第192話 アンタらもここの子!⑦
「テンプレだとドレイだった子ってー、美味しーゴハン食べてお風呂はいって優しくされたら、コロッと元気になっちゃうんだけどねー。現実はなかなかそーはいかないかー、やっぱ。めっちゃ怖い思いとかしたんだろーしさー」
それがわかってんのに、いまからチビたちんところへ訪ねるってことは、和解でも勧めるつもりなのか?
「なぁベリル。この件、あんまし深入りせん方がいいと思うんだが」
「なんでー? あーしべつに、ムリに仲良ししろって言うつもりないし。なんかダメなん?」
そうなのか。俺ぁてっきり……。
「んなことしないっつーの。あの子らの立場で考えたらわかるもん。前より明るくなったけどさーあ、それって結局あーしらがそーゆーの求めてるからじゃーん。はじめはムリにでも元気にしといた方がイイってゆー、マジ自己中なこと押しつけちゃってるわけだし」
ホントに極端なヤツ。
よくもまぁ見ず知らずのガキのことをそこまで考えてやれるもんだ。ちっと感心しちまったぞ。
できれば、その半分でも親父の苦労を慮ってほしいところだが……そいつぁ高望みしすぎか。
「空元気も元気の内ってやつだな。いいんじゃねぇか。俺ぁそういう単純なのは好みだぞ」
「これだから父ちゃんはー。マジ脳筋だし」
半分の半分の半分くれぇでもいいから、やっぱり俺のことを慮りやがれ。
「なんにせよ、憐れむのはよくねぇやな」
「そーそー。なんかそーゆーレッテル貼っちゃうと、本人も『ああ、あーしってばカワイソーなんだー』ってなっちゃうじゃーん」
ありそうな話だ。
「っと、俺とゴーブレは外にいりゃあいいんだったな」
「そー。ここらへんで聞いといてあげてくれたらいーし」
おう、と答えたあと俺は「話がある」とゴーブレを連れ出した。
で、代わりにベリルが家んなかへ。
少し開いたままにしといた扉から、話し声が聞こえてくる。そして隣からも。
「旦那。ワシぁ情けなくって……」
「おおっと泣き言は聞かんぞ。テメェが養うって決めたんだろ。端っからなんもかもが上手くいくもんか。いまできねぇんなら、次からはできるようにしろ」
「……へい」
さすがのゴーブレもどう接したらいいかお手上げか。珍しいモン見たな。
「ほれ、よっく聞いとけ。今後のためにもよ」
そっから俺らは耳を家んなかへ傾けた。
どうやらベリルは、いきなり本題から入るつもりのようだ。
「聞いたよー。なんかケンカしたらしーじゃん」
「——あの、ボクがわるいんです! だからほかのコはっ。ボクなんだってしますからっ」
と、年長のチビはいきなり頭を下げた。
すると釣られるように、他のチビたちも詫びたり庇ったりしはじめる。
これにはゴーブレのやつ、モノスゲェ衝撃を受けたようだ。おそらく『どうして自分を頼ってくれないんだ』とか、そういう類のもんだろう。
「ちょいちょいちょい待ちっ。あーし説教したいわけじゃねーし。とにかく聞きなってー」
と、ベリルは騒ぐチビたちの言葉を遮って、話をつづける。
「アンタらが心配になんのもわかるよー。なんだかんだでアンタらよりチコマロの方がゴーブレとの付き合い長いだろーし、ママさんも亡くなったパパさんも知ってるだろーし」
ゴーブレは弾かれるように面をあげた。まん丸にした両目の輪郭がぐにゃんぐにゃんに歪んでらぁ。
だがな、テメェの至らなさを悔いるのなんざぁ後回しにしとけ。言葉数少ねぇチビたちの本音、聞き漏らすんじゃねぇぞ。
「でもね、たぶんゴーブレはアンタらのこと庇うよ。そーゆー責任ってやつを持って、アンタらを育てるって決めたんだから。だからね、それを疑っちゃうのは、あんまししてほしくないかなー。すぐにはムリかもだけど」
「でもボク、ここのコと——」
「アンタらも
「「「…………」」」
「いまの、アンタが言われたイジワルとおんなじレベルでイラっとくるかんねっ」
珍しくベリルが感情を露わに怒った。
すぐには意味が理解できず、ただチビたちは黙るだけ。しかし——
「あたちも、ここのコ?」
「そーだし。あーしは最初っからそーゆーつもりだけど。つーか、いまの聞いたらアンタらのじーじマジ泣いちゃうってー。だからまだ信じられなくってもゼッタイ言っちゃメッ。わーった?」
「「「…………はい」」」
よろしー。とベリルは偉っそうに頷く。
