第8話 天才乳児はよく喋る③

「すごいすごいすっごーい! ベリルちゃんまじ天才すぎー」


 娘のバカな喋り方が女房にまで移っちまった。亭主としては、ひどくなる前に咎めとかねぇと。


「おいヒスイ。その喋り方なんとかしろ」

「あ……おほん。あなた、申し訳ありません」

「うーわー。めっちゃてーしゅかんぱくってやつじゃーん」


 ベリルのやつ。赤ん坊らしからぬニタニタいやらしいツラで、まぁた意味不明なこと言いやがって。


 未だに俺ら三人は風呂んなか。

 ベリルは、酸っぱい汁を飛ばす魔法につづいて、なんと湯を作り出す魔法までやってのけた。それを見たヒスイは天突く勢いで大興奮だ。


「ベリルちゃんベリルちゃん、もう一回『ぽちい』の魔法をママに見せてちょうだい」

「おっけー」


 と軽い返事のあと、ベリルは「ぽちー」つって風呂オケの蓋あたりをツンと突っつく。すると、みるみる水嵩が増していくではないか!

 ぽっこり腹を沈めていき、胸から肩、アゴ先まで水面がグングン迫り上がる。


「——おっぷ。あっぶねっ。これいじょーやったら、あーしおぼれちゃうしー」

「おう。ちっと傾けるから掴まっとけ」


 俺は片手でベリルを支えながら、オケの湯を湯船のなかに流してやった。


「こんなもんでいいか?」

「うんうん。これくらーい。はぁ〜やっぱ、びよーには、はんしんよくっしょ〜」

「美容って、おまえなぁ……」

「ふふっ。ベリルちゃんったら、まだ赤ん坊なのに貴族のご令嬢みたいなことをいうのね」


 ホントにな。

 でもヒスイ、いちおうベリルは貴族のご令嬢だ。そこんとこ忘れないでくれよ。


「つーか、ままだってー、はだきれーだしー、めちゃびじんだしー。あーしとしても、このわかさをいじしたいっつーかー、ままみたいにせーちょーしたいんだよねー。とにかくー、このまんまのぷにぷには、やー」

「あら嬉しい。でも赤ん坊のベリルちゃんも可愛らしいのに、イヤなの?」


 ヒスイは完全にベリルがなに言ってるか聞き取れてるようだ。


「めちゃおなかでっぱってるしー。うでもぷにぷにすぎでー、あしみじかいじゃーん」

「なら、いっぱい動いて、たぁんとメシ食わねぇとな」

「やっぱ、うんどーはひっすかー。でも、うまくうごけないんだよねー」


 と、ベリルは手足をわたわたさせてみせる。充分やんちゃに見えるが、ダメなんだろうか?


