第9話 天才乳児はよく喋る④

 出来すぎる妹に、兄のイエーロがしょうもない嫉妬をしねぇか心配だったけど……。


「ベリルベリル、これめちゃくちゃ美味いなっ」

「でっしょー。褒めてほめてっ。あとそれハンバーグだから」

「おう! ハンバーグうんめぇぇええええ!」


 食いもん一つであっさり手懐けられちまってたらしい。

 兄妹の仲を喜べばいいのか、長男のアホさ加減を嘆いたらいいのか。


 ベリルはヒスイをお目付けにして好き勝手にさせてる。既に、長男はもちろん他の連中の前でも気にせず話してるくらいだ。

 魔法の教育にかんしては、あと何年かしたら一般的な魔法も教えてやるつもりらしい。それまでは自由な発想を邪魔したくないから、やりたいようにやらせるつもりなんだと。

 ヒスイがそう言うなら、俺としても反論はねぇ。なんたってベリルはまだハイハイできてりゃ上出来な歳なんだからよ。


 んで、問題は跡取り息子の方だ。

 多少はマシな身体つきになっちゃあいるが、オツムの方はこれっぽっちも成長してねぇ。


「兄ちゃーん、もっと小っちゃく切って」

「お、これくらいか?」

「もっとー。あーしのお口もっと小っこいし」

「そっかそっか。こんなもんだな」

「ん、おっけ。あーん」

「ええ〜っ。食うのくらい自分でやれよ」

「はあ? 誰が美味しいハンバーグ作ったと思ってんのさー。言ってみー」

「……ベリル」

「んでー、あーし、いつまであーんてしてたらいーの?」

「は、はい」


 なに一歳児に言い負かされてんだ、うちの長男は。


「んん〜っ。デリシャース」

「おいベリル。オツムの出来はべつとして、まだ一歳児なんだからあんまり肉ばっか食うな」

「ええ〜。だって麦のお粥、ワラ食ってるみたいであんま美味しくないんだもーん」


 贅沢言うな! って叱りたいところだが、たしかに水っぽくて、脱穀も雑だから藁の味ってのはあながち間違いじゃねぇ気がする。


「そっかー? オレはめちゃくちゃ美味ぇと思うんだけどな。母ちゃん、おかわりー!」


 イエーロのこういうとこだけは、変わらないでいてほしいもんだ。


「うっへぇぇ。あーし、あんまし料理とかできねーしなー……。美味しくするレシピとか知ってればよかったんだけど……んん〜、炊く? ご飯みたいに?」


 ベリルにしても、別のもんを用意しろって言ってるわけじゃない。あるもんで工夫してんだからわざわざ文句つける必要はねぇか。


「メシの話もいいけどよ、イエーロ」

「な、なに父ちゃん」

「おまえ、また倉庫の売りもん数え間違えてたぞ」

「ええ! ちゃんと数えて加算したって」

「それが間違ってたっつってんだ」


 領地のガキに数の数え方を教えはじめてから一年経ったが、どいつもこいつも覚えが悪ぃ。イエーロなんか一桁でも間違いやがる始末だ。


「あーし、勉強みてあげよっか」


 おいベリル、さすがにそりゃあやめてやれ。いくらアホのイエーロにも兄貴の沽券ってもんがあんだろうが。それくらいわかれよな、ったく。


「教えてくれんのか! 助かるぜー」


 …………。まぁ、本人たちが気にしてないんなら、俺からは言うことねぇ。ヒスイもニコニコ見てるだけだしよ。



 数日して、イエーロの加算の間違えが減った。びっくりするくらい少なくなったんだ。


 ベリルのお陰ってのは間違いないだろう。こうなってくると、いったいどんな教え方してんのか興味も湧くってもんだ。

 だから仕事が早く終わった日に、ちょいと勉強会とやらの様子を覗いてみた。


 一歳児に数え方を教わる成人手前のガキたち。

 妙ちくりんな絵面だが、そんなもんいまにはじまったことじゃねぇ。我が家じゃ見慣れた光景だ。


「じゃーあー、この問題を、イエーロくん」


 ここじゃあ兄ちゃんとすら呼んでもらえないんだな。哀れ、イエーロ。


「えっと、ハンバーグが二つのった皿を三回おかわりしたんだから……ハンバーグは六個だ!」

「はい、せいかーい」

「ふぅ……あっぶねぇ。また秘密をバラされるとこだったぜ」


 ——な⁉︎ 加算じゃないのか。なんで乗算を教えてる! しかも出来てるじゃねぇか!


