第150話 禿山要塞化計画、不承⑤

 ……コイツ正気でいってんのか?


「この俺に賊の役をしろと」

「そー!」


 セキュリティとやらの説明のため、ベリルに身体張れと言われちまった。


「どうせ物騒な仕掛け山盛りなんだろ。俺ぁケガしたくねぇぞ」

「だいじょぶだいじょぶ。まだ棘トゲ逆さにしたの置いてないし」

「それ聞いた時点でイヤになったんだが」

「まーまー、そー言わずにー」

「口で説明したらいいだろ」

「あっれれー。もしかして父ちゃん怖いん? ビビッちった〜ん?」


 やっすい挑発しやがってからに。んなアホみたいな煽りに乗るもんか。

 こんな堀と塀くれぇどってたぁねぇが、せっかくヒスイとベリルがこさえたモンを壊しちまったら申し訳ねぇって、そう言ってるだけだっての。


「即死トラップはねーし、ヘーキだと思うんだけどなー。やっぱし怖いかー。あっ、ママ呼んできてあげよっか?」

「——いらん!」


 言ってくれんじゃねぇか、この問題幼児が。

 いいだろう。そこまで言うんならやってやる。アッサリ攻略して吠え面かかせてやっからな。覚悟しとけ。


「もし壊しても文句言うなよ」

「おおーう! 父ちゃんヤル気じゃーん。ふひひっ。失敗三回までオッケーにしとくしー」

「いらん」

「まーいーけどー。それじゃさっそくいってみよーう!」


 初っ端に阻んでくんのは、水堀と混凝土塀か。

 つうかこれしかないような気もする。そこらへん、やっぱりベリルもガキってことだろう。

 いっても幅四メートルほどの堀を超えた先に足場はなし。で、川底からだと背丈より高い塀になってるわけだ。


 壊してもいいって話だから、ぶん殴って穴開けちまうのもありっちゃあり。

 しかし俯瞰図で見た限りだと壁の厚さが尋常じゃないんだよな。一メートル半は軽くあったはず。拳で壊すのは水に浸かりながらだとちっとばかしキチぃか……。


「ねー、まーだー」

「うっせ。単純にぶっ壊して入るんじゃツマらんから、どう攻めかる考えてんだ」

「ふーん。あんまし音立てたら警備で見回りしてる人にバレちゃうし。そー考えたら塀壊すのなしじゃね」


 ……そういやそうだな。わ、わかってたってぇの。急かすから、手早く済む方がいいと思っただけだ。


「やっぱし、ママ呼ぶ?」

「くどい!」


 くっそベリルのやつめぇぇ。おっし、ぶっちぎってやる。水堀を泳いで渡って塀をよじ登るなんて洒落くせぇマネせんぞ!


「あっ、魔法……」

「いまさらダメとは言わんよな?」

「ひひっ。どーぞどーぞ」


 嘗めたツラしやがってからに。見さらせ!


 俺は全身に魔力を漲らせ、軽く助走をつけた。

 そして一気に水堀を飛び越え、さらに塀の上の出っ張りに手を掛け————


「えっ⁇ え゛ぇえええぇええええぇ〜‼︎」


 た——はずなのに、水堀にドボン。

 追っかけて石板も落ちてきて、ドボン。


 おいおいこれ、思ってたより流れが急でっ。くわっ。ヤベェっ。


 まだ昼間だからマシだが、夜にこの水堀に落ちたら結構マズい。上下がわからねぇまんま溺れかねんぞ。

 装備着込んでたらどうなってたことやらだ。薄着でよかったぜ。


「プハッ! ハァ……ハァ……ハァハァ……」


 ふぅ……なんとか岸に辿り着けた。


「やーいやーい。引っかかったー」


 腹立つ顔が手ぇパシパシ叩いてお出迎えだ。くっそぉおおおお〜っ! 


「……あれ、わざとか?」

「そーっ。手ぇ掛けやすくなってたっしょ。ここ掴んでねっ、みたいに。端っこのブロックだけくっ付けてねーし。いやーい引っかかってやんのー。てか、ぷっ、ドボンっ、ぷひゃひゃひゃ! ドボンっドボンって……ぷははっ、マジウケるし、ぷっひゃはははは〜!」


 ぐんぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅ〜う!

