第191話 アンタらもここの子!⑥

 小部屋の前には後家さん——チコマロの母ちゃんがいた。息を潜めてなかの様子を窺ってる。

 ベリルに気後れしてってわけじゃあなさそうで、なんつうか、出るに出られないって雰囲気だ。

 なら、まだ取り返しのつかん事態にはなってねぇと見ていいだろう。


 割って入るなり庇うなりしない理由がわからんから、俺らもそれに倣う。

 焦りを抑えて聞き耳を立てると、


「つーかマジありえなくなーい。あーし女の子っ。こんなにプリチー。だってのに父ちゃんってばさーあ『短足』とか『ポッコリお腹』とか言ってイジってくっしー。この前なんてオイニーするとかゆーのー。ホントどーなんって感じー。ねーアンタどー思う?」


 なんでかブーブー俺の文句・・・・たれてた。


 覗き見ると、わんぱくボウズはゲンナリしてる。

 そのツラを例えんなら、貴族のワガママと上司からのムチャで板挟みにされる中年役人の苦悩……。

 まずガキがみせる表情じゃねぇ。


「まーいーや、あーしの愚痴ばっか聞かしててもしゃーないし。つーかね、言いたかったのはあーしのこと可愛くって堪んない父ちゃんでさえ! 言葉にはすごーく気ぃつけなきゃなんないってことー」


 ようやく話が本筋に戻るみてぇだ。


「……やっぱりオレ、ひどいこといっちゃったのかな」

「そーだねー。たしかにあの子たちに『ドレイの子』って言っちゃうのは、そーとーだし」

「うぐ……ゔぅ……っ」


 チコマロはポロポロとベソかく。

 それはアイツの母ちゃんも同じで、情けねぇやらやるせねぇやらでグッチャグチャなツラしてらぁ。いまにも飛び込んでってテメェのガキを叱りつけちまいそうだ。

 だが俺は、首を横に振って『もう少し話を聞け』と留めおく。聞くべきことはまだあるからな。


「おーっと、泣くのはちょい待ちー」

「ぐずっ……だんで?」

「泣いてごめんなさいして、スッキリすんのはチコマロだけだし」


 なかなか辛辣だなぁ、おい。


「つーか最初に話しかけたときから、ケンカするつもりだったん?」

「ちがゔ」

「でっしょー。なら泣いてちゃダメじゃーん。そーゆーのちゃんと思い出さないとだし」

「でも、よぐ、わがんだい」


 そっからベリルは「どーして話しかけよーと思ったん?」とか「なーんで悪口言っちゃったのかなー?」などなど問いかけていく。

 けっして責める口調じゃあなくて、世間話でもするくれぇ軽く穏やかに……。


「ふむふむ。つーことはー、アンタは仲良くなりたくって話しかけたと。でもそっけなくされてカッチンきちゃったと。そーゆー流れかー」

「……そゔがも」

「ここで大事なのはさーあ、あーしが思うに、なんで仲良くなろーと思ったん? そこじゃね」


 そこなのか⁇

 言っちゃあならんことを教えるべきだろ。


「あいつら小さいのばっかだし、かわいそーだっできいだがら……ゔぐ、っ、だがら、なかよぐ、じであげだぎゃっで、オレ、オデ……」

「そっかそっかー。なのに微妙な反応されてムカッとしちゃったかー」


 なるほどな。だいたいベリルの言いてぇことが見えてきた。


「たぶんだけどアンタ、ツラいとき優しくされたことあんでしょー」

「……っ、ある。おっちゃんたち、やさしかったし、っ、オレ……オレぼぞゔじだいっでぇ……っぐす……」

「まー、なんだかんだ言って父ちゃんたち気遣い上手だかんねー。顔怖いくせに〜」


 ひと言余計だ。


「ちなみにさーあ、アンタが一番ツラいときってどんなだった?」


 ——おいコラ! そういうの聞いてやんなっ。

 割って入りベリルを叱りつけようとしたら、こんどはチコマロの母ちゃんにやんわり止められちまった。


「んずず……。ずっととうちゃん、かえってこなくって……でぼ、かあちゃん、へいぎぞゔで……なのに、よどぅ、オレがねでがら、ないででぇ……ゔぇ、ゔぐ、っ、ゔぇ……。だがら、っ、がわいぞーだっで、あいづらでぃ、んずびっ、ずびっ」

