第一章 亀に跨がる幼女
第25話 亀に跨がる幼女①
晩飯どき、少し早めに台所へいくと、壺にあれこれ放り込んでる小っこくて丸っこい後ろ姿が見えた。ベリルだ。
「お? なにしてんだ?」
「料理してのー。ひししっ。今日のスープは期待しちゃっていーしー」
スープを壺で? また妙なことをしてんな。
肉、野菜、塩、大麦の粒もいれんのか。んで蓋をした。ちっとも先が読めねぇ。
「美味しくなーれ〝圧力釜〟ぽちー」
釜? それ壺だろうが。
ベリルは蓋をツンツン突っついたあとこっち向いて、小鼻広げて自慢げに、ふんす。どうも解説したいらしい。
「これで放っておけば、お肉とろっとろで美味しいスープになるし。たぶんスッポンだし。てかすごくなーい、美少女魔道士ベリルちゃんの新作魔法っ!」
「おまえ、いつ小悪魔から魔道士になったんだ? しかも自分で美少女って……。まだ少女にすら届かない幼児のくせによぉ」
「んじゃ美幼女魔道士でいーや」
「……スゲェな、おまえ」
「でしょー。褒めてほめてー」
いやいや俺が言ったのは、頑なに『美』をつけて自画自賛するオメェの図太さがスゲェっていったんだが。
「もう小悪魔は名乗んねぇのか?」
「いやそれなんだけどさー、最近のあーしってばめちゃ罪作りじゃーん」
最近おまえが作ったのは狂気じみた凶器ばっかりだ。ある意味、罪か。
「ちっと自重した方がいーかなーって」
おう、ぜひ自重してくれ。
「だから」
……え、終わり? ちっとも話が見えてこねぇんだが。
まあいいや。ガキの話ってのはたいていはこんなもんだったな。
「ところで美幼女魔道士さんよ。そのスープはいつできあがるんだ?」
「一時間くらーい」
けっこうかかるんだな。
「よく魔力が保つもんだ」
「一回加熱して、あとは放置だからそーでもないし」
「ほう。ちっと中ぁ見てもみていいか?」
「ふししっ。いーよー」
なんか企んでるようだが、蓋取るだけだぞ。なにをそんなに面白いことが——あれ? 取れねぇ。
「ぷぷっ。圧力釜は途中あけらんねーしー」
だったらはじめからそう言えよ。相変わらず意地が悪ぃな、こいつは。
「そんじゃ、出来上がりを楽しみにしとくからよ」
「頬っぺた落ちないよーに要ちゅーい! だからっ」
◇
いんや驚いた。ベリルが作ったスープ、めっちゃくちゃ美味かったわ。
で、俺としてはスープの出来を誉めてぇとこなんだが、
「これって熱を封じ込めているから、空間魔法の類……? いえ、それだけではないわね。圧力と言っていたのだから……はっ⁉︎ 重力魔法まで——まさか古の失われた秘法なんて、ありえないわ」
ヒスイがブツブツと独り魔法談議してるんだ。
「母ちゃん、おかわり!」
「えっ? ああ、はいはい。たあんとお食べ」
いちおうはこっちの会話は聞こえてるみたいだし、放っておけばいいか。
俺ぁとっくの昔にベリルの魔法を理解すんの諦めてるからいいんだけど、ヒスイはまだ向き合うつもりらしい。
自分の好奇心もあるんだろうが、娘を伸ばしてやりてぇって気持ちもあってだろうな。
「母ちゃん、おかわりー」
「俺もおかわりだ」
諸々を考えんのはあとだ。
いまは食うことに専念しねぇと、イエーロにぜんぶ食われちまう!
◇
食後、ベリルを風呂に入れてやってると「ねーねー父ちゃん」となにかをねだる気配をみせてきた。
「次の亀狩り、あーしもついてっていーい?」
「……理由をいってみろ」
「卵ほしー」
「食うのか?」
「食べないし」
そうだよな。卵を食うなんて勿体ないマネは、さすがにこいつもしねぇか。
「育てて、あーしの乗り物にすんのっ」
「…………おう」
予想の範疇を軽く越えてきやがった。
「ベリル、忘れたのか? 亀っつってもありゃあ亀っぽい魔物だ。オメェみたいなちんまいのペロリと食われちまうぞ」
「ええーっ。でもこないだ見た感じだと、ほっといたら葉っぱとか草しか食べてなかったじゃーん。へーきへーきっ。生まれたときから育てたら、あーしのことママだって勘違いするし」
んなことあるのかよ。でもベリルの言うことだしなぁ。一考の余地は、あるのか?
「あとさー、これから亀製品がめっちゃ売れるとすんじゃーん。したらそのうち禿山にいるぶんで足りなくなるかもしれないしー、そーゆー想定したら育てられるか試しといた方がよくなーい」
魔物を増やす、だと。
こいつぁとんでもねぇこと考えるな。
「だからー、卵取ってくるだけじゃなくって、じっくり観察したりしたいわけよー」
と、風呂に入っても外さない飴色の伊達眼鏡とやらを、ベリルはクイッとしてみせた。
だからそれ、バカっぽいって。本人は学者気取りなのかもしれねぇがよ。
魔物の繁殖なんてここいらじゃ聞かねぇ話だが、出身地が違うヒスイならなんか知ってるかもな。
「連れてくのも含めて、いったんヒスイと話してからでいいか? あとイエーロには内緒にしとけ」
「ママと相談はわかったけど、兄ちゃんはなんで?」
「あいつは鱗鎧作りをさせないとだからよ。おまえが行くって知ったら『オレも行く』って聞き分けねぇだろ」
「そっかそっかー。たしかに兄ちゃんは器用で便利だもんねー」
おいおい、便利とか言ってやるな。兄ちゃん泣くぞ。
「あ、ちゃーんとギブアンドテイクしてるし」
「ん?」
「いろいろ作ってもらってるお返しに、あーしがブロンセんとこの妹ちゃんの……なんだっけ?」
「クロームァな」
「そーそークロームァちゃん! その、クロームァちゃんにあげるプレゼントを考えてあげてんの。だから、ギブアンドテイクせーりつー」
だいたいの主張はわかった。だが、あんまり釣り合ってない気もするぞ。
「オメェ、それって何気に責任重大だからな」
「大丈夫だいじょーぶ問題なっしんぐー。どーせはじめっから兄ちゃんみたいな年下の男なんて相手にされないしー」
ひ、ひでぇ……。
「オメェ、やっぱり悪魔名乗っとけ」
「えへへっ。やっぱし父ちゃんも、あーしには小悪魔が似合うと思う?」
こんなこと言っちゃあいるが、どうせ贈り物についてはキッチリ考えてあんだろ。
この娘はホントに捻くれてんな。いったい誰に似たんだか。
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