第144話 小悪魔は欲張り⑦
ウァルゴードン辺境伯は敗軍の将には似つかわしくないほど堂々としている。ずっと顰めっ面だが。
一騎打ちで白黒つけた以上、文句は言わん。コイツにもそういう武人の矜持はあるんだろう。
んなもん当然か。辺境を丸っと抑えてる大貴族だもんな。そんくれぇの人物じゃねぇと誰もついてこねぇ。
その野郎の姿を傍目に、次々と戦後処理が進められていく。
身代金として金目のモノを満載した馬車ごと受け取ったり、引き換えに捕虜を返したり。
「他の人たちはオマケでいーや」
というベリルのいい加減な厚意を聞き、ジョルドーだけは喜んだ。感謝の言葉を並べたてて。
俺としても取りすぎを心配してるくれぇだから文句はねぇ。
しかし捕虜だった者らはなんとも言えん表情だ。連中、ガックリ肩を落としてゾロゾロと橋を渡っていった。
それ見送ると、ウァルゴードン辺境伯はこっちに向き直る。さっさと帰ればいいもんを。
つうか相変わらずデケェな。おうコラ見下ろしてんじゃねぇぞ。ォオン?
なーんてケンカ売る雰囲気ではねぇか。
「…………」
なんか言いたげだ。
「…………」
んな睨むなよ。俺としてもなに言っていいのかわからんぞ。
そこへ、ベリルが割り込んできた。
シュッシュと口で鳴らしながら小っこいグーを交互に突きだして、
「リベンジマッチはお相撲大会だし! シュッシュ。一年後におんなじ条件で、父ちゃんともっかい勝負だぜーい」
などと勝手なことをほざく。
これ聞いたウァルゴードンの野郎、口の端を吊り上げやがった。
おうおうやる気満々ってか?
こっちは正直、本気で願い下げだ。
なぁベリル、オメェは苦戦させられる親父を見てたよな? もう同じ手ぇ通用せんって。つまり次やったらマズいかもしれねぇだろ。
いや、魔法さえ使んなら負けねぇよ。でもあの神様がくれた土俵の上でスモウとるんなら、ムリだ。イヤだ。俺ぁごめんだぞ。
「フンッ。次は我が勝つ」
…………チッ。こりゃあ鍛えておくしかねぇらしい。
どうせベリルがなんだかんだ手ぇ回して、参加せざるを得ない状況にされちまうんだ。だったらさっさと諦めて、切り替えて鍛えといた方が幾分マシか。
ここでウァルゴードン辺境伯は、俺に対する目つきとは違う、なんとも読めない視線をベリルに向けた。
「娘。たしかベリルと言ったか」
「言ったし」
「…………。フッ……フハッハッハッハッ! 今回は我の完敗も完敗、策でも戦でもな。しかし国内の小競り合い程度でここまで派手にやってくれるとは……。挙句、教会や国王陛下まで味方につけおって。貴様は加減というものを知らんのか?」
「なに言っちゃってんのさー。最後は悪の親玉同士のガチバトルってゆー最高の見せ場作ってあげたじゃーん。だから教会とか王様じゃなくって、アンタは父ちゃんに負けたのっ。あとあーしを恨んじゃヤッ」
俺まで悪者で一括りかよ、おい。
「フッ……。であったな。だが次はこうはいかん」
「はあ〜なにそれー。こんどの戦争は賠償金ぜーんぶ払い終わってからだかんねー。それまでは相手してやんねーもーん」
「スモウ大会とやらは、よいのであろう?」
「それならオッケーイ。ワル辺境伯の挑戦、うちの父ちゃんが受けて立つし」
「楽しみにしておく」
これにて手打ちだ。
去り際に「ではな」と告げ、ウァルゴードン辺境伯——いや、ウァルゴードン辺境伯
◇
捕虜を返したあと、しばらくしてノウロがやってきた。会談場所は同じく東屋。
「ワル商人おっそーい!」
「申し訳ありません。なにぶん道が混んでおりまして。それで、その……私はいつまでそう呼ばれるのですか?」
これもまたベリルの悪癖の一つ。
