第194話 そろそろ一年が経つ②
「具体的には?」
可否はさておき、いったん筋書きを聞きちまうことにした。
神官長殿曰く——
ダンジョンから現れた恐ろしいアンデッドの王を阻止せんと立ち上がる、俺。
決戦に向かう前に、ふと見かけた教会に立ち寄り神に祈りを捧げた。そのときだ。聖剣と共に神託を授かる。
そして邪悪なアンデッドを倒し、平和が訪れたとさ。めでたしめでたし。
——だとよ。
うちの問題幼児が聞いたら抱腹絶倒すること請け合いの『誰それ?』みてぇな話だな。
いいや……遅かった。すでに腹抱えてやがる。
「ぶっひゃひゃひゃひゃ! 父ちゃんの悪党ヅラでっ、祈っ、んぷぷっ、祈っちゃうの〜っ。マジありえねーし〜。はひーはひー、もー笑わせないでくんなーい」
チッ、足止め失敗か。
ゲラゲラ喧しく、ベリルが応接間に入ってきた。
「神官さーん。いらっしゃーい」
「お邪魔しております」
「つ……つーか、さっきの話……ぷぷっ、なにあれ? リアリティーゼロじゃーん。教会でカネ目のモンないか物色してたとかならわかるけどさーあ——ぷっひゃはははは、ねーわ、絶対ないし〜。あっひゃひゃひゃ、どぅわあ〜はっは〜っ!」
おいベリル。親父を指差して笑うたぁどういう了見だ! って怒鳴りつける気力もねぇ。俺も同感なんだからよ。
「はー……はひーお腹いたー。あ〜も〜、父ちゃんも神官さん来てんなら、あーしにも教えてくれればいーのにー」
オメェが邪魔だって追い返したんだろ。実際んところは、それに乗って足止めしたんだけどよ。
「てゆーかー、さっきの話だと絶対バレるってー。要は、あーしが聖女さまかもしんないってバレないよーに、ゾンビやっつける方法を広められたらいーんでしょー。余裕じゃーん」
「お聞かせ願えますか」
「まっかしてー。えっとねー、こーゆーのはウソは少ない方がいーし。あとちょい謎を残しておくとベター」
いつもの調子でいらんことをペラペラと。
ほうほうと神官長殿が相槌打つもんだから、余計に喋り倒す。
辛抱強く待ちに待って、ようやく結論だ。
「つまり父ちゃんのピンチにー、健気で清楚で可憐な可愛いあーしは、か弱い抵抗しちゃうわけ。ポッケに入ってた銅貨をポーイッて。んで弱ったのを見て、父ちゃんはハッと閃く。実は『銅貨効くんじゃね?』って」
これを聞いた神官長殿は「よいですな」と納得。
俺としちゃあ、どんだけ自分を美化するんだかとツッコミたくはあるが、我慢だ。未だ解決できてねぇ問題があるからな。
残るはアンデッド化をどう防ぐか、だ。
「てかさー、銅貨だとしても浸かれるほど持ってる人って少なくなーい?」
「……たしかに」
「だからね『教会に駆け込めば女神さまが助けてくれる』みたいに広めたらどーお。ゾンビになるの治したら、また預けたらいーし。てゆーかそっちの方があーし的には普通な感じすんだけどー」
やっぱりベリルの普通がわからん。が、これは教会にとってもいい話に聞こえる。
「確認なんだけどさーあ、ゾンビに噛まれてから大丈夫な時間ってけっこーあるんでしょ?」
「どうなのでしょうか……」
「アンデッドの程度にもよるけれど、あのリッチーのような個体による呪いでなければ三日ほどは保つわよ。もちろん体力がつづけば、という条件つきで」
神官長殿の代わりにヒスイが答えた。
「ママ詳しーしー。なら冒険者しゃんとか村の人とかがゾンビにガブッてされても、急いで教会に駆け込めば間に合いそーじゃん。てゆーか、そもそも教会いかないと銅貨いっぱいねーし」
言われてみりゃあそのとおりだ。
「でー、父ちゃんが勇者さまゲラゲラになるわけでしょー。ん? つーか勇者ってなに? なにする人なん?」
いちいち俺をイジらんと話ができねぇのか、コイツは。