 

「は〜い。つーわけで、父ちゃんアウトー!」

「クッ……。た、たしか三回挑戦できる、だったよな?」

「んん〜? いまので『侵入者はっけーん』ってなりそーじゃね?」

「裏手からならバレねぇだろ。それにオメェさっき——」

「父ちゃんさっき『いらぬぅ』って言ってなかった〜。あーしには、そー聞こえたんだけどー」


 この性悪めぇえええー。


「……チッ。嘗めてた。次でキメる」

「もー、まったくーしょーがないな〜」


 ガキの遊びに付き合ってやろうって抜かりがあったのは、事実だ。認めよう。いや絶対にそう。

 塀を登るだぁあ? んなことせん! 一発で飛び乗ってやりゃあいいことよ。


 親父の本気、とくと拝めやぁあああーっ‼︎


 さっきの倍は助走つけ、水路ギリッギリから全力で跳ねる。すると俺は地面からみるみる離れて、宙を舞う。

 この感覚、覚えがあるぜ。

 かつて戦場で空を駆けたときに似てる。


 ほぉら、塀が足元に見えんぞ。

 足場は狭いが、着地でスッ転ばなきゃあ問題なし。脚を柔らかくして膝で衝撃を受け止めてりゃあいい。こんなもん楽勝だぜ。


 着地したら、ベリルの悔しがるさまを見下ろしてやろ————ぅお⁉︎


 ——は、え? 足つか〜んっ‼︎


 つま先がついた途端に塀の上がバリッと抜けて、またドボン、だと‼︎


 くうぉ暗っ! めちゃくちゃ流されるぞ、これっ! つうか上どっち?

 塀の幅はそこまでなかった。なら両手広げればっ……壁っ。光が差してんのは……あっちか。


 ——って嘘だろ! なんでこっちが床になってんだよ。あっ、隙間がある。つうことは抜けた先が水路の岸に繋がってんだな。


「ハァハァ、ハァハァ……」


 なんとかんとか元の位置まで戻って来れた。

 かなり混乱してたから、正しく状況が掴めなかったが……。


「父ちゃんアウトー! ねーねーねー塀の上、乗っかれると思ったん? くひひっ。ざんねーん。薄っすいコンクリの板でした〜」


 つうことらしく、


「しかも、落ちたら水堀が底で繋がっててびっくりしたっしょー。あれ、落っこちたドロボーがずっといたらヤだし掃除とかもメンドーだから、河まで流れてくよーにしといたのっ。暗くてめっちゃビビったっしょ。明るい方に進んだら『実は底でした〜』とか、マジ絶望しかねーし!」


 ってな仕掛け、だとよ。


 つまり塀の幅は変わらず三〇センチのまま。それを間隔を空けて二枚合わせ、上に薄い混凝土の板を貼ってる。おまけに塀の底は、ところどころ隙間があって繋がってるってわけか。

 見て呉れで強行に塀を破る気を削いだうえに、罠にしてくるたぁな。驚きだ。あと性格悪ぃ。


「オメェ、まさか他の者にやらせてないよな?」

「そんなんしないってー。だって父ちゃん以外みんな作るとこ見えるし」


 つうことはあれだ。やたら後出しであれこれ言ってきて、要塞作りの途中から俺を書類漬けにしたのも、すべては罠を試させるためだったんだな。

 ちっきしょ。まんまとハメられちまったぞ。


「父ちゃんがアッサリ引っかかるんなら、もー安心かも。はーい。お疲れさまでした〜」

「おい待て。三回って言ってたよな」

「ええー。でもさっきー『次でキメる』キリッて言ってなかったー」


 くぅおんのぉおおおおおー! 意地でも突破してやる。本気の本気だ。


「まったくもー、父ちゃんは大人のくせに負けず嫌いだなー。しゃーないから次で最後ねー」


 ヘラッヘラ余裕かましやがってからに。


 ——は⁉︎ いかん。こいつも罠だ。俺の冷静さを奪うっつうベリルの策に違いねぇ。


 もう耳はかさん。

 心を落ち着けて、一個一個の仕掛けを見抜いていけば、自ずと道は開ける!


