第11話 はじめての禿山②

 おうおう、やってるやってる。


 パンパンに膨れたデッケェ背負い袋を担いだイエーロが、何度も屈伸させられてる。ガクガク膝が笑ってんのに、ベリルは煽るのをやめねぇ。


「できるできるできる! まだまだいけるってー。いけいけー兄ちゃーん!」

「ムリ……ムリムリムリ、も、もう上がら、な……膝ぁ……くぅううう……」

「あと一回だけ。ガンバれガンバれー」

「ふぬぬぬぬぬぬぬ、くんぬぅうううううううううううううっ‼︎」


 おっ。イエーロが根性みせた!

 でも、ベリルにやめる気はねぇようで……。


「できたできたー。よーし、もっかーい」

「いやいやいや、ム、ムリ……クッ、ホント、ムリ……」

「えっと、兄ちゃんが好きな人は——」

「わ⁉︎ わ、わ、わーわー‼︎ わかったから、やるから!」

「まだ元気あるみたいだしー、ダダ捏ねたから二回追加ねー」

「……んひんっ」


 ひっでぇな、あいつ。

 たしか、イエーロのお気に入りはブロンセんとこの歳の離れた妹だったか。んだよマセガキめ、歳上好きかよ。


 ちっと不思議だったのは、ベリルが手助けしてたことだ。

 あんなちんまいガキが袋を押し上げても大して変わんねぇと思ったんだが、なんかしらの効果があったのか、イエーロはキッチリ追加分もこなしやがった。


「はーい。お疲れー。んじゃ六〇数えたら、いまのもっかいねー」


 いやいやイエーロは限界だろ。ヘタレのわりにガンバってただろうが。


「ハァ、ハァ、ハァ……ぉ、おう」

「声が小さーい!」

「おう!」

「よろしー」


 このあとヘバるまで屈伸が、二回もつづいた。

 で、終わりかと思ったら、


「次は脚使わないやつー。そっちの縄登って。あ、重しはそのまんまねー」

「——な⁉︎」


 まだやめないらしい。広場の太い幹から吊るされた二本の縄を使って登り下りする訓練みてぇだな。なんの役に立つかはわかんねぇが、めちゃくちゃキツそうだ。


「遅いおそーい。もっとシュババッて! そーそーそー。まだイケんじゃーん」

「んひぃ、んひぃ、んひぃ……」

「後ろに引っぱんのっ。背中寄せる感じでー。それそれそれ! うほ〜おっ、兄ちゃんの背筋めちゃカッコいー」

「そ、そうか?」

「ほれほれ休むなー!」


 止まると下から小石を投げられて急かされる。

 ベリルは特訓させてんだよな? 拷問かけてるんじゃねぇよな? ちっと心配になってきたぞ。


 掴まっていられなくなったイエーロがズルズル地面にズリ落ちたところで、縄登りは終ったみてぇだ。


 ——いや終わっちゃいねぇ!

 ベリルは、ヘロヘロになって突っ伏す兄貴の上にピョンと飛び乗って「次、腕立てー」だとさ。


「いーーー……ち。にーーー……、いーーー……い。さーーー……、ああーーー……、あ〜ん」


 ゆっくり数えるのに合わせて、イエーロは歯ぁ食いしばって腕だけで身体を起す。


「しーごーろーく。しちはちきゅー。じゅーーー………うう〜〜〜………、あれれー? いま何回めだっけー。まいっか、ろーーー…………く」


 イエーロのためにやってると信じたいが、ベリルのスンゲェいい笑顔を見ちまうと、な……。あいつぁ楽しみすぎだろ。ホントいい性格してやがる。



 この調子じゃあ、ガキ共が腹空かして帰ってくるに違いない。

 俺は一足先に家に戻って、ヒスイに「いつもより多めに作っといてやれ」とメシの支度を頼んどいた。


 だが、帰ってきたイエーロはこんもり山盛りの塩焼き肉とフチまでたっぷりの麦粥を見て、口元押さえて泣きそうなツラだ。


「お残しは許さないしー」


 おうおうイエーロのやつ、初陣終えたばっかの新兵みたいな顔してらぁ。

 これもいい経験だろうから、俺は口を挟まねぇよ。



 すぐに泣きが入るかと思ってたが、うちの長男もなかなか捨てたもんじゃねぇようで、ちっとばかり感心した。

 イエーロは次の日も、ベリルといっしょに特訓に出かけてった。

 仕事は……、まぁいい。しばらくは俺があいつのぶんも片付けといてやる。


 邪魔したくねぇし、俺もそこまで暇じゃねぇから、ある程度やることを済ませてから様子を見にいった。したらよぉ……。


「ゆっくりゆっくりー、丁寧にねー。そーそーそれー。で、足を踏んばるじゃーん、んでー、腰がクイってなってー、それそれ! したら肩から腕がびよーんって」


 なんかチンタラやってねぇか?

 口を出すつもりはないが、遊びになっちまうようなら俺も黙ってられねぇぞ。


「いつつッ。あちこち身体が張ってて動かすとイテェよ……」

「昨日の筋トレが効いてる証拠だしー。てか、こーやってちっとでも動かした方が早く治るんだってー。よく知んないけどー。でもさ、ちゃーんとどこ使ってるかわかるっしょ?」

「ああ、痛いからな」


 へえぇ。面白れぇ発想だな。

 せっかく鍛えたのに寝てたら意味なくなっちまうわな。かといってムチャをさせるわけにもいかねぇ。だから、慣らしがてら身体の使い方も覚えさせるって寸法か。

 まだよちよち歩きの赤ん坊のくせに、よくもまぁ身体の動きまで考えが及ぶもんだ。


「兄ちゃん、もー身体あったまったんじゃね?」

「うん。最初よりは楽になった。っていってもまだ痛いけどさ」

「んじゃー、今日のメニューいってみよー」

「——は?」

「は、じゃねーし。こんなんアップだから、準備体操みたいなもんなのっ。あーしが手ぇ叩いたら、もっかい叩くまで全力ダッシュ。よーい、はじめーいっ」

「くぅうう。わ、わかったよ」

「ちんたらすんなーっ」


 ひんひん鳴かされながら走るイエーロを、ベリルはガンガン追い立ててく。

 全力疾走させたり、なんでかうつ伏せから立ち上がって跳躍させたり、メリハリつけて一切休ませねぇんだ。


「あっ、兄ちゃーん。ブロンセんとこの妹ちゃん、こっち見てるしー。カッコ悪いとこ見しちゃダメじゃね」

「クッ、ぬぉおおおおおお〜う‼︎」


 おいおいイエーロのやつ、いいように扱われやがって。もう一生ベリルに頭あがんねぇんじゃねぇか?


 兄貴を面白がって煽る性悪娘は、根性みせたバカ息子をどれほどに仕上げてくるのか。

 さてさて、こりゃあ親父としてもしっかり応えてやらねぇとな。

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