最初に覚えた呼び名から変えない。ウァルゴードン殿でさえ、最後までワル辺境伯呼ばわり。
言っても聞きやしないのはわかってるし、あっちもガキの戯言と聞き流してたから放っておいたが。
「ワル商人はワル商人っしょ」
「私にはノウロという名がありまして……。聞こえが悪いので、できればノウロとお呼びいただけると……」
「できなーい。つーことでアンタはワル商人ね。なんか響き可愛くてよくなーい?」
ノウロは困った顔をこっちに向けた。
んだよ、うちの娘に文句あんのか? 俺だって山ほどあるんだ。ちったぁガマンしやがれぃ! とはさすがに言えんか。
「よかねぇよ。商売人は信用がものを言うらしいじゃねぇか。名の響き云々の前に、問題大ありだろ」
「ふっふっふっ。わかってないなー父ちゃんは」
俺もノウロも首を傾げる。
「よーく考えてみー。ワル商人って名前の悪徳商人がいると思う? てかゼッタイ挨拶んときネタにできるってー」
まだ俺らがピンときてないとみると、ベリルは「ちっとやってみー」とノウロに寸劇を要求した。
「あーしはベリル。魔導ギアをはじめ、オシャレさん御用達のアクセまで取り扱う大商社のボスであぁーるっ」
「は、はぁ。私はノウロ——」
「ワル商人でやって!」
「……ワル商人と申します。主に綿花を扱っております」
「ぷぷーっ。アンタ、ワル商人ってゆーのー? え、ヘーキ? あーし騙されちゃわなーい?」
「い、いえいえ騙すだなんてとんでもありません。お客様の満足をモットーに、信用第一で商売させてもらっております」
アセアセと揉み手でノウロは応じた。
対してベリルは「ふーん」とイジワルそうに目を細めて、まだつづける。
「つーか、なんでワル商人なのさー?」
「さるご恩を受けた方から名づけていただいた屋号でございます。ただただ愚直な私めの商売に対する姿勢を、美点だと褒めてくださり、誇れと。誰の耳にも止まるよう、あえてワル商人を名乗れと仰っていただいた次第です」
よくもまぁ、即興でそんだけデタラメこけるもんだな。感心したぞ。
「できんじゃーん。それそれっ。そーゆーふーにすればよくなーい。ズルしたらすぐ疑われるよーにとか言っとけば、コロッと騙されてくれそーじゃね」
「ほうほう。これは使えますな。ふむ。たしかにワル商人と名乗る悪党はおりません。盲点でした」
「でっしょー。あっ、でも悪さしちゃダメだかんねっ」
「もちろんでございます。このノウロ——いえ、ワル商人の名にかけて、商いは誠心誠意努めさせていただきます」
「よきにはからえー」
ったく。まるで家来だな。
ま、ノウロにしても大量の在庫に苦しんでたところを救われたんだ。感謝の一つもするか。
「つーわけで、これからリリウムどのんち行って、打ち合わせねー」
「……え。私も、ですか?」
「気まずい?」
「それは、まぁ……」
「でもダメー。ちゃーんとごめんなさいしてっ」
やっぱ容赦ねぇな、ベリルのやつ。
綿花の卸しを止める指示はウァルゴードン辺境伯殿がやったこと。しかし実行させられたのはノウロだ。
「針の筵だな」
「トルトゥーガ様。なにとぞご慈悲を……」
「おうおう、そういう情けねぇツラしとけ。少しは手心加えてくれるかもしれんぞ」
「父ちゃんってば、マジ無慈悲だかんねー。助けてって言ってもムリだし。ひひっ」
ひでぇ言い草だな、この悪の権化め。
ま、各々いろいろと思うところはあるだろうけどよ、結局は全員が儲けられる話になるんだろうさ。
んで、どうせコイツは一番美味しいところを持ってくんだ。
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