第14話 はじめての禿山⑤
いま、俺はガキ二人をつれて禿山をえっちらおっちら登ってる真っ最中。
息子のイエーロは槍を抱えてキリキリ歩いてて、娘のベリルは俺の背負い袋から顔と腕だけ覗かせてる。
ベリルのやつ楽しやがって、とは思うが、まだ二歳の幼児だ。我ながらよく連れてくる気になったとも思う。
「もっしもっし、かめよーかめさーんよー♪」
「まぁた妙ちくりんなの歌いやがって、そりゃあなんて歌だ?」
「わかんなーい。たぶん亀のカメソングじゃね。あーしもここしか知んねーし」
「そうかよ」
ベリルの突拍子もない発言なんかはもう慣れた。いちいちまともに取り合ってちゃあキリがねぇ。
おっと、少し急になってきたな。
「イエーロ、足元に気ぃつけろよ。苔も増えてきたしな」
「うん、父ちゃんありがと!」
「ね、ね、ね、あーしにはなんか注意とかないのー?」
「オメェは大人しくしとけ」
「むー」
今回は家族で仲良く山登りってわけじゃねぇ。昨日、亀の魔物を狩ったから、かねてからの約束どおりガキ共を山に連れてきてやったんだ。
「もう少しだ」
「ん? もう少しで昨日、亀を罠にかけたとこなの?」
「そうだ」
「そっか。ベリルが欲しがってた甲羅も残ってるといいねっ」
「ああ。いちおう、いまのうちに繰り返しとくが、万が一亀を見つけても騒ぐんじゃねぇぞ。手出しするなんて厳禁だ。オメェらわぁってんな」
「ほーい」
「も、もちろんだよ」
ホントかぁ? なぁんか信用ならねぇな。イエーロのやつ、さっきからキョロキョロしてるし、亀を狩ってやろうとか考えてんじゃねぇのか? 最近バカがマシになったとは思ってたけど、なんか危なっかしいんだよな。
口うるさく言いたかねぇが、しゃあねぇ、もっとキッチリ釘刺しとくか。
「一対一なら、俺でもヤベぇのは何度も言ったよな。だがもしイエーロが挑戦してみたいってんなら俺は止めねぇよ。けどな、俺はちんまいベリルを背負ってる以上、無謀こいたアホはほっぽってトンズラこくぞ。心しとけ」
「わ、わかってるって」
ったく。こんだぁビビりやがって。
「そこまで心配しなくっても大丈夫だ。亀はベリルみてぇに短足だからよ、谷側に向かって逃げてりゃあまず追っつかれるこたぁない」
「こらこら、誰が短足なのさー。このっこのっ」
おうおう、うちの幼児が後頭部をポカスカ殴って抗議してきた。適度な加減で首の筋に当たって、ちょうどいい具合だな。
「おう、もうちょい下も」
「おっけー。ここらへーん?」
「そうそうそこそこ」
「ほーい。とーちゃんお肩を叩きましょー♪ たんとんたんとんたんとんとーん♪ ——じゃねーし! あーし怒ってんのっ。短足とか言われてめっちゃキズついてんのっ」
「ああ〜っ、わぁったわぁった。つうか小悪魔ってのはそんなキーキー喚くもんなのか?」
「……まーあ、あーし小悪魔だし、小悪魔ベリルちゃんだし。今回だけ特別に許しちゃう」
「そりゃどうも」
こないだ小悪魔って呼んだら大喜びしてたから、どんな意味かわかってるか聞いてみたんだ。そしたら俺が想像もしてない答えが返ってきた。
なんでも『男を手玉にとるイイ女』ってことらしい。他にもあれこれ言ってたが、まとめるとそういう意味で、間違っても幼児に使うような褒め言葉じゃねぇ。でも本人はえらくお気に入りだ。
だからこうして、うっとおしいの黙らせるときとか便利に使わせてもらってる。
言い様一つで気分がコロコロと、こいつもチビのくせに女ってことなのかねぇ。
「んで小悪魔さんよぉ。そろそろ到着するが、降りるんかい?」
「んー、どーしよ。靴下しか履いてないけど、へーきかな?」
「歩いて痛ぇようならまたおぶってやるよ」
「なら降りるー」
うちにはベリルみたいなちんちくりん用の靴なんてねぇ。なんなら靴下すらなかった。
でも、ヒスイが今日に備えて地面歩いても足を痛めないようにって、チクチク分厚めの布で靴下を縫ってくれたんだとさ。いい母ちゃんでよかったな。