「こう、きれがないっつーかー」

「うふふっ。アセーロさん、あなたの魔法を教えてあげてはどうでしょう」

「ちゃんとしたの教えてやった方がいいと思うけどな。まぁこいつならできそうだがよ。でも危なくねぇか?」

「ベリルちゃん、ママが見ていないところでは使わないって約束できる?」

「できるー。あーしけっこーぎりがたいほーだしー」


 おうおう義理堅いってセリフがやたら軽く聞こえんな。けど、こいつなら言いつけ守るくらいはできそうだ。


「わかったわかった。なら教えてやろう」

「よろしくぷりーず」


 クルッとオケを回して向かい合わせにしたら、父ちゃんの魔法講座だ。耳かっぽじってよく聞いとけよ。


「つっても、俺ぁ大して上手く説明できねぇんだけどよ、こいつぁな、身体を強くする魔法なんだ」

「んでんでー」

「こう……グッと力瘤作るみてぇにリキ入れて、自分が怪力だって信じ込むわけよ」

「ええ〜。まっちょとか、じぇーけーてきにびみょーなんだけどー」


 ベリルは俺の腕をゲジゲジ蹴って抗議してくる。


「ん? マッチョ? ああ、べつに身体自体がデカくなるわけじゃあねぇぞ。やりようによっちゃあ硬くしたりもできるが、そうじゃねぇんだ」


 やっぱり感覚で覚えたもんを教えんのは難しいな。実際やってみせた方が早ぇか。


「たとえばよ、普通に指だけで湯を叩くとこんなもんだろ」


 人差し指でパシャッと水面を叩いてみせる。


「——ぷっは、ちょ、とーちゃん! おゆ、とんできたしー」

「おっと悪ぃわりぃ。んでだ、もっと早くてスゲェチカラがあると信じ込むわけだ。するってぇとこうなる」


 もう一度。こんどはさっきよりベリルから離れた位置の水面を、想像と魔力を組み合わせて打つ。と、頭上よりも高く飛沫が舞う。


「おおー!」

「ざっとこんなもんよ。風呂んなかじゃあ危ねぇからこんなもんしか見せらんねぇけどよ。どうだ、なんとなくわかったか?」

「なーる。えっとー、うごくいめーじして、あとはまほーで、ぽーん」


 どういう理解かはわかんねぇが、一丁前に魔力が働いてやがる。オケから放り出してた短けぇ足が持ち上がって——おお、スゲェ!

 なんだか妙ちくりんな動きだが、足を交互に、円滑になんかを踏んでやがる。


「ほっ、ほっ、ほっ……。これ、じてんしゃこぎー、みたいなー」

「すごいすごいベリルちゃんすごいわ! すごく器用に脚を動かせてるわよ」

「えっへへ、すごいっしょー、これ、はしったらめっちゃはやいかもー……。ん……あ、あれれぇぇ、なんか、めちゃ、ねむ……ふい〜ん」


 ちんまい身体であんだけ大暴れしたら、疲れちまうのも当然だな。


「ふふっ。ベリルちゃん、寝てしまいましたね」

「ああ。それよりよかったのか?」

「なにがですか」

「普通は系統別に順序立てて教えるもんなんだろ。俺ぁなんとなく覚えた我流の魔法しか使えねぇからいいんだけどよ。ベリルに才能があるってんならキッチリ仕込むべきなんじゃねぇかと思ってな」

「いいえ。この子の才は自由に伸ばしてあげた方がよいでしょう。今日も楽しそうにあれこれ試していたではないですか」


 ヒスイがそれでいいってんなら、俺としちゃあなにも言うことはない。


 この翌日から、俺とイエーロが仕事に行ってるあいだに、ヒスイはベリルに魔法を仕込みはじめた。



 そしてベリルが生まれてから一年が経った、ある日……。


 一歳になった娘は台所に立って——いや、正しくはフワフワ宙に浮いていた。


「ハンバーグ〜、ハンバーグ〜、かったいお肉はいりませーん♪」


 よくわからない鼻歌を歌いながら、まな板に乗った肉に指先を向ける。すると宙に舞った肉は高速回転して——シュババババババ! 一瞬にして細切れになった。


「ママー、深い皿ってどこだっけー?」

「棚の上にあるわよ」

「りょー」


 ひとりでに棚の戸が開き、ベリルが求めたボールが出てきて、細切れ肉を受け止める。

 そして「こねこね〜、こねこね〜、めっちゃ美味しいハンバーグ〜♪」と調子ハズレな歌に合わせて攪拌されていく。

 指一本触れずに、塩や香草なども勝手に肉の渦のなかへ飛び込んでいき、釜には火が焚かれてフライパンが熱せられた。

 フライパンの上で溶ける脂身が煙のように消え、代わりに捏ねられた肉が乗り——


「フタして、はーい、でっきあがりー♪」


 あっという間に、ハンバーグなるご自慢の料理が出来上がっちまったんだ。


「困りました。この子、私よりも美味しいお料理を作るんですよ。ママとしての私の立場が……ゔぅうう……」


 メシを作んのもスゲェけどさ、料理の腕を嘆くより先に、ヒスイは魔法の師匠としての立場を気にした方がいいんじゃねぇか。

 

 ちなみにいまのは一個の魔法として完成されているらしく、魔法名は『三分調理』とのこと。

 ハァ〜……。とんでもない才能の無駄使いを見せられた気分だぜ。

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