第24話 亀素材で道具づくり⑧

 倉庫兼作業場で鎧作りを手伝ってると、


「ねぇ父ちゃん」


 ハリのない声で長男が話しかけてきた。


「言いてぇことはわかる。が。なんも言うな」

「ええ〜っ。わかるならなんとかしてよ〜」


 鱗鎧の試作第一号が出来上がってからというもの、イエーロはずっと鎧作りに精を出していた。


 いや、俺が強制してるってのもあるんだけどよ。


 でも考えてもみろ。軽い硬い動きやすいと三拍子揃ってて、なにより見た目もカッコいい。こんな鎧を手ずから用意してくれる跡取り息子をみんなはどう思う。恩義でいっぱいになるだろう?


 俺ぁそのあたりも計算に入れたうえで、やらせてんだ。


 とはいえ、ずっと泣き入れてくるイエーロが、ちっと可哀想になってきてるのも本当だ。


「そういやブロンセの妹のクロームァがよ——」

「その話もう何回も聞いたよ。ブロンセに斧槍と鱗鎧あげたことすごく感謝してくれてるんでしょ。……あのさ父ちゃん。オレはたしかにクロームァさんのこと、その、す、好きだけどさ、そればっかダシにされてると、なんだかなーって気分になっちゃうよ」

「そっか。そうだよな。悪かった」


 なかなかベリルみたいには上手いこと言いくるめられねぇな。


「いややるけどね。槍斧作りはホーローたちがやってくれてるし、これが売れたら領地のみんなも潤うんでしょ。だからキッチリやる」

「おう、立派な心がけだ」

「だからさ」

「な、なんだよ。オメェ、親父に条件つけんのか」


 って怯んでみせたが、さてさて、いったいどんなおねだりしてくるんだ? どうせ食いモンかとも思ったが、なにを言い出すのか少々興味が湧いた。


「オレにも甲羅の切れっ端を分けてほしいんだ」

「…………」


 んだよ、ガッカリだよ。んなもん妹に頼めっ。ベリルがほとんど掻っ攫ってただろうが。


「ベリルには分けてやれって言っといてやる。それでいいか?」

「えへへっ。父ちゃん、ありがと」

「おっと、礼を言うのはまだ早ぇぞ」

「な、なに」

「なんに使うのか、それはいいや。でも誰かにやった場合は報告しろ」

「——んな⁉︎」


 ま、想像はついてるけどよ。


「どんなモンを作ってどこの誰に渡して、できりゃあそんときのやり取りと、あとは結果も聞きてぇな」

「とと、父ちゃん! 性格悪すぎっ」


 おっといけね。誰かさんの悪癖が移っちまったのかねぇ。

 ま、イエーロから直接聞けなくても、性悪な小悪魔さんが聞き出してくれるか。



 ヒスイが部屋で待ってろっていうから待ってると、しばらくして……。


「あなた、その……どうでしょうか?」

「ああ、いいと思うぞ。なんつうか知的っつうか、清楚っつったらいいのか。とにかくいい感じだ」

「うふふっ。嬉しいっ」


 恥じらいながらも、ヒスイが飴色の装飾品を身につけた姿を見せびらかしてきた。


 髪飾りは黒い艶髪に合ってると思うから、それはそれでいいんだがよ、問題は顔につけてる方だ。目を囲うみたいな細っそい円が左右にあって……ほう、耳に棒で引っ掛けてるのか。


 なんの意味があるかはわからねぇが、かなり雰囲気が変わってて、いつもたぁ違う色っぽさがある。同時に、スケベな目で見ちゃいけねぇような背徳感があって、スゲェ唆られちまう。


