第142話 小悪魔は欲張り⑤
「つーかー、ワル辺境伯の身代金を値切るってどーなんさー。名誉とかそこらへん大丈夫なん?」
「名を捨て実を取ろうと考えたまでであります」
ベリルがチクリと嫌味を言えば、ジョルドーはのらりくらりとはぐらかす。
「そもそもミネラリアの盾たる我らのチカラを、かように削ぐのはいかがなものかと」
「忠義とかそーゆー感じ?」
「ええ。まさしく。このような巨額を要求されてしまうと、国土の平穏を守護する我らのお役目が果たせなくなってしまいます」
「ぷぷーっ。平穏を、守護っ?」
「なにか」
「あーし、ドロボーする盾とか聞いたことないんだけどー」
「…………」
「あっ、ごっめーん。リーティオくんを唆したんだっけー。教唆ってやつっしょー。平穏守るどころか悪さ吹き込んでんじゃーん」
ジョルドーが辺境の防衛力維持を交渉材料にしようとすれば、ベリルは性悪ヅラでおちょくり返す。
慣例を引っぱりだして減額を求められてはベリルは「意味わかんなーい」としらばっくれ、逆に領土拡大を企んだことや物資の値上げを仕掛けたことを「謀反ってやつじゃね」と脅しにかかる始末。
しかしジョルドーもとんでもなく弱い立場なのに、引かない。最初に声を荒げて以降は、淡々と穏やかな表情と口調で食い下がる。
交渉は完全な平行線に見えた。
だが、ここにきて、
「ふ〜ぅ……。タフなネゴだぜーい」
ベリルは疲れをみせた。
こりゃあ仕切り直す必要があるな。
つうか俺、ぜんぜん口挟んでない。ずっとカカシのまんま。
しかし休憩を申し出る前に、ジョルドーは相手が弱まったと見るや否や、
「この目録は我らの最大限の譲歩。これを受け入れていただけないとなると、非常に残念な結論を導きだす他ありませんな」
強気に迫ってくる。
が、残念。そいつぁ悪手だ。
「いまのは、テメェから交渉を打ち切ったと取って構わねんだな」
その手の話なら俺にもできる。つうか待ってましたってなもんだ。
「——い、いえ。そうではありません。可能性の話をしているまでです」
「ほぉう。だったらこっちも可能性の話をさせてもらうとするか」
「伺いましょう」
「大した話じゃねぇ。交渉が白紙で終わっても、オメェさんには土産を持たせてやるって話だ」
「……っ……どのようなモノを?」
ジョルドーは平静を装ってる。それはいい。
だがベリル、テメェはダメだ。
なに「糖分糖分」ほざいてペロペロ飴しゃぶってやがる。父ちゃんの見せ場なんだから、しっかり注目してやがれってんだ。ったく。
「期待させちまって悪ぃが、うちは貧乏だからよ、用意できんのはブッサイクな塩漬けくれぇなんだがな」
「——まさか⁉︎」
「なぁに遠慮するこたぁねぇよ。こっちとしても値すらつかなくて処分に困ってたモンだ。ええと大きさはだいたい、こんなもんか」
人の頭のほどを手で表してみせた。
だいぶ利いたみたいで、ジョルドーの顔色がみるみる変わってく。
「へ、辺境伯を手にかけるなどと……。可能性を語るにしても、いささか脅しがすぎるのではありませんか」
「そう聞こえたか?」
「……ッ。当方にはまだまだ多くの領兵が健在なままなのですよ。交渉を拗れさせたら困るのはそちらでは? それに降った者に対して、そのような非道なマネをするなどと。トルトゥーガ様の評判にもかかわるのでは——」
「おいおいムキになんなよ。可能性の話をしてるだけだろうが。それにな、身代金の支払いを拒まれた時点で捕虜の生殺与奪はこっちの勝手」
河が近いからだろうか。カッカする頭に心地いい涼風が届けられる。
ベリルは「へくちゅ」っと寒そうにしてるが、肝を冷やしてるジョルドーに取ってはどうなのかねぇ。
「もしそうなれば我らは小競り合いで済ませはしません。方々に援軍も頼むことになりますが、よろしいのですね?」
「呆れるぜ。見当違い甚だしい。さんざん加減してやっただろ。忘れたか? あんだけボカスカ捕えてんのに一人もひと死にが出てねぇのがいい証拠だ。それに援軍だぁあ? バカかオメェ。本気で事を構えたら最後、生きて橋を渡れると思うなよ」
「そーだそーだ。ここは通さねーし」
おいベリル。オメェそれ言いてぇだけだろ。
「それはこちらとて同じこと。騒がしい有象無象が去ったいま、トルトゥーガの駐屯兵だけでどこまで抗えますかな」
実際のところ、やったらマズい。
スモウ大会と免税市の客は帰った。だから守りを気にせずに攻められるし、次があったなら一撃で仕留めにかかる。
しかしだ。たった二〇で、いつまでも暴れつづけられるもんでもねぇ。
だからって引くわけにはいかん。
ジョルドーにしても、主人を救えない展開は望んじゃいないはず。あっちが折れるまで圧を加えていけば、そのうち本音の限界額を吐く。
そう意気込んで「試してみるか?」と挑発した。そのときだ。
——背筋が‼︎ ゾクリじゃ利かねぇ。魂魄が凍てつくような魔力の波動に貫かれた。一瞬、終わりかと錯覚したほどだ。
「「「…………」」」
俺やジョルドーだけじゃなくベリルまでもがブルリと震えて、お互いに目を見合わせた。
そして、その凶悪な魔力の出所へ目を向けると、
「あなたー。ベリルちゃーん。ママ、ようやく成功しましたよー」
橋から少し離れた位置で手を振るヒスイ。
だが、満面の笑みの女房よりも目を引かれるモノがその背後にあった。
河から天突く、氷の柱。
冷気が漂い、あたりとの温度差が遠目にもわかる。伸びてく方向を間違えたバカデカい
どうやら橋の魔法無効化に対抗してたらしい。少し離れてるから、その範囲を確かめたに過ぎないが。
だがしかし、ヒスイにその気はなくても脅しの効果は絶大。
「いつまでも河を堰き止めていてはいけませんね」
と、呟いたんだろう。
天まで届きそうな氷柱に手をかざすと、
直後けたたましい破砕音をたてて、氷の巨塊は圧し折れ、粉砕された。
あたりに舞い散った氷の粒が、沈みゆく陽と河から反射された光によって、朱色に煌めく……。
たったいまこれを見たなら、幻想的な光景に心を奪われたに違いない。
でも、ほんの少し前から目にした者にとっては、まったく異なった想像をさせらてしまう。
例えば『あのどちらかの魔法が自分の身に降り注いだら』とか……。
結果、ジョルドーの意思は揺れ動くどころかポキッと折れ、
「……ぶ、分割のご相談に移らせていただいても、よろしいでしょうか」
粉々に砕かれちまったらしい。
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