それぞれ思うところがあるのか、しばしの沈黙がつづく……。
そいつを破ったのは、
「……ボクもなかよくしたいな」
年長のチビの大人な発言。
これにて一件落着。
——かと思いきや、ベリルは「はあー?」と真逆なことを言いだす。
「べつに仲良ししなくてもいーし。つーかそれ、アンタの立場的にムリしちゃてるっしょ。そーゆーのマジやめといた方がイイってー」
「でも!」
俺もベリルの意見に反対だ。謝ってる相手を邪険にしたら、逆にコイツらの立場が悪くなんだろうが。
「だったらアンタも相手のイイところを探してあげなよ。んで仲良くしたいなーって思ったらすればいーし」
「……ボク、できるかな?」
「てゆーか、イイとこ見つけられないと『ごめんなさい』してる子を許してあげない悪い子になっちゃうかもねー。だからさ、そこはガンバってみー。みんなで話し合ってもいーから」
なんつう酷な要求だ。ちったぁ相手の歳を考えてやれよ。
無理やりにでも相手の美点をみつけて、それを動機に仲良くなれと。ムチャクチャだぜ。
「あっ。さっき話した『カワイソーそうな子を思いやれる』ってのはなしだから。あーしが教えたやつだし。つーかそもそも、アンタらすでにカワイソーな子なんかじゃねーし。だからそれはノーカン」
「「「…………」」」
心底わけがわからん。そういう顔がずっと並んでるだろうさ。
きっと心中は、
『この国で一番立場が弱い自分らを掴まえて、可哀想じゃないとはよく言えたな』
言葉にするとこんな感じか。もしチビたちんなかに僅かでも反骨心が残っていればの話だが。
でもよ、そこを曲げてベリルの話をしっかり聞いてやってくれ。オメェらのこれからのためにも。
「アンタらはカワイソーだった子。ぜんぜん違うし。毎日お腹いっぱいゴハン食べられて、あーしの超高度なカリキュラムで勉強できてー、めっちゃ可愛い制服着てて、いまのアンタらのどこがカワイソーなのさ?」
「……もう、こわくないの?」
「怖くねーし。あっ、父ちゃんたちの顔が怖いのはカンベンねー。あれ治んねーし」
「いたくしない?」
「そのセリフは、十年後のカレシのためにとっときなー」
首傾げてるチビの姿が目に浮かぶわ。
なに言ってんだ、あのアホたれは。
「とーにーかーくー、アンタらにひどいことする人はいないから。それだけ忘れないでっ」
「「「…………はい」」」
「あと、お互いしばらくはめっちゃジロジロ見ちゃうだろーけど、チコマロもおんなじ理由だかんねっ。だからとくに女子。ゼッタイ『こっち見ないで』とか言わないであげてちょーだい。あの年頃の男子めっちゃキズつきやすし、すぐ反発すっから」
「「「…………ん⁇」」」
「ひししっ。そこらへんの男女の機微がわかっちゃう歳までヘンな心配しなくっていーってことっ。そーゆーのは、あーしみたいな大人のオンナになってから気にすればいーし。ねっ」
「こあくまセンセーちっちゃいのに? オトナ?」
「——こらやめろって」
「いーっていーってー。あーしが精神的にちょー成熟した淑女なレィディだってのがわかんない、まだまだお子ちゃまが言ってることだし。そんなんいちいち気にしないっつーのー」
プフッ……精神的、成熟、淑女、だとよ。
ヘソが茶ぁ沸かすたぁまさにこのことだな。
もうこんくれぇでいいだろう。
ゴーブレにアゴをしゃくって伝えると、なにかを呑み込むように表情作って頷き返してきた。それから、大袈裟な物音立てて家に戻っていく。
代わりに出てきたベリルを「ご苦労さん」と迎えた。
思わず口元から笑みが溢れっちまうぜ。
「ふい〜……めっっっちゃ疲れたし」
「そうかいそうかい。なぁ、ところでオメェいつ成熟したんだ? 大人のレィディだったか? どのへんがだ?」
「——ンキィィィィ! さっきのあーしめっちゃ大人だったじゃーん。父ちゃんってば、すぐそーやってー! もー知んねーしっ。ふーんだ」
ぷんぷんズケズケ歩いてくベリルの後ろ姿は、どう見てもちんまい幼児。でも少しだけ成長した姿も垣間見えた。
ちなみに翌日——イジられた意趣返しのつもりなのか、日課になった鍛錬では俺ばっかり露骨に詰めてきやがった。
前言撤回。やること含め、やっぱりベリルはガキのまんまだ。
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