第190話 アンタらもここの子!⑤

 翌日からは、俺以外の連中もベリルの扱きに巻き込んでやった。

 当ったり前だ。だってアイツ、新しい魔導三輪車トライクを作らせたんだぜ。あんなもんで追っかけられたら堪らんわ。


 おかげでチビたちに初めての仕事を与えてやれた。それは、ガッタガタにまで肉体を追い詰められた俺らの按摩だ。

 ベリル曰く『お手伝いの斡旋だし』だと。


「いたくない?」

「お、ぉおう……そこそこ……。くぅぅぅ、そこいいぞ、もっと強くても平気だぜ……そっそっ、そんくれぇぇ……っ」


 はじめは背中に乗っかって踏んでくる程度だと思ってたんだが、やたらと上手ぇ。

 俺を按摩してくれてるチビが特別かと思ったんだけど、どうも違うらしい。他の連中に感想聞くと、どいつもこいつも漏れなく慣れてるって話だった。


 きっと年長の連中がダンジョンでコキ使われたあと、少しでもって楽にしてやろうって揉んでやってたのかもしれん。



 凝りが解れるとスンゲェ楽になる。

 だからか、うちの——とくに所帯持ってねぇ連中は、近ごろ持て余してる給金から按摩の礼にって小遣いを渡したがったんだ。

 しかしベリルはそれを止めた。まだ早ぇんだとよ。


 つうかテメェはもっと早くから小遣いよこせって煩かったと記憶してんだがな。

 まぁいい。とにかく現金はいかんと言われちまって『だったら代わりに菓子をくれてやれ』とのお達しだ。


「おう、もういいぞ。いっやぁぁあ、っ、ずいぶんと身体が軽くなったぜ」


 と、菓子を渡す。

 そこそこ高価なモンだから、小遣いに渡そうと思ってた額とは釣り合う。だってのに、


「……えっと、いいの?」


 遠慮じゃあなく、ガキらしくねぇ困惑をみせてくるんだ。

 当然の報酬なんだから受け取ればいいもんを。

 俺ら大鬼種オーガのガタイを解すってんだ、んなもん大人でもくたびれちまうぞ。そのちんまい身体でよくやってるっての。


 もしこれがベリルなら「いらねぇのか?」ってイジってやるとこなんだが。

 アイツなら聞きとたんに口んなか放りこんじまうに違ぇねぇ。目に浮かぶぜ。


 しかしだ。コイツにその類の軽口を叩くのは、まだ早ぇやな。


「こいつぁオメェの働きに対しての礼だ。堂々と受け取れってくれよ」

「……ありがと」

「こっちこそ、ありがとうな」

「えへっ」


 つっても、そう時間はかからなそうだ。



 月日とともにチビどもは慣れていく。

 もう一つ変わったことと言えば、ベリルの呼び方だ。少し違うか。コイツら以前は相手の名前を呼ぼうともしなかった。

 それがいまは、


「こあくまセンセー」


 と懐いてる。

 はじめは『ベリル』と伝えたみてぇだが、幼いのは『ベいう』とか『べーる』になっちまう。

 で、ゴーブレが『小悪魔殿』って呼ぶもんだから、それで落ち着いたんだ。


「今日の体育はダンスだし。んじゃまず、みんな輪になってー」


 チビたちは魔導太鼓を中心に円陣に。


「順番にカッコイイ、もしくはカワイイと思うポーズとってねー。まずはアンタから。気をつけの姿勢と交互に、太鼓の音に合わせてポーズッ。んで——」


 ドドン!


「ってしたら右側の人と交代。他の人は、よーく見てマネすんだよー。これめちゃ難しーし。あと! 面白くて笑っちゃいそーになるけど、ゼーッタイ笑っちゃダメだかんねー」


 いや絶対笑うだろ。つうか言ったオメェが真っ先に腹抱えそうじゃねぇか。

 ってことは、あれか。笑えってことなんだな。

 笑っちゃマズい場面ほど笑い堪えんのはツレぇ。ダメだと言われたんならなおさらだ。


 思ったとおりチビたちは真っ赤な頬っぺをプルプルさせながら、太鼓の音に合わせて身体を目いっぱい動かしてた。

 交代の間をズラしたり、じゃんじゃん代わらせて慌てさせたりして拍子に緩急つけていく。するとだんだん踊りらしくなってくから……、不思議だ。



 そんなふうに広場の様子を眺めてると、見覚えがある——たしかチコマロだったか——後家さんところのわんぱくボウズが「ねーねー」話しかけてきた。ベリルたちを指差し、


「オレもあれやりたい」


 と。

 同年代と絡みてぇのか、もしくは妙な遊びに交ざりてぇのかもな。


「構わんが、オメェの母ちゃんはいいっつってんのか?」

「かあちゃーん!」


 さっそくチコマロは、たったか作業場で働いてる母ちゃんの元へ。


 いちおうベリルにも聞いておくかねばと確認とったら、


「父ちゃんさーあ、そーゆーの事後報告ってゆーしー」


 だとよ。

 手痛い。でもオメェがそれ言うか?

 そう返してやりてぇところだが、たしかに仰るとおりだ。


「まったくもー。父ちゃんはこれだもんなー。そーゆー勝手されっと、あーしも参っちゃうしー」


 あ、あれ⁇ 俺ぁてっきり二つ返事だとばかり……。

 

「そんなマズかったんか?」

「んーんー。ぜんぜーん」


 ——ならいまのなんだよ! 日頃の仕返しってやつか? この性悪娘めっ。


「でも、なるべく目ぇ放さないよーにしとくねー。ちょっとは明るくなってきたけど、まだまだあの子らデリケートだし」

「そうか。そうだな。手間ぁ増やしちまったか」

「そーそー。あーし、父ちゃんに手間かけられちったー」


 それを言うなら『手間とらされた』だろ。

 いまのだと俺が働きかけたって意味になんぞ。まっ、あながち間違っちゃあいねぇか。


 そうこうしてると、さっきのわんぱくボウズが母ちゃん連れて戻ってきた。


「領主様、うちの子がすみません。ご迷惑でなければ……」

「ベリルも歓迎するってよ。なぁ」

「もっちろーん。でもチコマロ、ちゃーんと仲良くしなきゃメッだかんねー」

「うん。オレ、トモダチいっぱいいっぱいにするぜ」


 それだと困らせちまうって意味になるぞ。

 こりゃあ早ぇとこ、国語とやらの教鞭とるヤツを見つけねぇとだな。


「それゆーんなら『いっぱい作る』だし」

「あははっ、そっか。いっぱいつくるぜ!」


 この様子なら、上手くやれるだろう。


 そう思った翌日——


「旦那っ。小悪魔殿が!」


 血相変えたゴーブレが駆け込んできた。

 聞くと、どうやら年長のチビとわんぱくボウズのチコマロがケンカしたらしく、その片方をベリルがスゲェ剣幕で引っぱってたって話。


 ガキ同士のケンカなら放っておく。それが仲裁に入っての逆ギレしたとしても。


「——ベリルはどこだ!」

「案内しやす!」


 しかしベリルはべつだ。

 キレると加減を知らねぇのもそうだが、なによりアイツには、悪ふざけ程度だとしてもとんでもねぇ結果になりかねん魔力がある。

 ヘタすりゃあケガじゃあ済まん。脳裏に浮かぶ最悪の光景に背筋がゾッとしちまう。


 くっそ。あのアホたれめ! 問題あったらいちいち親父を頼りやがれっ。


 俺はゴーブレのあとにつづいて、ベリルが説教かましてるだろう小部屋へと向かった。

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