第152話 技術交流会②

 イエーロに王都のアンテナショップを任せてから、半年が過ぎた。もう内装も済んでて店内は連日賑わってるそうだ。


 荷運びのたびに送られてくる長男からの手紙には、さまざまな出来事や出会いが綴られていて、王都での暮らしぶりやアイツの成長ぶりが窺えた。

 嫁さんクロームァと上手くいってるのかについては、言葉少ないのが気にはなる。とはいえ親父にそのあたりの話は言いづれやな。


 報告と相談を欠かさないイエーロだから、いちいち細けぇことまで確認とってくる。こういうとこは、しっかりしてんだか頼りないねぇんだか判断に困るぜ。


「そういや、名前を放ったらかしだったか」

「んー? 商品の名前?」


 俺の独り言を耳ざとく聞きつけたようで、ベリルはなんの気なしに尋ねてきた。


「おう商品名だ。知らん間にサンダルやら装飾品やら、どれもこれもが魔導なんちゃらって呼ばれてるらしい」

「魔導サンダルとかそーゆー感じ?」

「みてぇだな」

「ふーん。いーんじゃなーい」

「そうはいうがよ、なんか間抜けな響きじゃねぇか」

「どーだろ。ならせっかくだし、つま先にカッチカチの板でも仕込んどく? キック力アーップみたいなー」

「そもそも誰もサンダルに蹴りの威力は求めてねぇだろ」

「ひひっ。そーかも」


 つうわけで、以降はなんでもかんでも『魔導なんたら』と呼ぶようになる。つっても面倒だから、俺らのあいだじゃあサンダルはサンダル、指輪なら指輪のまんまなんだが。


「んじゃ、あとで要点まとめ聞かしてー」

「オメェも読めばいいだろうが」

「ええ〜メンドくさー。兄ちゃんの手紙、量ハンパないじゃーん」


 ひでぇ言い草だな。送り出すときはピーピー泣いてやがったくせに。


「今回のぶんで取り立ててオメェに伝える必要があんのは……、品物が足りんってことと、既製品の魔導ギアをいじりはじめたってことくれぇか」

「商品足んないのは知らなーい。あーしムリしたくないもーん。つーか、あとの方が気になっちゃったかも。なになにっ魔導ギアのカスタムはじめちゃったん? お客さんはどーゆー人なん?」


 ホント、コイツはいつもやりっぱなし任せっぱなしだよな。周りを潤わせてるから文句は言わんが。


「ダークエルフだとよ。大枚叩いてきたんだと」

「おおーう。ママのトモダチに札束で頬っぺペシペシされちゃった感じかー」

「札束?」

「えっとねー、おカネの束みたいな。それでバシーンッて」

「んなもんで殴られたらケガするわ」

「だよねー。金貨の束とかマジ凶器だし。うひひっ、こんど作ってみよっか?」


 罰当たりなやつめ。

 いったいなにが面白ぇのかいまいちわからんが、まぁいい。ベリルの妙ちくりんは、いまにはじまったことじゃねぇやな。


「んでんでー、どんな改造してんのー?」

「短剣の刃を細く鋭くさせてるそうだ」

「ふおっ。めっちゃ暗殺道具じゃーん。こっわ」

「叩き斬ったり突くってより、」

「ぶっ刺すって感じかー」

「だな」


 さぁて、いつまでもベリルと戯れてるわけにはいかん。

 今日は非常に珍しいことに、うちの領地に客を招いてるんだ。実はこれで二回目。


「ベリル。支度は済んでんのか?」

「もっちろーん。あーし本気のプレゼンみしちゃるし」


 ほどほどで頼む。



 客っつっても貴族はほとんどいない。商人や職人ばかり。


 ワル商人ことノウロが、ベリルに持たされた見本の回転板——もとい魔導歯車をあちこちで見せてまわり、興味もった者に声をかけてった結果だ。


 口を挟むつもりはねぇが俺も同席する。ベリルがなに言いだすのか確認しとかんと、あとが怖ぇからな。


 使う場所は会議室で、禿山を囲う石塀の一部化して連なる建物群の一つ。入り口から右手へ向かってすぐにある。


 そこにはすでに試作品なら見本品が持ち込まれていて、テーブルごとに並べらてる。

 実際に支度したのはホーローたちだろう。そのぶんの手当てもキッチリ払ってるみてぇだから文句は言わん。

 ここでベリルの人使いの荒さより気になったのは……、


「なぁベリル。なんで前のモンより面倒な作りにしてあるんだ?」


 席ごとに置かれた魔導歯車だ。


 以前はもっと単純な作りで、亀の甲羅素材を渦巻かせただけだったはず。

 それがいまは渦が見えない。わざわざ蓋するみてぇに鋲留めした板を被せてあり、その真ん中には持ち手付きの軸があるんだ。


「ああーそれね。マネされないよーにってゆー対策だし。あと周りの歯車、ギザギザんとこね、それ骨素材使ってんの。あんまし曲げらんねーから四つに分けてあって、グルグルの部品といっしょに上と下の板で挟んである感じー」


 あまりピンとこない説明だが、意味はあるんだろう。それでいいや。


「しかしなんだって、骨素材なんだ? ここって一番擦れる部分だったよな。だったら丈夫な素材にした方が長持ちしそうじゃねぇか」

「ちっちっちっ。こーゆーもんは基本的に壊れるよーに作るもんだし。じゃないと借りパクされちゃうじゃーん」


 そういうことか。まーた狡いこと考えやがってからに。


 魔導歯車はサブスクなる『一定期間貸し出して、いくら』っつう契約のみ結んでる。

 以前なぜ売らないのか聞いてみたら、そっちの方が儲かるし楽っ、といういかにもベリルらしい答えが返ってきた。


 でだ、なにより困る持ち逃げ。

 身元をハッキリさせてからしか貸さんとしているが、盗まれたなんのだといくらでも抜け道はある。これはその対策にもなるってことだ。


「あとね、マネするつもりなくっても、やっぱ構造とか知りたくなっちゃうでしょー」


 いいやまったく。


「だけどー、そのリベット打ってあんの勝手に開けたら、加工のやり方知らないと元に戻せないし。んで、期間がきたら壊したのバレちゃうってスンポー」

「バレたらどうなるんだ?」

「二度と貸してあげなーい。いままでガンバって作った本体とかぜんぶパー」


 ひでぇ。そいつを調べたが最後、複製できなければ、こさえたもんすべて動かねぇガラクタってことだろ。

 酷なこと考えんな、コイツは。


「んで父ちゃんが『ぅおぃゴラ!』って違約金の回収いくし。ケジメ取るってやつ?」


 そもそも素材はこっちで抑えてあるんだからマネなんてできっこねぇってのに、ずいぶんと念入りなこって。

 たいていの閃きは明け透けにしちまうベリルにしちゃあ珍しい。きっとそれだけ魔導歯車は重要な品ってことなんだろう。


「まぁ、万一んときは任しとけ」


 おっと、そろそろ時間のようだ。

 ゾロゾロと招かれた客が会議室に入ってくる。


 参加者のなかにはリリウム殿んとこの長男ニケロ・デ・リリウムと、その嫁ボビーナの姿もあった。

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