第22話 亀素材で道具づくり⑥

 ベリルには、魔法の槍の製造を禁止した。


 んなもん当ったり前だ! あんな物騒なブツを世に流してみろ、あちこちで起こってる小競り合いが惨殺劇場になっちまうぞ。んで戦死続出の挙句に、俺らが逆恨みされる未来しか見えてこねぇ。


「せっかくスゴイの作ったのにー。父ちゃん専用で、こっそり使うとか、ダメ?」

「ダメに決まってんだろ……。でも、しなる甲羅の部分を使った長柄の武器って発想は悪くねぇ。だからな、もっと単純に作ってみてくれねぇか。こないだ壊れた斧槍みてぇのだと俺も使いやすいしよ」

「べ、べつに父ちゃんのために作ったんじゃないんだからねっ」


 ああ、はいはい知ってる知ってる。俺のために用意したんなら俺に効くか試そうとはしねぇだろうからな。

 ったく。ちったぁあと先考えて……って、そりゃあ期待のかけすぎってやつか。


「てゆーか、これあれば亀よゆーじゃね?」


 やめろよな。んなこと言われたら試したくなっちまうじゃねぇか。


「軽〜くー、亀の頭、先っぽだけツンツ〜ンてっ。ねっ、先っちょだけ試しにさー」

「しゃ、しゃあねぇな。ったく、一回だけだぞ」

「ほーい。てか、いまの会話えっちくね?」

「うっせ、ちんちくりん!」


 なにが悲しくて二歳児の娘と酔っ払いの戯言みてぇな話しなきゃなんねぇんだ。


「けど真面目な話さー」


 おう、オメェにも真面目な話ができんのか? なぁんて茶々は入れられない。

 だってよ、これまた二歳児とは思えねぇ真剣なツラしてやがるんだ。なら、ちゃんと聞いてやらないとな。


「この槍ってー、父ちゃんみたいなガンコ親父でも試してみたくなるくらいじゃーん。人によっては悪用しそーだよねー。他人に向けたりとかー」


 …………⁇ なに言ってんだ、こいつ。一瞬首を捻りそうになったが、すぐ腑に落ちた。

 ベリルはまだまだ世の中のこと知らねぇ脳みそお花畑なんだってのを、俺ぁすっかり忘れてらしい。


 ちっと悩む。できることならずっとこのまんまでいてほしいとも思うし、追々教えてやったらいいかとも思う。

 でも、無邪気にこんな凶悪なモン作っちまうベリルの危うさを考えて、俺はこの場で言って聞かせることにした。


「いいかベリル、そいつぁ武器だ」

「ん?」


 んな可愛らしく小首傾げんじゃねぇよ。決心が鈍っちまうだろうが。


「武器は他人に向けるモンだろ。少なくとも俺の商売ではそういうことになってる」

「…………ぁ」

「そういうマネしねぇで生きてるヤツも世の中にゃあたくさんいる。だがよ、オメェの親父はそうやって家族にオマンマ食わせてるんだ。おまえは、その槍を俺が持った結果を考えたのか?」


 いいとこの貴族娘なら、血生臭ぇこととは無縁な茶っ葉の匂いに囲まれた場所で生きてけるだろうさ。

 でもよ、残念ながら……っつうのは、俺が言っちゃあいけねぇことだが、こいつは貧乏貴族の、傭兵稼業を生業みたいにしてる俺の娘として生まれちまったんだ。だったら、どうやってメシ食ってるかくらいは知ってべきだ、と考えたわけだが。


 ハァ〜……、言ったそばから後悔してら。


 いくらなんでもこういう話は早すぎだわな。言わなきゃよかった。どんだけオツムの出来がよくってもベリルはまだ二歳児。俺ぁなにを話してんだ、ったく。


「……悪ぃ。忘れろ。っつてもオメェは賢いから考えちまうだろうけどよ」

「あー、いやー、まー……。なんとくは察してたんだけどさ。父ちゃんて、実はあーしに優しーじゃーん。だからー……なんてーの、上手く言えないんだけど……」

「誰もキズつけたりしないってか? んなわけあるか。俺が優しいと思うのはオメェが俺の娘だからだ。つうか、そもそも優しくしてるつもりはねぇがな」

「ひひっ。またまたー」


 なぁんて普段みてぇにイジってくるが、ちっとヘコんでるのは丸分かりだ。


「仮に、俺がベリルに優しくしてるとして、それは——」

「あーしが特別ってことでしょー。なになにー、いっくらあーしがプリチーな小悪魔ちゃんでもさー、さすがに二歳児の娘を口説くとかマジねーわー。あっ。いひっ。ママに言いつけちゃおーっと」


