第12話 はじめての禿山③

 おいおいウソだろ⁉︎

 あのイエーロがたったひと月で、ずいぶん見違えたじゃねぇか。腕を見てやるとか余裕こいてたが、こりゃあ締めてかからねぇとな。


 しっかり受け止めろ——よっ‼︎


 身体の中心を狙ってあえて受けさせる。そこにカチ上げる重い一撃。こうすりゃ脚の踏ん張りが利かねぇイエーロは、軽々と吹っ飛ぶ。


「——クッ!」

「おうおう、もう終いか?」


 膝をついたが、まだ目はギラギラしてやがる。へんっ。そうこなくっちゃな。


「こらー兄ちゃん! 目潰し! 金的っ! どんな手ぇ使ってもいーから、勝てーっ!」


 おいおいベリル、ちんちくりんのくせに物騒な声援を送るじゃねぇか。少しは加減ってもんを考えてくれよな。俺はオメェの父ちゃんだぞ。

 それに腕試しなんて稽古の延長なんだからよ、正々堂々やっときゃいいんだ。そういうのは戦場で覚えてくもん——だ!


 石突でアゴ先狙って掬いあげる、と見せかけて地面の小石を引っかけて顔面に弾き飛ばす。


「——クァ!」


 へへっ。眉間に命中。せっかくだからベリルの意見を採用して、イエーロに実戦を体験させてやったぜ。


「くっそ。父ちゃん卑怯だぞっ」

「そーだそーだー、父ちゃんズルいしー!」


 おまえが目潰ししろっつったんだろうが。

 あとイエーロ、いまみせた隙を俺が待たなかったら、追撃でキッツイの三発は入れてるとこだぞ。ったく、甘ったれたこと言ってくれるなよ。


 だが、よく鍛えてやがる。ちっとばかし底を試してみたくなっちまったじゃねぇか。


「手加減してやっから思いっきりぶつかって——こい!」

「——んぐ! くぬぬぬぬ、ぬぅうううう!」


 槍の柄を使った押し合い圧し合い。こんな展開なんて集団戦じゃあまずあり得ねぇが、親子の戯れ合いだからな。軽ぅく、力比べといこうぜ!


「ふんぬ、ぬぬぬぬ、くんぬぅううううう……!」

「ほれほれどうした。多少は扱かれてたみてぇだが、そんなもんか?」


 なぁんて余裕こいてみせてるが、おうっ、こいつなかなか腕力あんな。気ぃ抜くとヤベぇかも。


「もー! 兄ちゃん腰おとしてー! 地面蹴るみたいにググッてすんのーっ」


 へえぇ。娘の方は身体の使い方わかってんじゃねぇか。

 肝心の長男の方は——おっと! へへっ。なかなかやるねぇ。いいぜ、こいよ。


 ベリルが言ったとおり、イエーロはキッチリ腰を落とし踏ん張って対抗してきた。

 真っ赤な顔で息んで、ギリギリ歯は食いしばって、いいねいいねぇ、生意気にも睨みつけてきやがる。

 

 このまま潰しちまうのも親父の威厳的にありだが、なんか奥の手がねぇのかって期待しちまうのは、親の贔屓目か?


 にしてもイエーロは粘るな。なんて油断が俺にもあったのかもしれねぇ。

 ベリルが「三、二、一、はい!」って手を叩いた瞬間——グラッと押し合いの拮抗があっちに傾く。いや、俺が引き込まれたのか⁉︎

 イエーロが僅かに退けたぶんだけ、腰で御せるよりも俺の腕が伸びちまった。その弛みにつけ込んで、全身使ったイエーロが身体ごとぶつかってくるんだ。


「——ぬお!」


 おおっと、危うくバンザイしちまうとこだったぜ。もちろん腕を柔らかくして受け止めてやったが、一瞬ヒヤリとさせられたぞ。

 しっかしイエーロのやつ、一丁前に悔しそうなツラしやがって。いまのがオメェの切り札だったんか?


 意識してたかどうか知らねぇが、魔力も込めてたみたいだ。つうか、いまの俺の魔法に似てたな。

 だが、そのへん確認すんのはあとだ。とりあえずいまは距離を計り直して、次はなに仕掛けるか……。


「はいはあい。そこまでよ。アセーロさんもイエーロくんも、お疲れさま」


 んだよ。面白くなってきたのに。まぁ、ヒスイが止めんならつづけるわけにいかねぇか。


「ヒスイ、いまのは俺のとおんなじ魔法だよな」

「ええ。身体に作用する魔法でしたよ。イエーロくんお見事。ママは感激したわ」

「…………っ、ふぃ〜い。ああ〜、スゲェしんどかったぁ」


 すぐさまヘタり込んだのはいただけねぇが、まぁ、イエーロにしちゃあよくやったよ。


「もー。バーンてしてから、さらに下にスルリってしてお腹にブスリだったのにー」

「おいベリル。なんだお腹にブスリって。オメェは俺になんか恨みでもあんのか」

「いやべつにー。どーせ父ちゃん、魔法でカチカチになって刺さんないだろーしー」


 そりゃあバカ正直に突きをくらうつもりはねぇがよ、それにしたってひどくねぇか。


「オレ、まだまだだな……」

「ああ。オメェはまだまだだ」

「ベリル、ごめんな。せっかくいろいろ教えてもらったのに」

「まー、まだムリじゃね。けど、またリベンジすればいーし。ね、兄ちゃんっ」

「うん!」


 微笑ましい兄貴と妹のやり取りだが、ちょいと俺の結論とは違うから口を挟ませてもらうぞ。


「おうイエーロ、ベリル。俺ぁ、はじめかっから『勝てたら』なんて言ってねぇぞ。腕を見てやるって言ったんだ」

「うっわー、父ちゃんめんどくせー」

「こおらベリルちゃん。めんどくさいなんて言ってはいけません。アセーロさんがヘソを曲げてしまうわよ」

「そっか。父ちゃんごっめーん。んじゃ、つづきどーぞどーぞっ」


 俺、そこそこ親父らしいこと言うつもりだったけどな。なんだろ、イエーロとベリルを認めたら負けな気がしてきた。

 まぁいい。まだまだこいつらが危なっかしいのは確かだ。


「狩りには連れてってやれねぇが、その翌日に狩場を見せてやるくらいはしてやる。甲羅を検分するだけならそれで充分だろ。だけど勘違いすんな。ちったぁマシになったが、まだ足手まといな力量なのは変わらねんだからよ。イエーロ、これからも怠んじゃねぇぞ」


 おいベリル、なにテメェは「やれやれ」みたいな呆れ顔してんだ。兄貴の方は感極まってウルウルしながらいい返事してるっつうのによ。


「さぁ、お片付けしてご飯にしましょう。ベリルちゃん、お手伝いお願いしてもいいかしら」

「ほーい」

「オ、オレ、槍を片してくる!」


 ……ったく。イイ感じに陽が暮れてんな。きっと今夜呑む酒は、いつもより腹に染みるに違いねぇ。

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