第197話 そろそろ一年が経つ⑤

 技術交流会があった日は、同時に社会科見学も開かれることに。

 事前に頼んであったのか、なかには模型を作ってくる者もいた。


 ベリル曰く、


『子供に説明できるくらい理解してなきゃダメなんだかんねっ』


 だとよ。

 オメェは大人どころか自分でも理解してねぇことを言うくせに。つうか、説明すらせんことが多々あるのはどうなんだ?

 そのへんに触れちまうと話が逸れちまうから、ここでは勘弁しといてやるか。


 いまは水車職人のモリエンドが、カラクリの面白さについて語っている。

 この手の話は、そもそも子供受けがいいわな。


「みんなが食べてるパン。それを美味しく作るためには、まず麦を粉にしないといけないよね。でも手でやったら大変だ。なにせ麦は小さい粒で固いんだから」


 チビたちはポケーッとしてるようでいて、その実よく聞いてるようだ。


「そこで一度にたくさん粉にする道具を使うんだ。うん、この石臼だね。でもね、これは大人がガンバってもなかなか回せない」

「おもたそう」

「そうだね。トルトゥーガ様くらいの力持ちなら簡単かもしれないけど、そうとうの力持ちじゃないとずっと回すのは大人でも大変だよ」


 意識せずにチビたちから「じゃあどうするの?」という呟きが漏れる。

 するとモリエンドは待ってましたと、模型を披露。


「見ててごらん。水のチカラで、この大きな水車を動かして、臼を回すんだよ」


 と、水差しから水を注ぐ。


「「「わー、まわったまわったー」」」


 チビたちは机に身を乗り出して模型を注視して、うんうん頷きながら話に耳を傾けた。


「ふむふむ。これめちゃ大事だし。いわゆる知的好奇心を刺激するってやつね。よく知んねーけど」


 まったく知的に喋らんヤツが、偉っそうに聞き齧りのニワカ知識をのたまってやがる。



 水車の話が終わると、お次はハタ織り機を作ったボビーナの出番だ。


 なんだか職人の話ばかりに偏ってる気もするが、藪突いて蛇になっては叶わん。黙っておこう。

 もし傭兵の話をしろとでも振られたら、チビたちにどう説明していいのかわからんからな。


「お姉さんのお仕事はいろいろあってね、まず領主様のお手伝い。あとはおウチのことをして、ハタ織り機を作ったりもしているの。それと服を縫ったりもするわ」

「おしごといっぱーい」

「たいへんそう」


 ホントか? 興味の赴くまんまに仕掛け弄りしかしてない印象なんだが。


「たしかに時間が足りないと思うときはあるわね。でも大変ではないの」

「どうしてー?」

「面白いと思えるからかなぁ。今日はせっかくだからみんなに、私が面白いと思ってることを見てもらいたいの。どうかな?」


「「「みたーい」」」


 ということで、なんとボビーナは糸を紡ぐとこからはじめたんだ。しかも手作業で。

 いったいどんだけ時間かかるんだと思ってたら、少し糸を撚ってみるところを見せて、次へ次へ。ハタを織ってみせるのも少々で。


「ほーほー料理番組方式かー。ボビーナちゃんやるなー」


 そんな方式は知らんが、だいたいは実演したのちに『できたモノがこれです』とサクサク進めていくんだ。

 そうやって一着の服が出来上がるまでの触りを伝えていく。


「あたちの、これも?」


 チビの一人が、自分が着てる制服の裾を摘みながら不思議そうにしてる。


「いまの作り方でも縫えるけど、もっと簡単な方法があるのよ」


 と、こんどは魔道歯車で動く道具を使って、綿花から糸、糸から布、布から切り出し服に縫うまでを一気にやってみせた。

 目ぇキラッキラさせて、どいつもこいつも前のめり。感想ではなく質問を投げかけるほどに、興味を示していた。

 もちろん答えを聞いてもチンプンカンプンなのは、俺といっしょだったけど。


「お姉さんが一番面白いと思っているお仕事は、こういう道具を考えることなの。でも他のお仕事も楽しくて、一つに選べないからぜんぶやっているのよ。だからね、ぜんぜん大変とは思わないわ」


 なるほどな。持ってまわった言い回ししてるが、伝えてぇのは『選択肢は多くてもいい』『いくつ選んでも可』それだろ。

 おそらく事前に、ベリルがなんか吹き込んだのかもしれん。


「はーい。ボビーナセンセーありがとー。みんなわかったー? 世の中にはいろーんな仕事があるし」


 はーい。とお元気な返事。

 そのあとに声を揃えてボビーナに礼を告げた。


 ここで終わればいいもんを、ベリルのやつはいらんことを言わねぇと気が済まんらしい。


「まずちゃーんと勉強してー、んで、なんかやってみたいことが見つかったらそれでいーし。めっちゃガンバらなくっても、そこそこできそーなのあったらそれでもオッケー。女子率高いからって職場を選んでもいーし、イケメン多しってお仕事決めんのもありっ。でもそのぶん、なんもしなかったら困っちゃうの自分だかんねー」


 いつも思いつきを他人に押しつけて上前跳ねてるヤツがよく言うぜ。


 ここでチビたちは解散。

 座りっぱなしだったんで、ゴーブレが広場に連れてって運動させるそうだ。


 俺とベリルはといえば、ボビーナとシャツ作りの打ち合わせ。

 もちろん旦那のニケロも呼んで同席させてる。俺と同じくカカシだけどな。


「ボビーナちゃん。今日はマジありがとねー。みんなめちゃ興味持ってたっぽいしー」

「いえいえ。私こそ勉強になりました。うちの子たちにも話してみようと思います」


 って前置きからはじまり、


「こちらで織った生地をお送りして、トルトゥーガ領で切り抜きをおこない、またこちらで縫い合わせて服にする。ということでよろしいでしょうか?」

「最初のうちは、行って来てするぶん余計におカネかかっちゃうけどねー」

「けれど、それがあの子たちのお仕事になるんですもの。必要なことだと思います」


 と、アッサリ了承。

 ここでニケロが口を挟んで、雑談っぽい雰囲気に。


「うちで切り抜きの型を預かるのは少し怖いかな。魔道歯車だけは作業のあとは外して、教会に預けているけど。さすがに型を全部は頼りすぎで申し訳ないから」


 へえー。教会はそんなことまでしてくれるのか。

 多少の手数料はかかるとしても、あそこ以上に安心な場所はねぇやな。


「川沿いに道とか作れたらいーのにー。こんど王様に聞いてみよっかな」

「……ベリル嬢は、しれっとスゴイことを言うね」

「そーおー? 聞くだけならタダだし」


 そういう問題じゃねぁよ。アホたれ。


「おうベリル。聞くだけタダなら、まずは俺に聞け、なっ」

「ほーい」


 絶対わかってねぇわ、これ。

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