第13話 はじめての禿山④

 イエーロとの腕試し。全体的には成長を喜べる余裕もあったが、正直ヤバい一瞬もあった。

 ここで長男のガンバりを否定するほど俺ぁ狭量じゃねぇよ。とはいえ、次は軽々といなしてやりたいってぇ親父としての意地もある。


「つうことでベリル、あの妙な特訓の詳しいとこを聞かせてくれ」

「おっけー。てゆーかー、あーし的には夜中にこっそりやってみたりするヘソ曲がりな父ちゃんを期待してたんだけどー」


 なんだそりゃあ。なにが悲しくて娘が作ったもんを無断で弄んなきゃなんねぇんだよ。


「生意気言ってねぇで、キリキリ説明しやがれ」

「あ〜っ、トレーナーのあーしにそんなん言っちゃっていーのー」

「んだよ、頭下げろとでも言うつもりか?」

「べっつにー。きひっ」


 性格悪っそーなツラしやがって。まさかこいつ、俺があの程度の鍛錬でイエーロみたいにヒィヒィ鳴くとても思ってんのか?

 こんの嘗めくさりやがって。いいだろう。目にもの見せてくれるわ!



 やってきた広場の片隅で、俺はベリルに言われるがまま背負い袋を背負っ——ほっと! こ、こりゃあなかなか。けっこうな重さだな。


「イ、イエーロもこれ使ってたのか?」

「んーんー。父ちゃん用にめっちゃ重くしといたー。倉庫にあったクズ鉄とか重そーのいーっぱいぎゅうぎゅうに詰めたし」

「そうかよ。まぁこんくれぇはねぇと軽くて腰が浮いちまうわな」


 さっそく見てたとおりに屈伸しようとしたら、ベリルに止められた。なんでも尻を突き出すような姿勢しないと腰をいわすらしい。


「おっと、ほうほう。こうした方が、脚に負担がかかんな……っと」

「そーやって普通にスクワットでもいーんだけどー」

「これスクワットっていうのか。んで?」

「ゆーっくり腰を落としてって、一気にジャーンプ!」

「ジャーンプ? おお、跳ねろってことか。どんくらいまでだ?」

「一回、おもっきり飛んでみー。高さわかるよーにー、この木の横でー」


 父親のスンゲェ跳躍に恐れ慄け、てりゃ!


「おお〜う。めっちゃ飛んだねー」


 へへっ。我ながらこんな重しつきなのによく飛んだな。

 ん? なんで魔法で小石を浮かす? 幹にキズまでつけて、なんのつもりだ?


「んじゃ、あれが目印ねー」

「ッ⁉︎ まさか毎回そこまで飛べってか」

「とーぜん。とりあえず二〇かーい。届かないとやり直しだし」


 な、なるほど。こういう詰め方でイエーロを鍛えたんだな。


「いーーー……ち。はい飛んで! にーーー……、いいーーー……い。ピョーン! さーーー……」

 

 くお⁉︎ なんだこれ! めちゃくちゃしんどいぞ。

 おい、いまの届いてただろ! ダメ? くっそわぁった、やってやるよ。チッ、わざとゆっくり数えやがって。

 ぬわ! 背負い袋揺らすなっ。

 って、ベリルてめっ! さっき七は数えただろ。いま十四だぞ、なんで半分になってんだ!


 ………………

 …………

 ……


「ハァハァ、ハァハァ……た、大したこたぁねぇな。へへっ、やってやったぜ」

「うん。父ちゃんすごいすごーい。んじゃ六〇数えたらつづきすっからー」

「——はあ⁉︎」


 って声をあげちまったが、そういやイエーロもおんなじの二回も三回もさせられてたな。くっそ、やるしかねぇのか。


「あれあれ? もしかして父ちゃんヘバってんのー?」

「んなわけねぇだろ。ほれ、つづきやんぞ。キリキリ数えやがれ!」

「はいはーい。ガンバってー」

「だから余裕だっつってんだろうが!」


 なぁに「ひひっ」とか意地クソ悪そうに笑ってやがんだ、こんちくしょうめ。こんなもんで俺がヘバって堪るか!


