第145話 小悪魔は欲張り⑧
いま俺らは、馬車に揺られてる。
うちの連中は先に返しちまったから、復路をトロコロのんびり進む。往路の爆走する荷台とは大違いだ。
撤収に先立って、リリウム殿と今後の話は済ませてきた。
綿花の買い取りについては、これまでよりも安定して大量に仕入れられると大変喜ばれたが、総量を聞いてひどく顔を引き攣らせてもいた。
で結局、正式な契約はハタ織り機の出来具合で話は変わるってことで、日を改めることになったんだ。
そのときはあちらから器材をもって出向いてくれるそうだ。
なぜ、こういう話に落ち着いたのかと言えば、ボビーナが引きこもっちまったからに他ならない。
一心不乱きにハタ織り機をいじってるそうで、部屋まで持っていかないとメシすら食わねぇんだと。
「ボビーナちゃんにバイバイできなかったねー」
と、御者する俺の隣からベリルが話しかけてきた。やっぱり馬車んなかは好かんらしい。ちなみにヒスイはなかだ。
「そうだな。つうかそんなに物作りが楽しいもんなのかねぇ。俺にはサッパリだぜ」
「ねー。楽しーのかもだけどさー、きっとリリウムどのからすると『ハタ織り機の前に後継ぎ作れよ』って感じなんじゃね」
相変わらず、言うことが下品な娘だな。
「どうでもいいが、ベリル、ホントにノウロに任せちまってよかったんか?」
ウァルゴードン殿の身代金として受け取ったのは現金だけじゃなく、物品が多かった。
高価そうではあったが要らんモノばかり。かといって俺らが適当に捌いても買い叩かれるのがオチ。
つうわけで、新たに配下になったワル商人ことノウロに売却を任せたんだ。
いちおう野郎が持ち逃げしないように、護衛と称してうちの者を二名つけてある。
「身辺整理ってゆーの、お引越しのために王都に行くってゆーからちょーどいーじゃん。てか、どんだけ仕事できるのかもわかるし」
たしかに。
ちなみにザックリと見積もらせたら『金貨二〇〇枚は固いです』だとさ。
もう桁違いすぎてよくわからん額だが、ベリルが腕の見せ所だと煽ると、ノウロのやつはより高く売ってみせると啖呵きってた。
王都で身軽になり次第うちに顔を見せるって話だから、結果を楽しみしておこう。
「てゆーか、リリウムどのがすぐ許してあげたの、びっくりだったし」
「そりゃあ恨みはあっても取り引きとなれば話は別だろ」
「そーゆーもんかー」
「そういうもんだ」
今後もあるので、リリウム殿は大人の対応をとったにすぎん。本音ではノウロのことなんかこれっぽっちも信用してないだろう。
それはそれでちょうどいい。野郎への牽制にもなるしな。
間延びした会話と長閑な道のり。
ひと月ほど催しの狂騒のなかにいたせいで、やたら静かに感じちまう。
そんな馬車の前に、一人の男が飛び出してきた。
「よっ。旦那、小悪魔ちゃん。俺も連れてってくれよ」
「おおーう。リーティオくーん」
何者かと思えば。
聞くと、置き手紙だけ残してリリウム領を出てきたらしい。そんで先回りして待ってたってそうだ。
「なーにー、もしかして護衛の押し売り?」
「押し売りって、小悪魔ちゃんは相変わらずだな。そもそも旦那たちに護衛なんか必要ないだろ」
「そっかー。また冒険者すんのかと思ったのにー」
「いいや、冒険者稼業は廃業さ。ケジメをつけておこうと思ってね。リーティオ・デ・リリウムとして最後のケジメを」
並走するリーティオに向けて、ベリルは「どゆこと?」と首を傾げてみせた。
「今日以降は、ただのリーティオとして——違うな、太鼓名人のリーティオとして生きる。いつか太鼓の腕で家を起こせるくらいガンバるつもりだ!」
「ほーほー。つまり家出ってことかー」
「ぜんぜん違うんだけど、ま、いっか」
家名を捨てて生きる道を変えるたぁな。ずいぶんと思い切ったことをする。
ここはオッサンとして、夢見る若人を僅かでも応援してやるか。
「リーティオ。連れてけってことは
「うん。こういうのは最初が肝心だからさ」
「なにするつもりなのかは想像つくが、とにかく急ぎじゃねぇんだな?」
「そんな長いこと厄介になるつもりはないけど」
「だったらいい。おうベリル、リーティオに使い勝手のいい太鼓作ってやんな。俺からの餞別だ」
「おおーう。いいかもー。前に作ったの樽だしデッカすぎんもんねー。あと音も大っきーし」
もちろんここでリーティオは「そんなの申し訳ない」だの「オレは改めて詫びにいくつもりで」だの遠慮するが、んなもんベリルが聞くわけねぇ。
「やっぱし酒場とかで使うなら、持ち運べてそこそこ音が鳴るやつがいーよねー。うっは、面白くなってきたー」
「……なにからなにまで、ホント済まない」
「いいってことよ。なっベリル」
「そーそー父ちゃんのゆーとーりっ。いーってことよ」
そっから二人はあぁだこぅだ太鼓の作りについて話していく。
そして話は飛んで内容は活動方針にまで至った。まったくズケズケと、ベリルらしい。
「せっかくだしさー、吟遊詩人さんとコンビ組んでみたら? もしくはもーちょいメンバー増やしてバンドにするとか」
「コンビ、メンバ……とバンド?」
「たぶん楽団みえぇなのを指してんだろ」
「そこまでオーゲサじゃねーし。でもだいたいそんな感じー。五人くらいで、いろんな楽器でセッションするのとかよさそーじゃん」
「そうなると、まずは吟遊詩人を見つけなきゃだね。駆け出しのオレの話を聞いてもらえるか、そっからが大変そうだ。でも、面白そうだ」
「ねー。めっちゃワクワクしちゃーう」
さっきまであんなに静かだった時間がウソのように騒がしくて、喧しくなった。
いろいろあったが、方々いいように収まったんじゃねぇだろうか。
それもこれも、一つも諦めなかったベリルの欲張りのおかげなのかもしれん。
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