「聖剣を授かりし者、それが勇者様でございます」
「そんだけ? なら聖女ってのは?」
「神の声を聞きし者ですよ」
「ふーん。なら、あーしは違うかも」
「お聞きになられたのでは? そのように報告を受けておりますが」
「そんな感じしたってだけー。あーし、そー言ったと思うけど」
神官長殿はかなり困惑ぎみだ。というよりここに来てからずっと、以前みせていた好好爺やしい笑みは鳴りを潜めてる。
それだけ教会にとったら重要なことを話に来てるってことか。
「アセーロさん。少々認識が足りないかと。教会だけではなく、王家どころか諸外国の貴族たちにとっても一大事なのですよ」
俺の考えを読み取ったヒスイが、こう解説してくれちゃあいるが、いまいちしっくりこねぇ。
「なんの役目かも知れねぇ者が、そんなに大層なモンなのかい?」
「ええ。ミネラリア王国の東、南北に並ぶ二つの大公国を挟んだ先にある帝国は、かつて教会の支持を得た勇者が建国したのですから」
国を建てた、か……。よっくわかった。そりゃあ一大事だな。いくら古い話だろうが、いろんな者らが敏感に反応するってのも頷ける。となれば、
「へし折っちまおうぜ」
「——お、お待ちくださいトルトゥーガ様!」
「聖剣が勇者の証ってんなら、ペキッと始末しちまえば解決だろ。いかんか?」
なに言ってんのコイツ、そんな顔された。あの温厚そうな神官長殿に。
「うっはー。父ちゃんマジ蛮族だしー」
「へへっ。それほどでもねぇけどよ。折るのがマズいってんなら……そうだな。いっそのこと献上しちまうか。なんか王家に箔がつきそうでいいと思うんだが」
それぞれのツラを見る限り、ダメらしい。
神様がくれたモンだからな。言ってみるだけでも罰当たりだったか。
やや考えこむ間があり、神官長殿はかなり言いづらそうに、
「まだつづきがありまして。国王陛下と重臣の方のみの、内うちの話なのですが……」
と切り出したのは、
「——式典を開くだぁあ⁉︎ それって聖剣のお披露目会みてぇなもんかい?」
「そのとおりです」
「だったら聖剣を貸し出すだけじゃあ……」
「さすがにそういうわけには。これは王が諸侯の前で、正式にトルトゥーガ様を勇者と認める儀式です。それをもって釣り合いをとる狙いがありますので。主役がいなくては成り立ちません」
諸侯の前で、儀式……。
イヤなんだけど。割と本気で。
「——ぶっはははは〜! ヤベヤベェ、父ちゃんみんなの前で勇者ゲラゲラって認められちゃう〜ん? だっひゃひゃひゃひゃ、あーしゼッテー観に行くし! はひーはひー、うぉ、お腹、ょ、捩れちゃ〜うっ」
「こおらベリルちゃん。あなたの噂を隠すためでもあるのよ。そんなに笑ってはアセーロさんが可哀想でしょう」
「ぷひひっ。そっかそっかー、マジごめーん。でも、くぷっ、想像しただけで……くっひゃひゃ——ぶっふぅぅぅぅう! ムリムリ、だってぜーんぜんキャラ違うし〜。父ちゃん主人公ポジじゃねーってゼッタ〜イ。んぎゃっはっはっはっはっ!」
「もう。なにを言っているのかしらね、ベリルちゃんは。アセーロさんの晴れ姿よ、きっと素敵に違いないわ。とても凛々しく振る舞われるアセーロさん……。嗚呼、ときめきが止め処ない♡」
「父ちゃんが『俺、勇者、キリッ』みないな——ぶぅわぁ〜あっはっはっはっー! い、息できねーしっ、くひーっくひっくひっ、はひーはひー……」
…………。
話にならん二人は放っておく。
このあと俺と神官長殿は話を詰め、
『大々的に聖剣の勇者と宣伝する代わりに、教会はベリルに関してなにを聞かれても口を噤む』
ってぇ密約を取り付けた。
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