オメェらは呑気に高級菓子店で買い物楽しんでんの?
「あらお早いこと。もうお役所の用は済んだのですか」
「精査は後日だと。いまは控えと違いがないか確かめてもらってる」
「ああ、それで親父は差し入れを買いに来たんだね」
やっぱりイエーロに『親父』と呼ばれんのは、慣れねぇな。
一瞬、生意気な呼び方すんなって思っちまう。が、コイツももう一家の大黒柱でガキまでいる立派な父親だ。
それに、すぐに差し入れと思い至るあたり、そうとう王都で揉まれたんだとも窺える。ならもうガキ扱いはしちゃあならんか。
「おう。俺ぁこの店はじめてだからよ、オメェが見繕ってくれると助かる」
「いいよ。ここは新鮮な果物を使ったタルトってお菓子が有名なんだ」
「あーしらもそれ目当てで来ちったし〜。クロームァちゃんとサユサちゃんにいっぱいお土産買ってくんだもーん」
まだ赤ん坊のサユサはこんなもん食えんだろ。
わかってるくせに勢いだけで喋りやがって。
おっと長居してる場合じゃねぇな。買うモノ買ったら、俺はさっさと役所へ戻らねぇと。
「役所の用を終えたらオメェんとこ行くからよ」
イエーロに告げると、なぜか、
「今日の夜ゴハンめっちゃ期待していーし」
ベリルが応えてきた。ふひふひ含み笑いして。
ヒスイとイエーロの反応はそうでもねぇ。新作料理ってわけでもなさそうだ。となると……。
「なんぞ珍しい食材でも手に入ったんか?」
「おおーう。さっすが父ちゃん、よくわかったねー。ひししっ。米だし米っ」
想像どおり。だがベリルの目の色がおかしい。
「コメ……?」
「いっや〜、見っけたときマジあがったし! 東方に侵略したくなるレベルでっ」
綿花の話を聞きつけたときよりヤベェ顔つき。
その欲に取り憑かれたツラからは、どんなムチャでもゴリ押ししてきそうな気配がビンビン伝わってくる。
「…………そうかい」
こりゃあ疲れる晩メシになりそうだ。
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