第15話 はじめての禿山⑥
いったん、追われてるバカ息子と入れ替わって食い止めねぇとな。まずはそっからだ。
「おいイエーロ! そのままこっちまで逃げてこい!」
「——はぁあああ〜っ‼︎ ちょ、兄ちゃんこっち来ないでーっ! しっしっ、あっちいってー!」
「こらベリル! 危ねぇから頭引っ込めとけ!」
「亀だけにーってかー! ぜんぜん上手くねーし——って、ひゃ! うわうわ、めちゃデカいんだけどっ! んおっ、こっええええーっ!」
「ぴーぴーうるせぇ! 怪我したくなきゃ黙って縮こまってやがれ!」
こいつぁホント緊張感ねぇな。せっかく気合い入れたのに台無しじゃねぇか。
ホントは離れて亀退治してぇとこだけどよ、ベリルを目ぇ届かないとこに置いとくのも余計な手間増やされそうだし、ここでヤルしかねぇ。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぇえええ〜っ!」
「よっしゃイエーロよくガンバった! あとちょいだ、俺の左側に駆け抜けてけ!」
「ひひ、ひ左ぃいいい⁉︎ 左ってどっち!」
「そっちから見て右っ! オメェが槍持ってる方だ!」
じゃねぇと互いに槍がぶつかっちまう。そんくらいわかれよ、ったく。
威勢良く向かってったわりにゃあ情けねぇ声あげやがって。あとで叱ってやるから、この場は上手いことやって生き延びてくれよ。
「そのまま振り向くなっ」
「はい!」
いい感じにすれ違えて、俺ぁ突進してくるバカデカい亀の魔物と真っ正面だ!
山側はとってるから勢い乗せりゃあ——こんくれぇできらぁ!
「くらぁあああッ‼︎」
持ってた斧槍を斜めに抉る角度でぶん回す。
亀は嘗めてんのかオツムが足りてねぇのかバカ正直に突っ込んできたから、斧槍の鉤爪の方で横っ面を目一杯引っ叩いてやった。
ふぅ。これでなんとか勢い削いで足を止めてやったぜ。
「さぁ来やがれ!」
「ひぃいいいぃうぎゃああああ〜っ! デカデカデカ、デッカすぎー! ちょちょちょ、あっち行ってぇええ、こぇええっつーのーっ! まんま恐竜じゃぁあああん! ありえないしーい!」
キーキー喧しい。こっちは一発即死のギリギリのとこでやり合ってんだ。集中くらいさせてくれってんだ!
亀の攻撃は避けられねぇ速さじゃねぇし、噛みつきも引っ掻きも捌けなかねぇ。
だがよ、重さが半端ねぇんだ。受けるなんてしたら得物が一撃粉砕だ。俺の持ってる斧槍なんざぁ、こいつのデカさからしたら楊枝みたいな頼りなさだしよ。
つっても、やりようはある。こんなん言ったら『槍だけに? ぜんぜん上手くないしー』とかどっかの娘が呆れ顔みせそうだが、あるにはある。
回避しつつチクチク突っついて注意を引きつけながら、その機会を窺う。
やっと頭を引っ込めたベリルだが、こんどは甲羅に掠って揺らされるたんびにピーピーキャーキャー喚いてる。
怖い思いさせて悪ぃが、まだちっとばかしガマンしてもらうぞ。ションベンちびっても笑わねぇでいてやっから、もう少しじっとしててくれ。
視界の隅に、ようやく長男が復帰したのが見えた。息も整ってるみたいだし、醜態晒して逆に落ち着いてるようだ。
俺は亀の爪を躱しながら叫ぶ。
「イエーロ! もうイケるか!」
「うん! ヤレるよ!」
「ならちぃとばかし交代だ! いいか、俺が山側にすり抜けたら——っと」
ヒヤッとする噛みつきを上体を逸らして回避。石突をつっかえ棒にして体勢を整える。
「テメェこの! 亀公の分際で親子の語らい邪魔してんじゃねぇぞ、ゴラァアアアッ!」
お返しに、嫌がりそうな鼻頭に穂先を突き込む。
「俺は山側へ抜けっから、イエーロは正面で十数えるあいだ耐えろ! わかったか!」
「お、おう!」
「よっしゃ、五つ数えろ! 息合わせんだぞ!」
「うん! いくよ、五!」
ぶっとい腕が肩を掠めた。くっそ、革鎧が破けちまったじゃねぇか。
「四!」
へっぽこな頭突きか、こんにゃろう! んなもん当たるかってんだ。
「三!」
牙剥いて威嚇かよ。へんっ。休ませてくれるなんて、いいヤツじゃねぇか。
「二!」
次の攻撃を躱して、上手いこと山側へ抜けられりゃあ、俺の勝ちだ。
「いま!」
イエーロは俺に体当たりする勢いで位置を入れ替えてくる。
もちろんぶつかるまで待つわけもなく、グッと脚にチカラを込めて、タタッと山側を——とった!