 また助走をつけて跳ぶ。


 着地はたった三〇センチしかない塀の上。それ以外は偽物だ。

 高さより正確さに重きを置いて、なんとか着地……っとと、案外難しいな。が、成功だ。


 さぁて、せっかくだしベリルのツラを拝んでやろう。悔しがれっ。


「どうだ。登ってやったぞ!」

「油断しない方がよくなーい! 泣きの三回目なんだしぃ〜っ」


 このや——おっとダメだダメだ。んなことだと、また小悪魔の罠にハマっちまうぞ。


 さあ次は、足の幅くれぇの塀の上を一メートル飛び越えなきゃならんわけだが……。

 へっ、安直なんだよ。どうせまた反対の端っこも崩れるようになってんだろ。


 重心に気をつけながら足元の混凝土片を拾い、足場にする場所へぶつけてやるぜっと、ほれみろ。やっぱり崩れた。


 現れた足場へひょいっと飛び移る。


 そして壁の下を覗くと、…………おいベリルテメェ。はじめに『まだ棘トゲ逆さにしたの置いてないし』とかほざいてなかったか?

 地面からバリバリ尖った木材がこっち向きで生えてんだが。ありゃあなんだ。さすがに俺でもあの上ぇ落ちたらケガすんぞ。


 決めた。すべて攻略してからガッツリ説教してやろう。パンパン尻ひっ叩いてやっからな。覚えてやがれ。


 そう意気込んで、物騒な罠の奥へ飛び降り——


 たぁ⁉︎ 


 またか、こんちくしょうめぇええええええーっ!


 俺が降りた場所は落とし穴になってたんだ。

 大して深くない。それに土も柔らかいからどってことねぇが、スゲェびっくりした。


 グッタリした気分で穴から這い出ると、


「ぷっぷ〜っ。やーいやーい引っかかったひっかかったー。いやー見事にぜんぶとか、マジ、くひっ、マジ父ちゃんタレントなれるってー、ぷぷっ、ぷっひゃはははは、あーもーお腹いたー、ぶっひゃひゃ、ぷひゃひゃひゃ〜!」


 ゲラゲラ腹抱えながらベリルがやってきた。


「おうベリル。さすがにあの尖った木材はやりすぎだろ」

「はぁはぁ、はぁはぁ、あー、あれ。あの棘トゲは落とし穴に仕込む用だってばー。端っこ置いといただけだし」

「なら、なんで上向きになってんだ」

「あっち地面に刺す方だし」


 と言うから一本抜く。

 近くで見てみると……、うっわぁ。


「……な、なるほどな」

「そーそー。上になる方に古くなった釘とかめっちゃブッ刺しといたし。だから落とし穴にハマったらブスブスッてなるより、引っ掻きキズいっぱーい、服引っかかって全身ズッタズタ〜♪ みたいなっ」


 たまにコイツがわからなくなるな。気紛れみてぇに『人死に出すな』とか言い出したかと思えば、こんな凶悪な罠を考える。


「オメェって、ホント危ねぇやつだな」

「はあー? こんな可愛い小悪魔ちゃんつかまえて、危ねーやつとかマジやめてくんなーい。つーかこの落とし穴の罠だってさーあ、あの水掘とか塀を越えてこれる超人に備えてるわけじゃーん」

「かなりの手練を想定してるってことか」

「そーそー。そんなおっかない人、野放しにできねーし。だから、ちょっとでも弱らしとくためにって考えたわけー」


 納得だ。ひっでぇ目に遭ったが、これで安全が得られるってんなら納得しとくしかねぇ。


 ここまで辿りつけるヤツは、いたとしてもここらじゃあダークエルフくれぇだろう。

 他の候補は……ちっと想像つかんな。


 俺を実験台にしたことはどうかたぁ思うが、他の者にさせるわけにもいかんからな。今回は説教なしにしといてやろう。褒めてはやらんけど。


「あとあと、毒の沼地とかレールガンとかを——」

「もう充分だッ‼︎」


 ってな具合に、ベリルが半年くれぇ前にほざいた『禿山要塞化計画』なる戯言は実現しちまった。


 しちまったんだなぁ……これが。




——————————————————


あとがき


 これにて第三章は完結です。

 この時点で、長男のイエーロが王都で暮らしはじめてから半年。本章のまとめを挟み、第四章からは残りの半年間を描きます。


 少しでも「つづきが気になる」「おもしろい」など興味をもっていただけたのなら、ぜひとも広告下から【フォロー】【★で称える】【おすすめレビュー】を!


 執筆の励みになりますので、なにとぞ応援のほどよろしくお願いします。


             枝垂みかん

——————————————————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る