「——ぬお! ごめんごめんマジごめん! もー思い出さなくっていーしっ」


 ベリルはあいだに「お、思ってたよりずっとヘビィだったぜい」なんてボヤキを挟んで、泣きじゃくるわんぱくボウズを宥めてった。


「アンタは、自分がされて嬉しかったことをしてあげよーとしたんだよねー。それはあーしもわかってるから。ねっ」

「うぐ……ゔん。でもオレ、イジワルいって……」

「そーそーそこそこ! なんでかなー?」

「わがんだい」

「そっかー、わかんないかー。でもいまはそれでいーや。なんだかよくわかんない気持ちとかって、きっとあるし。たぶんチコマロは期待しちゃってたんだろーけど」

「……きたい?」

「んとー、親切にしたら相手は喜ぶって決めつけてたってことなんだけど、意味わかる?」

「ちょっと、むずかしい」

「だよねー。だからいまはさ、そんなんより仲良くなる方法を考えよーぜーい。ねっ」


 そりゃあ悪手だろ。

 あのチビたちとは強いられてきた苦労が違う。いまもまだ、ガキなりに居場所を守ろうと気ぃ回してるくれぇなんだぞ。


「でも、オレ……」

「ひどいこと言っちゃったしムリって?」

「うん」

「はじめに言ったじゃーん。大事に思って言えば、ちょっと口が悪いくらい許せるってー。あーしも父ちゃん許してあげてっしー。ね〜っ・・・


 ん? こっちに言ってるように聞こえたのは、俺の気のせいか?


「よーし。とっておきの方法を教えてしんぜよーう」

「とっておき?」

「そーそー。ちょい難易度高めだけど、めちゃ仲良くなれる方法だもーん。聞きたーい?」

「おしえて!」

「ひひっ。その意気だし。アンタはまず、ケンカしちゃった子のイイところを見つけてあげな」

「……いい、ところ?」

「コイツのこーゆーとこイイかも、みたいな。もしくは相手が好きなものを見つけるでもいーけど」

「むずかしそう。でも、やってみる!」

「うんうん。めっちゃ観察しなきゃだかんねー」


 具体的になにするのか教えるのはいい。無闇矢鱈に頭下げても不愉快にさせるだけだからな。

 だが狙いがいまいちピンとこねぇ。


 俺ら保護者は揃って首を傾げちまう。


「でー、あの子らがいまも・・・可哀想な子なのか、前は・・可哀想な子だった・・・のか、そこんとこよっく考えてみー」


 と、ベリルは真意を伝えた。

 ようやく合点がいったぜ。


「……ちがうの?」

「ぜんぜん違うし。アンタ、前に優しくされて嬉しかったときと、いまはおんなじ? まだアンタのママさんは泣いてるまんま?」

「このごろは、あんまり。かあちゃん、ちょっとたのしそうにしてるとき、ふえたかも。しごとのはなしとか、してくれるもん。オレのガッコのこと、きいてきたりもする」

「おーおーわかってんじゃーん。それがわかれば答えでてるってー。もし、いまのアンタが可哀想ってされたら、どー思う?」

「…………いや、かな」

「でっしょー。だから可哀想って理由じゃなくってー、もっとべつの仲良くしたいワケを見っけたらよくね?」

「ちょっとだけ、わかったかもしんない」

「よーし。んじゃお説教は終わりー。ごめんなさいするときに、いまのぜんぶ話しちゃいな。したら、あの子らもわかってくれるって」


 仲直りできると知ってホッとしたのか、わんぱくボウズはピーピー泣きだした。

 そうやってベソかくのは構わんさ。なぁベリル。


 さぁて、俺らは見つかっちまうとマズそうだから、終いまで見届けたら退散だ。


 相変わらずベリルの話は長ぇ。だからずいぶん遅くなっちまった。

 後家さんを送るのはゴーブレに任せて、それを見送る。

 こっちはチコマロを家まで届けて、それから問題幼児を連れて帰るだけ。と思ってたら、


「父ちゃん。帰り寄るとこあるし」


 まだ家には戻らんらしい。


「ゴーブレんち寄るから、父ちゃんはゴーブレ連れて外にいて」


 珍しくマジメな声音で言われた。だが、それも一変。


「ひひっ。さっきみたいにコソコソッて感じでさ〜。つーかなにあれ? マジ、変態とかストーカーみたいでめっちゃキモかったし。チコマロのママさんは心配でハラハラしてたんだろーけどー」


 やっぱり聞き耳立ててたの気づいてやがったんか。


 んなことよりテメェ、さっきは『親しい間柄でも口には気をつけなきゃあならん』みてぇなことを偉っそうにほざいてたよな。

 ちったぁ己を省みてから説教垂れやがれってんだ。ったく。

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