「くお、ぉおおおおおお、ぬんおおおおお、ほりゃ!」

「ざーんねーん。ジャンプ低くなってるしー。はーい、一回やり直しー」

「チッ。くっそぉおおおおおお〜う!」


 このあとスクワットなる鍛錬を済ませて、あとの腕立てとか綱登りとかぜんぶ、ハァハァ……こなして、ハァハァ……やった……ぜ。へっ、ざまぁみろってんだ。



 くお——————ッ⁉︎


 な、なんじゃこりゃ! 寝る前は平気だったのに、いまはあちこちガチガチでベッドから降りんのもキチぃぞ。

 いったん起きてから身体が落ち着くの待つしかねぇな。

 ——って、おいベリル! テメェなんでそんなニッタニタ悪人みてーなツラして、こっちににじりよってくる? そのワキワキさせてる手はなんだ?


「止まれ」

「ええ〜? なんでなんでー?」

「いいからそれ以上近づくな」

「あーし、父ちゃんにぎゅうううって甘えたーい。あーしってば甘えん坊の可愛い赤ちゃんだしー」

「赤ん坊はそんな邪悪なツラはしねぇよ!」


 クッ、ちっと声張っただけでも全身にズキズキ響きやがる。


「ひっどーい。あーしショックぅぅ。よーし、優しい父ちゃんに慰めてもらおーっと。とりゃ!」

「おいコラ、やめ——ぐぁああああ!」


 ぴょんと飛び跳ねたベリルが俺の腹に頭から突っ込んで来やがった。このやろっ、魔法まで使ってやがんのか!


「揺するな、こらベリル……ぐっ、脚蹴んな、やめろって、腕パシパシすんな、あ、テメッ——だぁ〜あッ! や、やめろ、ワキ、ワキはいけねぇって、お、おいこら、くすぐんなっ、くはっ、痛ッ、いてぇし、ぐっははははは、ぐふ、テメ、やめ、やめろぉおお〜〜〜っ!」


 ま、まさかベリルのやつ、最初からここまでが狙いだったのか⁉︎ ちきしょ、謀ったな!


「あらあら、朝から仲良しですね」


 ヒスイもコロコロ笑ってねぇで、この小っこいやんちゃ娘をなんとかしろ!


「うふふっ。もうそろそろ朝ご飯ができますよ。アセーロさんもベリルちゃんも、気の済むまで遊んだら台所にいらっしゃい」

「ほーい。んじゃお言葉に甘えて、気が済むまで——あっ」


 隙を見つけた俺は、ベリルの脇に手ぇ突っ込んで持ち上げてやった。へんっ。これで短けぇ手足じゃなんもできまい。


「むー。せっかくいーとこだったのにー」

「うるせぇ。この小さな悪魔め」

「ええ〜っ。そこはジェーケー的に、小悪魔って呼んでほーしーしー」


 悪魔呼ばわりを嫌がらねぇのかよ。末恐ろしい娘だな、ったく。


「おい小悪魔ベリル」

「うはっ、いい! なんか小悪魔ベリルって、めっちゃ可愛い響きかもー。んで、なになーにー? 小悪魔ベリルちゃんになんかよーおー?」


 いまののどこが可愛いんだか。俺にはさっぱりだ。


「せっかくの朝メシが冷めたらヒスイに申し訳ねぇ。ってことで食い終わるまでは、いったん休戦にしねぇか」

「しゃーないなー」

「よぉし。なら、いますぐ報復すんのだけはやめといてやろう」



 で、メシ食ったあとイエーロも呼んで二人掛かりでくすぐり倒してやった。


「ひゃひゃ、えっち〜! だめだめ、ひぃいいいっひっひっひっ、んひゃひゃ、そこ、こしょば——だめだってばぁあああ〜ん、んひゃ〜〜〜ひゃひゃひゃ!」


 はっはっはっ。ベリルめ、参ったか!

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