 なんで親父がちんまい娘に気ぃ使われてんだか。こっちがヘコんでちゃ世話ねぇな。


「バーカ。ヒスイがベリルみてぇなちんちくりんに嫉妬なんてするか」

「むー! ひどくなーい。あーし小悪魔だしモテモテだし。つーか、むしろその手の需要ありそーじゃね?」

「ああん? うちの娘に粉かけるアホがいたら、それこそ魔法の槍こいつの出番だ」

「うっわー。あーしの未来のカレシ、かわいそー」

「だろ。だからまだしばらくは物騒なことは忘れて、能天気なガキのまんまでいとけ。なっ」

「ハァ〜、まいっちゃーう。娘離れできない父ちゃんを持ったあーしに恋しちゃう男子ぃ、きっとめっちゃ苦労すんねー」


 ったく。上手く話すり替えやがって。

 言葉遣いは問題外だが、明日っから社交場に連れてっても通用しそうなくれぇ気ぃ使うの上手ぇな、こいつは。

 たっぷり人の間で揉まれた老練な大貴族だって、こんなに相手の腹んなかを慮って喋んねぇぞ。


「ああ、苦労させとけ」

「にひっ」



 思い返したら小っ恥ずかしくなるくれぇには、真面目な話をしたはずなのに、少なくとも俺はそのつもりなのに、ベリルはちっとも懲りてねぇらしい。


「なんだ、この野蛮な武器は」

「はあー? 武器じゃねーし道具だし。見たらわかんでしょーがー」

「わかんねぇから聞いてんだ」


 もう一度確かめてみても、やっぱりバカデカいイカれた鈍器にしか見えねぇ。

 鋭くて細かいギザギザな刃があって、円になってる。そいつを挟み込むようにゴッツイ柄がついてんだ。んで、変わった持ち手だが、柄をくり抜いてある部分がそうだろう。


「いやいや、どー見ても丸鋸じゃーん。まー、ちっとデカくなりすぎちゃって、チェーンソーの出来損ないみたいだけどさー」

「丸鋸? ああ、ノコギリのこと言ってんのか? 言われてもそうは見えねぇな。だいたいよ、めちゃくちゃ使いづらそうじゃねぇか、これ」

「まったくもー。父ちゃんてば、ぜんぜん学習しないなー」


 イラッとしたが黙っててやる。グッと堪えて、アゴをしゃくってつづきを催促するだけに留めた。


「ここ持つじゃーん。んでー、魔法使ったらー、」


 ——キュゥィィィィィィィイン!

 な、なるほど。こんどはそう回るのか。


「どーよ」

「『どーよ』じゃねぇ! オメェは俺に敵兵をバラバラにさせてぇのかっ」

「ち、違うちがう、違うしっ。これ、亀の甲羅切ったりにつかうんだってー」

「…………ほう」


 解体ナイフでガリガリ切り出すのも重労働だし、ノコギリなんて高価なモン使ったら財布が先に参っちまう。んで、これか。


「なるほど。こいつぁスゲェな。ノコの部分は黒いから爪の素材だよな? なら丈夫か」

「ねーねー父ちゃん。感心してくれんのは嬉しーんだけどさー。なんか先にゆーことなーい?」

「もう少し小さく作れねぇのか?」

「そーじゃねーし!」


 このあとベリルはブチブチしつこく感謝をカタチで要求してきて、結局、便利な道具作った褒美として甲羅の切れっ端を粗方持っていきやがった。

 なんでも、次は母ちゃんにやるモン作るんだとさ。

 俺の斧槍、忘れてねぇよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る