第四章 技術交流会

第151話 技術交流会①

 未だ半分にも満たねぇ。

 記してある桁も日に日に増えていく一方。

 どれだけ検めてっても終わりの見えない申告書の紙束に、軽く泣き入った。


 いま王都の宿に、俺は一人。

 明日に控えた経費の申告向けて、鈍器みてぇに分厚い書類の束を確かめていた。


 女房ヒスイベリルも赤ん坊を構いてぇらしく、長男イエーロんとこに泊まってる。


 おかげで静かなんだが……。


「ホント、紙代やら飴代やらチマチマ書いてるころが可愛らしく思えてくるぜ」


 ちょうど、禿山要塞化計画でアホほど使った石灰代を確認したところで、俺はゴリッゴリに張った肩をほぐす。

 グッと上に伸びたらバキボキバキッと盛大に筋が弾けた。


 残りは期間で言えば半年分だが、こっからは規模も額も内容も、以前の俺からしたらデタラメみてぇなもんになっていく。


 語るまでもなく元凶はベリル——と言いてぇところだが、そればっかりじゃない。強いて挙げるとすれば、回転板のせいだろうか。

 だとすれば作らせたのはベリルなんだから、やっぱりアイツが原因ではあるな。


 思い出すのは半年前、ちょうどそのときは回転板——もとい魔導歯車を広めはじめた時期だった……。


 

 禿山の要塞化って大仕事を終えて、トルトゥーガが少しだけ落ち着きを取り戻したころ。

 その日はたしか、カラッと晴れていた。


 相変わらず、モノ作りを担ってる者らは朝から陽が暮れるまでセカセカ手ぇ動かしてて、傭兵連中は荷運びしたり亀の魔物を狩ったり警備巡回したりと、誰も彼もが忙しくしてる。


 そんななか仕事を増やすだけの困った暇人が一名。言うまでもなくベリルだ。こないだ六歳になったばかりなんだが、見た目は変わらずちんちくりんのまんま。

 ヤンチャっぷりだけが成長した感じだ。元から口が達者なのもあって、最近はホント手に負えん。


「スッポーン! あんたはノロマな亀さんじゃねーしっ。寝るな休むなーっ。うさぎさんなんかに負けるなー!」


 よくわからん煽り方で、唯一飼い慣らせた亀の魔物——スッポンを追いかけてまわしてる。

 そう。乗ってるんじゃなく追っかけてるんだ。


 ベリルの短けぇ足で駆けたって追いつくわけがねぇ。なのに、後ろからガンガン詰めてく。

 じゃあどうして追えるのかと言やぁ、妙なモンに乗ってるからだ。


 さんざん扱き倒されたスッポンが音をあげたところで、ベリルはこっちへ爆走してきた。

 どうも停止するとき土埃を立てるのがお気に入りらしく、また今回も。バサーッて。

 ケツ振るみてぇな停まり方だから、避けるのは造作もねぇ。が、


「おうコラベリル! 親父に砂かけようたぁ嘗めてマネしてくれんじゃねぇか」


 言っても聞かんとわかりつつ、文句だけは言っておく。


「ひひっ。キレキレッしょ」


 ほらやっぱり悪びれねぇ。俺にしかやらんからキツくは言わんけどよ、いったいなんのつもりなんだ。ったく。


 ぴょいっとケッタイな乗り物から降りたベリルは、これまたヘンちくりんな格好をしてる。


 上から順に。

 フチが反りかえったスープ用の深い器みてぇな兜を被り、例のグラサンを掛けている。

 で、真っ赤な襟巻きを巻いてて、シャツとズボンが一体化したダブダブで厚手な服を着てるんだ。それがまた薄桃色で派手なこと派手なこと。


 逆に装飾品は少ない。しかし、手には革の手袋、足元も鱗革の編み上げと、どことなく本格的な雰囲気を醸してる。

 どう本格的なのかは俺にもよくわからんが。


「ふぃー。今日もセめたぜーい」

「あんまり無体なことしてやんなよな。スッポンが可哀想だろ」

「kyuuu」


 そうだそうだと言わんがばかりに、生臭ぇ息を吹きかけてきた。いいからオメェは水でも飲んどけ。


「ひっどーい。あーし、スッポンの運動不足解消のためにやってあげてんだかんねー。新車の慣らしも兼ねて〜っ」


 そもそも亀の魔物はあんまり動かんだろ。禿山にいるのもボケーッとしてるか草食ってるかのどっちかだ。


 スッポンにも余裕がありそうだし、鍛えておいて損はないんでひとまず置いとく。


 でだ。件の新車とやらだが……。


 不思議なことに、ベリルの見て呉れからして『もうこれしかない』としか思えねぇほど、しっくりくる代物なんだ。

 理由はわからん。

 だが、前に車輪が一つ。後ろに二つ。合計三つの車輪に支えられた頼りない車体に、ちょこんと腰掛ける姿は『はじめっからこうあるべきだった』と言われても『はいそうですね』と返しちまうくれぇハマりにハマッてる。


「どーお、あーしの魔導三輪車トライクっ? めっちゃ可愛くねっ」

「なんかアホほどオメェに似合うな」

「でっしょー。四駆とか戦車みたいのも考えたんだけどー、やっぱ、あーしのぴちぴち小悪魔ボディを引き立てるならこれっきゃねーしって思ってー」


 そっから「作りが簡単でー」だの「前輪駆動だから悪路もへっちゃら」だとか「揺れるのが難点だし」などと、好き勝手に喋り倒していく。


「なぁベリル。その話、晩メシんときじゃダメか?」

「はあー? なに言ってんのさー。これからお招きする技術者ぎぢちゅしゃしゃんたちに『魔導歯車はこーゆー使い方もありでーす』ってお披露目すんだし、父ちゃんも詳しく知っとかなきゃダメなんだかんねっ」


 ってな具合にこのころのベリルは、ハタ織り機で味をしめた回転板の普及——産業レボリューションに熱中していた。

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