第四章 そろそろ一年が経つ

第193話 そろそろ一年が経つ①

 ベリルが骨折った甲斐もあって、チビたちは仲良くしてるようだ。

 未だガキなりに多少は思うところや、気遣いが行き違うことなんかもあるだろう。そうスンナリとはいかんさ。だが、それが普通の子供ってもんだろ。



 さて、今日はずいぶんと放ったらかしにしてた案件。ずっと忘れてたスッポンが『おや』っと注目を集めた。

 ふと、その背に何匹もの子亀を乗せてんのを発見した。前に持ってきた卵が孵ったんだ。


「おおーう。赤いのレアもいるし。こんちはー」


「「「qu……」」」


 ベリルの言うこと聞いてるようだから、スッポンが仕込んだ子亀なのかもしれん。


「スッポーン、アンタも大変だねー。カノジョに逃げられちったかー」

「kyuu……」


 なに言ってんだコイツ。と、俺にはスッポンが首傾げてるように見えたんだが、


「だいじょぶだいじょぶ。子亀が大っきくなったらまたナンパしに行ったらいーし」


 ベリルにとっては違ったらしい。謎の会話が成立してるって感じだ。


 うちの者らも、餌やったり撫でたりして慣れさせようとしてる。

 子亀が口元に持ってっこられた葉っぱチンダチをモサモサ食う姿を見て、イイ歳こいた爺さん一歩手前のオッサンたちは目ぇ糸にしてデレデレ感激してた。勝手に名前まで付けはじめる始末だ。


 このまま増えてけいば、全員が騎乗するって未来もあるかもしれん。が、この甘やかしっぷり見てると戦場へ連れてけるか心配にもなる。


 こんな具合に、どこもかしこも子育てに振り回される日々がつづいていく……。



 そんなある日——

 かなり珍しい客が訪ねてきた。

 ヘタなお偉いさんがやってくるよりも意外で、外で見る姿が珍妙にも思えちまう。


「神官殿、今日はいったい……?」


 そう。王都でもリリウム領でも世話になった老齢の神官殿がうちの領に来た。先触れもなくだ。

 最初に報せがあったときは耳を疑ったが、実際にトルトゥーガで対面しちまうと、ほえぇぇ、ってなっちまう。


「今回は教会のいち神官ではなく、神官長としてお伺いいたしました。とはいえ肩書きなど対外的なものでして、普段は他の神官と同じく勤しんでおります」


 つうことは、いつもの仕事とは違う外向きの話があるってことか。

 心当たりがありすぎて、思わずため息こぼしちまいそうになる。


「ではベリルも同席させます」

「いえ。まずはトルトゥーガ様と奥方様にお話させていただけたらと存じます」


 それもそれで、なかなかに難易度が高ぇんだよな。どっかで聞きつけた問題幼児が乱入してこないとも限らねぇ。

 なんかしら夢中にさせてから話に入った方がよさそうだ。俺んなかでは世界一聞き分けのねぇガキだからな、アイツは。


 ということで、いったん神官殿——もとい神官長殿の相手をヒスイに任せて、俺はいったん席をはずした。


 たいした時間もかからず、ベリルはすぐに見つかる。それはいいが、誰かに構うのではなく珍しく一人で、作業場の並びにある小部屋の一つにいたんだ。


「……なにしてる?」

「あっ、父ちゃん。ごめんだけど、あーしいま世界の真理に迫ってっから。めちゃ取り込み中だし」


 なんだその大層なお題目は? オメェが言うとスゲェ物騒なモンに聞こえちまうぞ。


 手元を覗きこむと、そこには定規……。それを三本重ねてチマチマ三角を作り、なんぞ調整でもしてるようだった。


「もおー! めっちゃ気ぃ散るし。あーしマジ忙しーから父ちゃんと遊んであげらんないって言ってんじゃーん」


 それ、ちんまい娘が親父に言うセリフじゃあねぇだろ。

 だけど夢中になってのは都合がいい。


「なにしてるかだけ教えとけ。そしたらとっとと退散するからよ」

「まったくもー。ホントは答え見つけてから自慢しよーと思ってたのにー。みんなには内緒だかんねっ」


 前置きが長くなりそうだ。

 わかったわかったと頷いで先を促す。


「いま角度を測ろうとしてんのー。何対何か忘れちゃって、めちゃ苦戦中だし」

「ほぉう。んなもんがわかるのか。そうかいそうかい、そいつぁスゲェな」

「でっしょー。あーし天才だもーん」

「おうおう、たしかに天才かもしれん。だったら邪魔しちゃあいかんな。なんならメシもここに運ばせるかい? 学者っつうのは研究室に篭るのが相場らしいからよ」

「——それいいかも! むっちゃ研究してる感あるし」


 やっぱりカタチから入りたがるよな、コイツ。


 ここでヘタなこと口にすれば長引いちまう。だから俺は余計なことは言わず、ベリルが使ってる小部屋をあとにした。


 これなら当分は大人しくしてそうだ。


 そっから女衆のところで足止め工作を頼み、ようやく神官長殿んところへ。


 場所は、以前使った会議室よりも手狭な、かといっても三人には広すぎる応接間だ。


「待たせちまったようで」

「いえいえ。こちらこそ突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」


 ヒスイの隣に腰を下ろす。

 神官長に同じ話をさせるのもなんなんで、ヒスイに伺った要件を聞いた。こうすれば内容の確認にもなるからな。


「……大まかには二点、か」

「ええ。まずはアンデッドの退治方法、並びにアンデッド化の治療についてからご相談させていただきたく」


 なんぞ問題でもあるのか?


「アセーロさんは、ベリルちゃんの発想に慣れてしまいすぎなのではなくて」


 ああ、バッチリ毒されてるのかもな。


「あのようなアンデッド化の解呪や硬貨を攻撃の手段とするなど、まず思いつきません。私の知る限りでは、どの故事にも該当するものはありませんよ」


 コイツが知らんってことは、ヘタすりゃあ教会の者でも初耳なのかもしれん。というよりだ。だからこそこうやって立場のある人間が出向いてきてるんだろう。


 ここでヒスイが隠さずにベリルの名を挙げたこと自体が次の話にも繋がるんだが、それは後回し。


「突飛なマネってのはわかるけどよ、なにか問題でもあるんですかい?」

「お許しをいただけるのなら、教会から広めたいと思いまして」


 そうすりゃあいいだろうに。なにを許す必要がある?

 余程のことでもない限り、あんなヤベェバケモノと鉢合わせることなんかまずねぇ。だとしても、アンデッド化を防げたり退治できたりすんのはいいことだ。


 俺の疑問を読み取ったようで、神官長殿は補足してくれる。


「どこで誰が知ったのか、それが話題にあがるのではないかと危惧しております。また広めるにあたり、この功績を讃える必要もございますので」

「はじめっからヒスイが知ってた……は、なしだな」


 んなことすれば、これまでは知ってて見殺しにしてきたって話になりかねん。


 じゃあ、なんかしらの腹案があるのかと問えば、


「トルトゥーガ様が神から啓示を受け、そして聖剣を手に勇者になられた。という筋書きを用意しております」


 だとよ。

 これが二つめの要件に繋がる。

 つまりは俺が目立ってベリルの目隠しになれ、そういう話だった。

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