第143話 小悪魔は欲張り⑥

 いろんな意味で一気に冷えた空気のなか、交渉はつづく。

 できるだけ安くという値切りではなく、なんとか穏便に済ませようと分割払いの相談に移ったのが大きな差か。


 そもそも俺としちゃあ、女房を国内の争いに加わらせるつもりはない。王国とダークエルフの盟約もあるしな。

 とはいえ相手がどう思うかのかまでは知らん。さっきのを示威と受け取るかどうかは相手の想像に任せる。

 なんにせよ、ジョルドーがブルッてくれたのはありがたい限り。これでようやく実りある話ができるってわけだ。

 ちぃと卑怯くせぇがな。


 そしてベリルは余裕かます。


「うゔ〜、さっぶーい」


 まだ寒ぃのか、俺の上着の裾から潜り込んできて「汗くっさー」などと文句言いつつ、襟口から顔を出した。


「ひひっ。二人羽織みたーい」


 で、なんだかわけのわからんことを言う。


「父ちゃん。飴ちゃーん」


 パカッと口を開け、ペロペロ飴をよこせと。しかもちょいちょい食わせろと。


 この嘗めきった態度を目の前にしても、ジョルドーは萎びてくだけ。ただ「して、分割の……」と繰り返すのみ。


 だが、次にベリルが口にした、


「これでよーやく綿花払いの話できるし」


 という一言でジョルドーの目つきが一変。絶望から喜色に。


「——そ、そのようなことを受け入れてくださるのですか⁉︎」

「くださるし。つーか最初からそのつもりだったもーん」


 ここで一つの最悪な未来を想像したのか、ジョルドーは窺うような目を向けてきた。


「し、して、いかほどで査定していただけるのでしょう?」

「値上げする前の値段でどーお?」

「俺はそれで構わんぞ」

「……ご好意に感謝します」


 言わされてるみてぇな声音だ。いま、コイツの頭んなかで目紛しく計算してるに違いない。ムリなく返済できる分量を導き出そうって具合に。

 その邪魔になることなどお構いなしに、ベリルはつづけた。


「これまでってさーあ、ノウロってゆーワル商人に買わせてたんでしょ」

「ええ。それがなにか……?」

「それも含めて、ワル辺境伯んとこの綿花ぜんぶちょーだい」

「——は?」

「だからー、税金で集めなかったぶんも欲しいって言ってんのー」


 たしかにその方が返済は早まるが、いくらなんでも酷すぎんだろ。


「おいベリル」

「ん?」

「オメェは領民まで飢えさせるつもりか」


 俺が物言いすると、ジョルドーは縋るように見つめてきやがった。

 気持ちはわからんでもないが、ちょいと気色悪ぃから、それやめろ。


「な、なにとぞ、ご再考いただけませんか……」

「いやいやそーゆーんじゃねーし。いましてんのは買い取りの話っ。これからはうちで綿花ぜーんぶ買うって言ってんのー。でー、その代金の一割とか二割とか? ムリないぶんを賠償金の支払いに当ててもらおーって考えてんだけど」

「と、言いますと」


 まだ理解が追いついてないらしい。

 かくいう俺もだ。


「だからねー、作った綿花はぜんぶまとめといてくんなーい。それぜんぶ買うから。んで、そっちで代金はちゃーんと農家さんたちにも分けてといて。税金高くするとかマジなしだかんねっ」


 ジョルドーの曖昧な返事を挟み、まだつづく。


「つーか前までリリウムどのんちに売ってた値段なら、アンタんとこもそんなに困らないっしょ」

「え⁇ 商人への卸値ではなく、ですか?」

「ん? はじめっからそー言ってるつもりだけど。あっ、でもちゃんと利子と手数料はもらうかんねっ」


 あいにく俺も初耳だが。

 けど、そうかそうか。商人が上乗せしてるぶんの実入が増えんなら返済も楽に……——って、おい!


「んなことしたら、うちが破産しちまうだろうが!」

「はあ? しないしー。むしろ節税できちゃうんじゃね? よく知んないけど」

「ジョルドー、悪ぃがしばらく聞くだけにしといてくれ」


 そう口を挟まねぇよう断りを入れ、すぐさま「おいベリル」と、ふざけたこと抜かした問題幼児に向き直る。


「俺にわかるように話せ」


 それからベリルは「んと〜」とカラクリを語ってく。

 ようやく腑に落ちたのは、陽が傾きはじめたころだった。


「要するに、買った綿花はそのまんまの値でリリウム殿に卸す。でも多少の手数料はウァルゴードン領からもらう。だからうちの財布は痛まんし、むしろ膨れる。そう言いてぇんだな?」

「そーそー」

「そーそーじゃねぇよ。アホたれ! んな大量に綿花押しつけたら、こんどはリリウム殿が破産しちまうだうがっ」

「しないってー。マジ父ちゃんは忘れっぽーい。いーい、買ってもらったのぜーんぶ布にできるのっ。それ忘れないでくんなーい。まだ企業秘密だし詳しくは言えないんだけどさーあ。ほりほり思い出してみー」


 産業レボリューションとかほざいてた、あれか。

 いやしかし……。


「そこまで効率いいもんなのか?」

「スッゲーし」


 チラリとジョルドーの様子を見ると『私は聞いてません』ってツラだ。キッチリ聞き耳立ててるくせに。とんだタヌキ野郎だぜ。


「てゆーか、もし余ったらワル商人に売りつければいーじゃん」

「オメェ容赦ねぇな」

「ひっどーい! 父ちゃんはあーしのことイジワルみたいに言うけどさーあ、これってあーしなりのリクルートだかんねっ。布をどーやって売るかまで考えてあっから」

「そうかい」


 つうことは、あとでノウロの野郎も捉まえて話しなきゃならんのか。


「綿花の買い取りとか運ぶのとか、そーゆーメンドーなことワル商人にやってもらうつもりだけどー、年一回だけだと仕事なくなっちゃうっしょー。だから歩合のバイトを斡旋してあげんのっ」

「まっ、そのあたりは野郎を呼んでまた詳しくだ。で、ジョルドー、そっちとしてはどうなんだ?」


 可否を問うと、


「その条件で、よろしくお願いします」


 これまで見せなかった真摯な態度で頭を下げてきた。


 これで、交渉成立。

 と、思ったら——


「そーそーせっかく用意してくれたんだし、とりあえず目録のぶんはぜんぶ貰っとくねー。ワル辺境伯の身代金っつーことでっ。あの人ガンコそーだし、どーせごめんなさいとか言わないっぽいし。その代わりって感じでよろ〜っ」


 だとよ。

 結局ベリルのやつ、請求した賠償金と目録の金品を両方とも分捕りやがった。




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 以下、本稿の補足です。

 ※細けぇこたぁいいんだよ、という方は飛ばしちゃってください。


 以前作中でも触れましたが、賠償金にも身代金にも税金はかかりません。ですのでトルトゥーガ子爵領は申告要らずの一括で自由にできる大金と、今後長い間丸々懐に納められる分割払いの賠償金を受け取るとこになります。あと綿花の販売手数料も。


 対してウァルゴードン辺境伯領は貯蓄が空。さらに今後は蓄えなどほぼできません。

 加えて課税に対する釘も刺されたので、重課税で解決することも難しくなりました。領民が豊かにならないと辺境伯も豊かにならない状況です。


 今回ベリルがどこまで意図したかは不明ですが、良政を敷いて税収を増やさない限り、ムリせず払える賠償金の返済が続くのです。

 これは彼女なりに、適度にウァルゴードン辺境伯だけを困らせようと頭を捻った結果なのでしょう。

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