第26話 亀に跨がる幼女②

 亀素材を使った道具作りをはじめてから、早いもんで三年が経った。


 長男のイエーロは、ずいぶんバカさ加減が薄れてちったぁマシになった。まだまだ立派な跡取りとは言えねぇが、道具作りを任せたのがよかったのか、人の間をとるのが上手くなってる。


 ヒスイは出会ったときのまんま、変わらねぇ。さすがは……、やめとこう。これを言うと女房の機嫌を損ねちまうからな。


 んで、問題はこいつ。


「スッポン。ちんちーん」


 いま広場でバカデカい亀の魔物になにやら妙な芸を躾けてる俺の娘——ベリルだ。


 亀を直立させたいらしいんだが、ムリ言いすぎだろ。ダンダン跳ねるだけで、できてない。健気にムチャぶりに応えようとしてる姿は哀れでしかたねぇ。もうやめてやれよな。


「やっぱムリかー。じゃー伏せっ」


 躾けどおり、亀はゆっくり土埃を立てないよう身を沈める。するとベリルは太っとい前脚を伝ってよじ登ると甲羅の隅に座った。

 それから「よーしよーし」と首裏を撫でたところで、ようやく俺が様子を見てるって気づいたようだ。


「あっ、父ちゃん」

「おうベリル。頭が高けぇぞ」

「あははっ。なにそれー、偉い人みたーい」


 いちおう偉い人だぞ。亀とはいえ騎乗したまま見下ろしてんじゃねぇよ。ったく。

 それとな、オメェの親父はここらの領主でトルトゥーガ子爵様なの忘れてんだろ。


 で、苦言を呈したとおり頭は高いんだが、それほどでもない。一昨年からベリルの身長はずっと変わらずだからだ。


「オメェ、これっぽっちも成長しねぇのな」

「むー! 父ちゃん、それセクハラだしっ」


 ベリルは幼児特有のむっちむち腕で胸を隠しながら、キーキー文句言ってくる。

 たしかセクハラってぇのは『スケベなイヤがらせ』って意味だったか。だったらこの場合は見当はずれもいいとこだ。


「俺は身長の話をしてるんだ。乳の話は、せめて出っぱった腹をなんとかしてからにしろ」

「ひっどーい。あーし、ぽっこりお腹めちゃ気にしてんのにー。マジ失礼だし。あと背もちびっとずつ伸びてるしっ」


 そう伸びていないわけじゃあないんだ。ヒスイ曰く、


妖精種エルフなどの長寿な種は、もれなく魔力量が多いのです。一説では、長命の理由として高密度な魔力の影響で肉体の老化が緩慢になるからと言われています。そしてベリルちゃんは三歳の時点で、あの小さな身体に私と変わらない魔力を秘めていました……』


 とのこと。つまりはスンゲェ魔力の影響で、成長が遅くなってる可能性が高いって話だ。

 悪影響はないだろうが、大人まで成長するのには膨大な時間がかかるかもしれないらしい。


「まーでもー、可愛い子供のまんまってのもありかもっ」

「なんで?」

「だって、子供のまんまならずっと養ってもらえんじゃーん。いやー、父ちゃんは幸せ者だねー。こーんな愛らしい娘がずっと家に居てくれるんだからさー」


 てな具合に、口で言うほど成長に関しちゃあ気にしてないようだ。

 なら俺としても問題ねぇ。せいぜい長生きして、デッカくなるまでオマンマくれぇ食わせてやるよ。


「甘えんな。食い扶持くれぇテメェで稼げってんだ」

「それさー、五歳児に言うセリフじゃねーから。しかもあーしは、まだまだカワユイ三歳児ボディだしー」

「ホント、おまえって自分の都合なのな」

「ひひ〜っ」


 一つも褒めてねぇよ。


「ところで父ちゃん、亀素材の武器とかって注文きてんのー」

「お、言ってなかったか。まだ売ってねぇぞ。ぼちぼち問い合わせはきてるがな」

「ええーっ。なんで売らないのさー。早く売ってあーしにお小遣いちょーだいっ」


 ズイズイっと差し出された手のひらを、無視して応えてやる。


「ここしばらくは小競り合いみたいな依頼ばっかりだからよ、デッカい戦場でキッチリ出来栄えを示してからの方が高く売れるだろ」

「あ、実戦証明済みってやつだ」


 ほう、いい表現だ。軍隊で使いそうな言葉だが、いったいどこで耳にしたのやら。とてもこいつの頭んなかから湧いたとは思えねぇな。


「わかったみてぇだな。つまり狙いは『あの傭兵団、ムチャクチャ強ぇぞ。もしや、あの立派な武装が強さの秘訣では!』ってな具合に話題になればって考えてんだがよ、なかなか都合いい仕事がこねぇんだな、これが」

「父ちゃんの悪巧みはわかったけどさー、だったらもっと目立つよーにした方がよくなーい」


 ベリルの言いたいことはわかる。普通は戦場で手柄を誇示するために目立つ格好をするもんだ。

 でも、俺らが着てる鎧は砂色のマダラな鱗鎧に黒い防御板が貼ってあって、かなり地味。俺好みではあるんだが、華やかさって意味じゃ足りてねぇ。


「かといって派手なサーコートを全員分用意するわけにもいかねぇしな」


 まず先立つモンがねぇ。


「ちっちっちっ、父ちゃん間違ってるし」

「なにがだ」

「戦場って、みんなオシャレしてんでしょ?」


 オシャレってな……。


「みーんな似たようなカッコしてんだから、おんなじことしたら目立たないじゃーん」


 おお、たしかにベリルの言うとおりだ。


「なんか、いい閃きでもあんのか?」

「ひひっ。聞きたーい?」


 勿体ぶりやがって。だがよ、俺はこの五年で学んだんだ。ここで急かしたり聞きたがると話が逸れるってな。だから俺の対応は、こうだ。


「いや、べつに」

「ええ〜っ! なんでなんでーっ。きーてきーて聞いてよーっ」


 ほら釣れた。


「しかたねぇな。ほれ言ってみろ」

「えへへっ。父ちゃんありがと。んとね、あーしの天才的アイディアは、スッポンを連れてくってコペルニクス!」


 コペル……⁇

 いや、いまはいい。んなことより、たしかにデカい亀を連れてったら目立つ。けど魔物だぞ。問題大有りじゃねぇか!

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