第195話 そろそろ一年が経つ③

 せっかく話がまとまったってぇのに……。


「ちょい修正していーい。あとお願いあるし」


 ベリルが口を挟んでくる。

 一つは、


「大々的なのじゃなくって、もっとこじんまりな感じにできなーい」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「王様とか貴族さんとかー、そーゆー偉い人の内うちだけでやった方がナゾ残るっしょ。したら、そっち気になって他のアラは目立たなくなりそーじゃね」

「ほっほっ、やはりベリル様は聡い方ですな」

「ひひっ。それほどでもあるし。てゆーかさっきのパターンにしたらさー、父ちゃんの聖剣が金棒みたいで見た目ヤベーから内緒にしてんのかなってなるってー。誰が見ても『え?それ?マジ?聖、剣んんん⁇』ってなっちゃうに決まってるし。つーかどーでもいーけど父ちゃんの聖剣って響き、微妙にエッチくね?」


 との要求だ。最後のは聞き流すとして、全体的には俺への助け舟になってる。

 可否を待たずベリルはつづけた。


「でー、お願いってゆーのはー、お相撲大会にも関係してくんだけどねー」


 と、いきなり話が飛んだ。

 いつもどおり辛抱強く聞いて、まとめちまう。


「……ふむ。悪くねぇかもな。つまりは、せっかく各地から貴族連中を集めるんなら、それを利用してスモウ大会の参加者も客もカネも集めちまえと。ついでにチャリティーだったか、うちのチビたちの養育費も募っちまおうってわけだな」

「そんな感じー」


 どこまでがいま思いついたなのかねぇ。コイツのことだ、もともと考えてあったのかもしれん。

 こうして神官長殿が来なくっても、手紙なりなんなりで話をコッソリ進めちゃうつもりだったに違ぇねぇ。如何にもベリルがやりそうなことだ。


「でねー、まだあってー」

「——まだあんのか!」

「なーにー、べつにいーじゃーん。人がアイディア出してんのを否定しちゃダメだし。そーゆーのが発想を狭めちゃうんだかんねっ。これ、ブレストってやつの基本だし」

「ブレスト? なんだいそりゃあ?」

「あーしもよく知んなーい」


 言葉の意味も知らねぇんなら基本もクソもねぇだろ。ったく。


「んで、つづきは?」

「えっとー、なんだっけ? あっ、そーそー『ちびっ子大相撲』したいって言おーとしてたんだったー。もー! 父ちゃんがチャチャ入れるから忘れちゃうとこだったじゃーん」


 プンプンしてみせるのは構わんが、ガキにスモウとらせるってことか?


「ねえベリルちゃん。ママは少し心配よ」

「なんでー?」

「土俵を柔らかい地面にしたり低くするなどの対策をしても、きっとケガをする子がでるのではないかしら」


 まったくもってそのとおりだ。

 少々のケガくらいは元気な証拠だ。うちならヒスイの治癒魔法があるしな。だが、


「あの子たちの養育費を募るために、子供たちがケガをしてしまうような試合をさせて、しかも見せ物にしてしまうのでしょう。奇特な方ほど気の毒に思い、逆効果になるのではなくて」