「ベリルちゃーん。ベリルちゃんの可愛い姿もアセーロさんに見せてあげなさーい」

「ふっふっふっ。しゃーないなー」


 勿体ぶってベリルがやってきた。んで、座ってる俺の脚にえっちらおっちらよじ登ると——


「じゃじゃーん! 小悪魔ベリルちゃん、眼鏡バージョン!」

「わあっ。ベリルちゃんとっても可愛いわよ」

「……それ、眼鏡のつもりだったんだな」


 俺の膝をお立ち台代わりにしてるのは目ぇ瞑っといてやるがよ、眼鏡? ぜんぜん違うだろ。


「はあー? どー見ても眼鏡じゃーん」

「カタチが変なのは置いとくとしても、そもそもレンズ入ってないじゃねぇか」

「そんなん伊達眼鏡に決まってるし。てゆーかーなんかゆーことないん? ほりほりー、言ってみー」


 ベリルは顔グイグイよせてきて、クイクイッと妙な装飾品の縁を揺らした。


「なんかバカっぽいな」

「——んな⁉︎ 眼鏡かけたら普通は頭良く見えんのー! なんでバカっぽくなんのさー!」

「いやよ、賢そうに振る舞ってんのはわかるけど、それがバカみてぇだなって」

「ンキィイイイイイ! ねーママ聞いたー、マジひどくなーい? どーせ父ちゃんはママの眼鏡姿見ても褒めたりしてないんでしょー。うっわー、これだから気ぃ利かない男ってやんなっちゃーう」


 おうおうプンスカと、好き勝手言ってくれやがって。あと膝の上で暴れんな。


「あらベリルちゃん。ママは、アセーロさんから『知的で清楚』って褒められたわよ」

「むむぅうううーっ‼︎ ズルいズルい、なんであーしにはバカっぽいだけなのさー。めっちゃ可愛いのにーっ!」

「俺ぁ見たまんまを言っただけだ。いちいち世辞なんて言うもんかっ」

「ふーん。てことはさー、ママに言ったのも見たまんまってことじゃーん。ひひっ。父ちゃんてば、めっちゃママのこと愛しちゃってるしー」

「まあやだ、ベリルちゃん。大人をからかうものではありませんよ」

「つうか、んな当たり前のこといちいち確認すんな」

「ぇ? んと……」


 なに赤くなってんだ。


「〜〜〜〜〜〜っ♡ そ、そっか。そーだよね。んと、ち、ちっと……あ、あーしにはそーゆーの早いってゆーか、うん。あの、惚気とかマジきちーし」

「あらあらベリルちゃんたら、うふふっ、照れちゃって」


 イジってきて自滅かよ、ったく。


「んなことよりベリルよぉ、オメェあれこれ作りすぎじゃねぇか」

「え、あー。それね、うん。って——ええっ! ダメだった? もらった甲羅の端っこ使ってるだけだし、いーじゃん」

「ダメとは言ってねぇ。よくもまぁこんな細工の緻密なモンまで作ったなって、俺ぁ感心してんだ」

「そゆこと。それならあーしはなんもしてないし。あっ、でもデザインは書いたけど」

「てこたぁ、また兄貴たちコキ使ってんのか」

「違うし。大変そーだったから『ケガとか気ぃつけてねっ』て丸鋸の使い方教えてあげたらー、なんつーの、うへへっ、惚れられちった。童貞の恋心ワシ掴みーみたいな〜っ」


 こいつ頭大丈夫か? いやイエーロたちはスンゲェ感謝してんだろうけどよぉ。


「なんかめちゃ必死でー、手ぇなんか握って「なんでも作る」って言いよられちったし〜。ぜーんぜんあーしの好みじゃないからノーセンキューなんだけどねっ。んぷぷっマジかわいそっ。あーあ、罪だわー。あーしってばめっちゃ小悪魔だわっ。モテすぎて困っちゃーう」


 頬を押さえてイヤンイヤンしてる色ボケ娘に現実を教えるべきか?


 ヒスイと目で会話すると、ゆっくり首を横に振られた。

 ならいいか。しばらくは夢みせとけばいい。


 しっかし、いっつも中年みたいな下ネタばっかり挟んでくるくせに、まさかベリルがここまで初心なヤツだったとはな……。

 まだ二歳児なのは忘れてねぇんだがよ。それにしたって、日頃のこいつを知ってるだけに違和感が半端ねぇ。


 結局、俺はまだまだ娘のことをわかってやれてないってことらしい。

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