 見ると、地面に撒いた砂に数字を書いて勉強してるのか。

 数字、記号、数字、記号と並んでて、右っ側にイエーロが答えを書いた。


 それだけじゃねぇ。なんでか二段に並んだ書き方もしてんな。ありゃあなんだ……?

 ほうほう、ああやって使うのか。大したもんだ。


「あ、父ちゃんが覗いてるー。えっちー」

「なんでガキが数え方の練習してるのを見て、覗き呼ばわりされなきゃなんねぇんだ。つうかよ、それ、面白れぇな」


「「「旦那、こんちわー」」」


「おう。こんちわ」


 いつの間にやらベリルが広めていた変な挨拶だ。便利っちゃあ便利だからいいんだけどよ。

 以前はガキがバッタリ俺と出会したときなんか、どうしていいかわかんねぇみたいに困り顔で会釈されるだけだったからな。そっから考えりゃあ気安くてよっぽどいい。


「んで、こっちは桁が増えたときに勝手がよさそうだな」

「そーそー。やっぱ父ちゃん頭いーかも」

「あのよ、一歳児に頭の出来を褒められたかぁねぇんだが」

「まーまー。そーゆーのいーから。てかさ、父ちゃんこれ解いてみー」


 サラサラ地面には十五、下の段の横っちょにバッテンがきて並びに三ときたか。えっと、十五、三〇ぅ……。


「四五」

「おおー、せいかーい! わーわーみんな拍手ぅぅ」

「ああ〜やめろやめろ、こんなもん大人なら誰でもできるわ!」

「でも、こないだコーブレは間違ってたよな」


「「「間違ってたー」」」


 おまえらさぁ……。そういうのやめとけ。これから世話になる相手の立場を悪くするようなこと言うなよな。ったく。

 この場じゃあ叱れないから——ゴツン。イエーロに軽く拳骨で済ませて、あとで教えてやろう。


「——いってぇぇ」

「大人をおちょくんな、アホか。おまえらも気ぃつけろ」


「「「ごめんなさーい」」」


「わかりゃあいい。んで」

「ん?」


 きっといまの俺はニタニタと悪ぃ顔をしてんだろうな。ベリルだって似たようなもんだ。


「秘密ってなんだ」

「ええー、聞いちゃーう?」

「おいベリルやめろ、ダメだって!」


 イエーロたちはやたら慌ててやがる。そんな面白ぇ話なのか? だったらぜひとも聞いてみたい。


「じゃーあ、この問題を解けたら黙っててあげるしー」


 と、地面には三桁の乗算。こんなもん俺でもわかんねぇよ。

 唸るイエーロたちをニヤニヤ眺めていたベリルは、無慈悲にも「はーい、時間切れー」と宣言。


「四五六かけるぅ、二二〇だからぁ……こうして、こうやって……えっとぉ、十万と三二〇。んじゃ不正解だったみんなの秘密をバラしまーす。ひししっ」


 なんとなく桁違いのやり方はわかった。が、それはあとで詳しく聞くとして、コイツらの秘密とやらを聞く方が先だな。

 っとに、誰に似たのかベリルは意地悪そうな顔してやがる。


「兄ちゃんたちー、ちょいちょい女風呂を覗きしてまーす。めちゃエッチでーす」

「おいコラ、マセガキ共!」


「「「——ひっ!」」」


 ちっと怒鳴りつけたら、ガキ共は一斉に背筋伸ばして罪人みてぇな座り方になった。これもベリルが教えたのか? そんなんしたらスネ痛いだろ。まぁいまは説教してんだから、いいか。


「オメェらな、年頃だから女に興味あるのはわかる。それは理解してやれる。だけどよ、覗きがいけねぇことだってのくらいはわかるよな」


「「「は、はい……」」」


「しかも同じ風呂にはオメェらの母ちゃんも入ってんだろうが」


「「「目ぇ潰れそうだった」」」


 そういうのは思ってても言うな。母ちゃんたち泣くぞ。


「ったく。なら罰だ。やったことは黙っててやる。その代わりキッチリ十日、共用風呂の掃除も支度もおまえらだけでやれ。他のヤツになんでか聞かれたら、数え方教えてもらってる礼だとか言って誤魔化せ。いいな」


 しゅんと項垂れるガキ共を放って、俺はベリルを連れてその場をあとにした。


「ぷふっ。なぁなぁベリル、他にもあいつらの秘密知ってんだろ。俺にも聞かせろよ」

「きししっ。父ちゃんめっちゃワルだしー」

「おまえもな」


 このあとベリルと仲良く二人、悪ガキ共のやんちゃぶりやガキらしい失敗談をゲラゲラ笑わせてもらった。

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