「ここだここだ。まだ甲羅も残ってんな」
背負い袋からスポッと抜いて、ベリルを地面に下ろしてやる。すると一目散にお目当ての甲羅んとこへ。つっても、ガニ股みたいなよちよち歩きなんだけど。
「うわ……。なんかグロいし。これ、あーしみたいな小っちゃい子には刺激強くなーい」
「おまえが連れていけっつったんだろうが」
「あはは! そーだったそーだった。でも臭いキツッ。めちゃくっさー。これ、ちゃちゃっと洗っちゃっていーい?」
「どうするの?」
「どうせまたヘンちくりんな魔法使うんだろ」
「まーまー父ちゃん兄ちゃん見てなってー」
ベリルは勿体つけることもなく、団子みたいな握り拳から指を一本立てて——
「〝高圧洗浄〟お水びゅびゅーうっ」
おいコラ『お水びゅびゅーうっ』なんてカワイイもんじゃねぇぞ、こりゃ! 飛沫もスゲェが、とんでもねぇ勢いで甲羅に残ってる残骸を押し流してる。
「実はさー、これって、けっこー疲れるんだよねー」
「だ、だろうな」
魔力の無駄使いもいいとこだ。
「だから手で拾えるような内臓? とかそーゆーの、どけといてほしーんだけどー」
「おいイエーロ」
「ええ! オレがやるの〜?」
「血の臭いに慣れとけ」
「うわー。父ちゃんもっともらしーこといって、兄ちゃんコキ使おうとしてるしー。ひひっ。うける」
尤もらしいことっていうよりな、尤もなこと言ってんだよ、俺は。しかも人をアゴで使おうとしてんのはオメェだ。なに楽しそうに笑ってやがる。
「ぐお! スッゲェ臭いだな、これ」
そりゃ丸一日ほったらかしの血の臭いだからなかなりキチぃだろうさ。
イエーロはひいこらひいこら喚きながら粗方を片付けた。俺もはじめは見てただけだが、まぁ手伝ったよ。だってトロくせぇんだもん。
ようやく甲羅もキレイになったところで、俺とイエーロはベリルに「くっさー」と水ぶっかけられて、あとは回収するだけ。
「で、どーやって持って帰んのー?」
いくら知恵がまわるっつっても、まだまだガキか。考えなしじゃねぇか。
「こんなの縄かけてズルズル引っぱってくしかねぇだろ」
「おおー。さっすが脳筋っ。ガンバれガンバれー」
褒めてねぇよな、それ。まぁいいけどよ。
「ほれイエーロ。手伝え」
「うん」
全体的に丸っこいが、ちっと縄を噛ませられるとこさえありゃあどってことねぇ。
んん? ベリルのやつ、なんか「よいしょよいしょ」言って荷物増やしてくれてんぞ。
「爪もいるんか?」
「なんか爪とか牙とかってー、めっちゃスゴイ武器とかになりそーじゃん。アールピージー的に考えてー」
「そんな考え方は聞いたことねぇが、まぁついでだ。とっとと放り込んじまえ」
「ほーい」
はじめの二、三個で持ち上げられなくなったのか飽きたのか、ベリルは残りの牙や爪を魔法で浮かせて、まとめて甲羅のなかへ。
さて、あとは帰るだけだな。
「ねーねー父ちゃん」
「なんだ?」
「あれ、亀じゃね?」
ベリルの指差す方を見ると、離れた谷側でモソモソ葉っぱを食ってる亀の魔物がいた。
チッ。かったりぃが、ちっと遠回りしないとダメか。
「おお! あれならオレでもいけそうだぜっ。ちょっと行ってくる!」
「——おいバカ待て!」
遠くにいるから小さく見えんだよ、アホが!
「よし。おうちに帰ろー」
「オメェ、あっさり兄貴を見捨てんなよ」
「ひひっ。じょーだんじょーだん。あーし甲羅んなか隠れてっから。あとよろー」
「ハァ〜……。そうしといてくれ」
あのバカ息子、あとで怒鳴りつけて小突き倒してやる。でもその前に——
「ぅわぁあぁあああぁああぁ〜、デケデケェ! 近くよったらデッケェ〜よぉおおおっ! ひぃいいい! とと、と、父ちゃぁああああ〜んっ‼︎」
デカブツに追っかけられてピーピー泣いてるイエーロを助けてやらねぇと!
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