 俺もおんなじことを考えた。

 しかしベリルはあっけらかんと答える。


「ヘーキヘーキッ。ちびっ子大相撲は、手押し相撲にするもーん」

「聞いた感じだと、決まり事が違うのか?」

「んっとねー、ルールが違うってより……、そもそも違うし。てかこーゆーのって見た方が早くね」


 ということで、俺らは広場へ向かった。



 広場では、ゴーブレが監督しつつチビどもが元気に駆けたり踊ったり。その傍らでなんぞ不思議な勝負をしている。


「あれが手押しスモウか?」

「そーそー。あれならケガしないっしょ」


 ふむふむ。対戦者同士が向かい合わせになって……手で押し合って。んで、ほうほうそういうことか。手のひらしか押しちゃあいけねぇんだな。


「見てるぶんには、チビどもが真剣にやり合ってんのは伝わってくるが……。やってて楽しいのか、これ?」

「やってみればいーじゃーん」


 たしかに。と神官長殿を見ると目を逸らされちまった。なら、


「おうゴーブレ。この手押しスモウとやら、いっちょ試してみてぇ。いいか?」

「ワシが相手ですかい。へへっ。こりゃあ旦那から一本とれる機会到来かもしれやせんぜ」


 あんだとコラ? いい度胸じゃねぇか。


「ベリル、立ち合い人やれや」

「ひひっ。そーやってすーぐムキなるー」


 そしてチビどもに囲まれ、俺とゴーブレは向き合った。


「確認だが、手のひらは押していいんだよな。んで、足を動かしたら負け。縛りはこんだけか?」

「そーそー。あと、手ぇ隠すのは十秒までってローカルルールあるし」


 ほぉう。ここらへんが、ゴーブレが勝算を見込んだ理由だろう。

 駆け引きがあるってのぐれぇ、この俺が見抜けんと思ってんのか。嘗められたもんだぜ。


「はっきょーい……——のこった!」


 ベリルの発声と同時に、俺は手を出す。

 だが、これはスルッと躱される。

 さっそく曲者ぶりを発揮したゴーブレは、自分の身体に触れさせて反則負けさせるっつう手を使ってきたんだ。

 だが、この程度想定してたっての。


 俺の次の手は、肩から先を柔らかくして、待つ。

 そこへゴーブレは、


「手ぇ隠したんか」


 駆け引きを仕掛けてきた。


「ワーン、ツー、スリー、フォー……」


 たぶん十を数えてんだろう。さっそく改善点だ。次からわかる言葉で数えさせねぇとな。


 まぁそこらへんはゴーブレを倒したあとの話。

 いまは目の前に集中して、手ぇ見せたところを押し込んでやる。

 その一瞬を見逃さねぇよう神経を研ぎ澄ませた。

 そして——


「もらったぁあああー!」


 見せた手のひらに、渾身の押し出し。

 が——


「テメッ、この!」


 ゴーブレの野郎、手が触れるや否や受け流しやがったんだ。おかげで重心がつま先に偏る。

 つんのめりそうな隙を晒しちまったが、押して来いとばかりに手のひらを向けておく。

 テメェの押しを利用して体制立て直してやんぜ。


 という俺の狙いは——


「ゴーブレの勝ちー」


 片手で押してこられてハズされた。

 クルッと身体が回り、俺の手が肩に触れまったらしい。くっそ。


「おいゴーブレもっかい、もっかい勝負だ。次は本気だすからよ」

「旦那には悪ぃんですが、勝ち逃げさせてもらいやすぜ」

「テメこのッ——」

「父ちゃん! ムキになりすぎー」

「…………そっか。そうだな。うん」

「どーお? 楽しかったっしょー」

「まぁな。身体の扱い方だけじゃなく、視線で騙しいれたり駆け引き仕掛けてみたりとなかなかやり応えがある。勝負の妙味もあって面白ぇな。ケガの心配もほぼないだろうし、いいんじゃねぇか」


 ここでベリルはクルッと神官長殿の方へ向く。


「つーわけで、ちびっ子大相撲とお相撲大会の同時開催で、よろー」

「我々が、競技を広めて参加する子供を募ればよいのですね?」

「そーそー。教会あるとこで予選とかしてさー、派手にやりたいな〜って。あっ。もちろん宿泊費とか旅費は王都にくる貴族さん持ちねー。賞品はー、王様におねだりすればいっか」


 一つもテメェの持ち出しはねぇんだな。

 俺の財布にとっちゃあイイ話なんだが、発起人としてどうなんだ、それ。


「スモウ大会の賞品は、うちから出すんだろ?」

「もっちろーん。みんな魔導ギアの特注品だって決めつけてくるだろーしー。でも、ちびっ子たちには参加賞のお菓子とか、優勝した子にはちょっとした記念品でよくなーい」

「それだと大して集まんねぇんじゃねぇか?」

「そーお? 貴族さんって見栄っぱりだろーし、めちゃ強豪を送り込んでくると思うんだけどなー。自分のとこはこんなに元気で強い子供がいるんだぞー、名誉だぞーって」


 ああ、ありそうな話だ。


「それにさーあ、子供からしたら王都に旅行いけるとか、めっちゃヤル気になりそーじゃね。連れてってくれる貴族さんも、美味しいモン食べさせてガンバらせよーとするだろーしー」


 参加すること自体が褒美になるってことか。


 ガキにムチャさせる不届き者もいそうだが、そこらへんは教会が大会参加の窓口になってくれれば大丈夫そうだな。神事の一環って話なら、まず滅多なことはせんだろう。


 このあとも神官長殿は、チビどもが手押しスモウするさまを微笑ましく眺めていた。


「ベリル様のお考え、感服しました。尽力いたします」


 と、協力を約束してくれた。いろんな意味が込められてそうな使命感を帯びた表情で。

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