「イエーロ、目の前にだけ集中しろ! ほんの少しだからよ、キバりやがれ!」
「応っ!」
気合いの入った、いい返事だ。
俺も言ったとおりにしてみなきゃあな。
やっぱりそうだ。デカい図体の横スレスレが亀の死角になってるのはなんとなくわかってたが、身体の半分を谷に向けてっから、傾斜で動作のたんびに激しくグラついてやがる。
てことは、谷側の前脚を振るったところを余計に傾けてやりゃあ、コテンだ。
あとは斧槍を腹下に突っ込んで一気にカチ上げる瞬間を狙うだけ。
得物がイカれちまうかもしれねぇが、この際しゃあねぇ。チッ、お気に入りだったのによぉ!
イエーロを丸太みてぇな腕が襲う。その先端には黒々したヤバそうな爪。
——避けろ! ——いなせ! どんなにハラハラさせられても、俺は持ち場を離れらんねぇ。
歯痒すぎて脳天から煮えたぎった血が吹き出しそうだ。こめかみに浮いた血管なんて、とうの昔にブッチブチに切れまくってる。
そうやってガマンにガマンを重ねて、長いながい十を数え終わる頃に——とうとう谷側の前脚を上げやがったぞ、この脳足りん亀が!
穂先が痛むのも気にしないで、腹下の地面へグッサリ斧槍を突き込んだ。んで——足腰にビッと気合いと魔力をぶち込んだら、屈んで——天突く勢いで思いっきり伸び上がる!
メキメキ愛用の斧槍が悲鳴あげてるが、耐えてくれ。あとちょいだからよ!
「父ちゃん、あと少し!」
頭引っ込めとけって言ったろうが、ベリルのアホが。テメェもあとで説教だ!
鼻血吹き出しながら目一杯傾けてやった。その果てに——グラグラ、ゴロリ。
「kyuuu.kuuu……」
こうしちまえば怖かねぇ。ざまぁみろってだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……やったぜ、こんちきしょう。ハァ、ハァ……鈍亀のくせに……、手間ぁかけさせやがって……。クハァァァ〜ア、スゲェしんどかったぁ」
へんっ。亀の野郎、ひっくり返って手足バタバタもがいてやがる。これでしばらくは大丈夫だろ。
「おうイエーロ、ちっと休んだら帰るぞ」
「……う、うん。あの……父ちゃん」
「ふんっ。オメェにしちゃガンバったな」
「へへへっ。そっかなぁ」
「ああ。それとベリルもよくガマンしたな」
「え、ああ、うん。ま、まーねー」
なにが「まーねー」だ。いまは俺が疲れすぎて叱る元気がないだけだっつうの。
帰ってメシ食ったらデケェ亀よりおっかない親父の登場だ。しこたま叱ってやっからな。覚悟しとけっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます