第一章 はじめての禿山

第10話 はじめての禿山①

 さらに月日は流れてイエーロは半人前くらいに、ベリルもスクスク成長した。つっても娘の方はまだ二歳だからよちよち歩きだ。


 子供の成長も気になるところだが、女房のヒスイが最近なんだか妙に気になる。なんというか以前にも増して色っぽいような……。


「なんですか、あなた。そんなに見つめて」

「そんなんじゃねぇよ」


 まだガキ共はベリルの勉強会から帰ってきてない。俺ら出稼ぎに行ってた連中は、傭兵仕事が終わったばかりでしばらくは悠々と骨休め。家でのんびり過ごしてるってわけだ。

 だからこうしてヒスイの様子をじっくり窺えるんだが、見つめてるなんて言われちゃあ困る。そんな軟弱な姿を見せたかぁない。


「ふふっ。髪ですよ。気づいてくれて嬉しいです」

「髪?」


 言われてみりゃあ、黒髪が前よりサラサラ艶々になってるな。


「石鹸でも変えたのか? でも、そこまで高価なもんはうちにはねぇはずだが……」


 べつに金が足りるんなら、化粧品でも服でもヒスイが欲しがるぶんだけ買ってやるのは吝かじゃあない。

 だが我が家には食べ盛りのデカいガキと、味にうるさい贅沢な幼児がいる。情けねぇ話だが食費でいっぱいいっぱいなはずだ。


「ベリルちゃんの新しい魔法ですよ」

「そいつぁスッゲェもんだな。魅力が増す魔法なんてあるのか? 伝説とか神話に出てきそうスゲェ魔法じゃねぇかよ」


 人を魅了する類の魔法は、かつてあったそうだ。御伽話のなかに散見するくらいだから、実際にどうかは知らねぇけど。あと、ヤバいアンデッドが使ったりするってぇ話も読んだことがあんな。


「もっと手軽な魔法ですよ。けれど私には上手くできませんでした。ベリルちゃん曰く、お湯のなかに小さな泡をたくさん含ませることで、髪を傷めずキレイにすることができるそうですよ」

「で、やってもらったわけだ」

「ええ。どうです?」

「めちゃくちゃツヤツヤだ。こう、動くたびにサラサラ舞ってよ、とんでもなく艶かしいな」

「うふふっ。そこまで熱心に口説かれると、私……」


 ——ギィ、バタン!


「「ただいまー」」


 ったく。いい雰囲気だってぇのに。ガキ共が帰ってきやがった。

 昔みたいにベリルが夫婦の睦言を覗いたりはしなくなったけど、それでもいい頃合いになると邪魔しやがる。あいつらは弟か妹が欲しくないのかねぇ。


「きししっ、あーしらお邪魔しちゃったみたーい」

「ん? なんの邪魔だ? そんなことより母ちゃん母ちゃん、オレ腹減ったよー」

「はいはい。すぐにご飯の支度しますから、イエーロくんもベリルちゃんも、お風呂場でお手てを洗ってらっしゃい」


「「はーい」」


 ベリルがやたらと勧めてくるもんだから、いつの頃からか『帰宅したら手洗い』は我が家の習慣になっていた。

 はじめのころは石鹸をじゃんじゃん使われてひっくり返りそうになっちまったが、いまじゃあ湯で洗うから石鹸は控えてくれてる。

 あの頃は流れてくあぶくが貨幣に見えて胃に悪かった……。



「泡が入った水ってぇので洗ったのか?」


 戻ってきたベリルに聞くと、


「そー。ママに聞いたの? 汲み置きしといたから父ちゃんも使ってー。てか、亀狩りのあとは絶対使ってほしーかも。あれ、めちゃくっせーし」


 言いたい放題言ってくれるな、こいつは。

 しっかしベリルはバクバク食うくせに、未だにあの臭いは苦手らしい。


「つーかー、亀ってことはスッポンでしょ。なら焼くんじゃなくってー、スープじゃね?」

「なんだスッポンって」

「違うのー? だって亀だし、ならスッポンじゃーん」


 もう二年以上も経てば、俺もヒスイもベリルのトンチキな発言にはいちいち反応しなくなった。むしろ役に立つことが多いから、意図をしっかり聞くようにすらなってる。


「このお肉、煮たら固くなってしまうのよね」

「オレ、焼き肉がいい!」


 ヒスイの言うとおり、煮たら固くなる。不味くはないがパサついて微妙なんだよなぁ。あとイエーロの発言は聞き流しておく。


「ん〜。火加減の問題なんだろーけど……。野菜も少ないし、なんかないかなー。スッポンスープに炊いた麦飯入れて、雑炊とかめちゃ美味そーなんだけどなー」


 なんか聞いてるだけでも美味そうだ。でも、


「麦飯は、ちょっとな」


 大麦の減り方が半端ねぇ。たしかにふっくらしてて美味いんだけどよ、手間もかかるし毎回だと家計がキツい。


「てゆーか、亀の甲羅とかどーしての? ベッコーだっけ、高く売れそーじゃーん」

「亀の甲羅なんぞ売れんのか? しかも亀って言っても魔物だぞ。ベリルが想像してんのとは違うんじゃねぇか」

「ならさならさ、あーしも山まで連れてって!」


 食卓にバンっと手をついて、二歳児が詰め寄ってくる。しかも長男まで便乗してキラッキラした期待した目ぇ向けてきやがって……。

 ベリルだけなら、魔法でなんとかできそうだし大して危なくはないだろう。そんだけのチカラを示してる。だがよ、イエーロの方はまだ無理だろ。

 それを言っちまうのは、長男としての立場もあるから微妙だ。

 ハァ〜、めんどくせぇことになった。却下しちまえば早ぇんだが、俺としてもベリルがなにすんのか気になるとこなんだよなぁ……。


 で、俺は散々悩んだ挙句、条件つきで許可することにした。


「イエーロ。おまえの腕をみてやる。ちゃんとベリルを守れるだけのチカラを示したんなら、考えてやってもいい」

「ホント!」

「よっしゃ兄ちゃん、明日から特訓ねっ。びしばし扱くし」

「おう! バシバシ頼むぜ!」


 おいおい。なんで妹を守るっつってる兄貴が、妹に扱かれんだよ。

 だけど、ベリルが鍛えるってんなら期待大だ。そろそろイエーロにもいいとこも見せてもらいたいしな。

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