第7話 天才乳児はよく喋る②

 イエーロが出掛けてるあいだに、俺らは家族三人で風呂に入ってる。湯に浸かりながらベリルに魔法の話を聞かせるってことになったからだ。


 俺とヒスイは湯船に浸かってて、


「ふああ〜、これめっちゃいーかもー」


 と、蕩けた顔する赤ん坊のベリルは、水面にプカプカ浮かぶオケから短い足を放り出して人肌より温い湯を満喫していた。


「楽しそうでなによりだ」

「なーんか、ふしぎー。ふねのなかのおふろみたーい」

「ベリルは面白ぇこと言うな」

「ん? ——んわ、わ、わわ!」


 小首を傾げようとしたのか、ベリルが乗ってるオケがコケそうになる。


「おいおい大丈夫か」

「ふうー。とーちゃん、なーいす」

「あら、変わったお礼ね。アセーロさん、なあいす。ふふっ」


 絶対に礼じゃあないと思うぞ。


「で、なにがおもしれーの?」

「俺ぁ乗ったことはないがよ、船ってすげぇ狭いって話じゃねぇか。そんな場所も取れねぇだろうし、なにより水の無駄使いだ。だから思いつきもしなかったってな」

「そうですね。私が乗ったことがある船にもお風呂まではついたものはありませんでしたよ。でも、長い船旅でお湯に浸かれるなんてすごく贅沢なことです。いつかそんな船に乗ってみたいですね、アセーロさん」


 おいおい無茶言うな。まぁ話半分で聞いておけばいいか。


「ふーん。まほーでなんとかなりそーなのにー」

「いまのベリルちゃん専用のお風呂なら、なんとかなるかもしれないわね」

「いやいや、こんなちんまい赤ん坊を船に乗せるバカはいねぇだろ」

「言われてみると、たしかにそうですね」


 ヒスイがコロコロ笑ってると、ベリルが「それおしえて」と言ってきた。


「それってぇと、オケを湯で満たす魔法か?」

「そーそれ」

「ヒスイ、頼む」


 俺も魔法を使えないわけじゃあねぇが、理論立てて伝えるのはムリだ。キッチリ系統に則って魔法を修めたヒスイが教えてやるべきだろう。

 なにより南方妖精種ダークエルフの血ぃ引いてるだけあって、ヒスイの魔法の知識と魔力量はスゲェんだからよ。


「ええと、いくつもやり方はあるんだけどね、一番簡単なのはお風呂を沸かすときとおんなじようにするの」

「ん? みずためてから、あっためるの?」

「あなたあなた、大変です。やっぱりベリルちゃんは天才ですよ。本物です、間違いありません!」


 なんでヒスイがここまで興奮してんのか、俺にゃさっぱりだ。


「おほん。ベリルちゃんの言うとおりだと、お水を作る魔法と熱を与える魔法の二つで済むわよね」

「いや、はじめっからおゆでよくない?」

「だ、大、天……才……。うそうそうそ、ムリ、いやでもそれが当たり前と思うことが魔法の基本であり極致でもある。だからベリルちゃんが当たり前にそれを受け止めてさえいれば、理論上は不可能では……ない……」

「そんなん、きゅーとーぼたん、ぽちーってするだけじゃーん」

「なになに、ベリルちゃんにはその有り様が見えているの、現実として心に描けているの⁉︎」

「おいヒスイ、いったん落ち着けって」


 普段はいいとこのお嬢ちゃんみたいに品良くしてるヒスイだが、魔法が絡むとたまにこうなる。とくに今回は自分の娘のことだから余計かもしんねぇな。

 ベリルだって不思議がってるし、しゃあねぇ、ここは俺が。


「あんまり得意じゃねぇんだけどよ、まず魔法で水を作るとこを見せてやるよ。けど、俺のはあくまで我流だかんな」

「おおー。みせてみせてー」

「ちっと待っとけ」


 俺は手のひらに意識を向けて握り込む。手のなかの、魔力で描いた水袋を握りつぶす感覚で——グッ。

 すると、ポタリポタリ水が滴る。


「どうだベリル。ざっとこんなもんよ」

「え、なんかきたなーい」


 そういうこと言うなよ。握り拳から滴ってんのより大っきな水滴が目ん玉から溢れちまうだろうが。


「こおらベリルちゃん。アセーロさんはちゃんと手を洗ってからお水を作ったでしょう。そんなこと言ったらいけません」

「そっか。ごめーん。でも、なんかまずそー」


 これで何度かヤバいときに救われてるんだがな。まぁそれをベリルに言ってもわかんねぇだろうし、いちいち目くじら立てるほどのことじゃねぇ。


「そんなことよりヒスイ、ベリルにどういう原理なのかを説明してやったらどうだ」

「あっ、そうですね。ベリルちゃん、いまなにが起こったのかわかるかしら」

「とーちゃんが、めっちゃぐーにぎってー、まずそーなみずがたれた、で、あってる?」

「ええ、そうね。とりあえず出来たお水が美味しいかどうかはこの際置いておきましょうか。では、どうしてグーを握ったら水が作れたかはわかるかな?」


 それがわかれば簡単だ。もちろん向き不向き、魔力の量があるからなんとも言えねぇが、水の数滴程度なら誰でも魔法で作れる。


「まほーでしょ。まほーみせるっていってたし。なら、なんかをしぼるいめーじ、みたいな? くだもの、ぎゅぎゅうーってきな?」


 ——魔力の動きを感じとれただと⁉︎


「それを当たり前だと思えるかしら。ベリルちゃんの小さな手のひらにある果物をギュッてするの。やってみて」


 いや、わかっただけでもスゲェんだ。さすがにムリだろ。俺だって感覚を掴むまで何個も水袋を潰してやっとだったんだ。聞いてすぐにできるわけねぇよ。

 いくらなんでも、ヒスイ、その期待は親バカってやつだ。


 まだニギニギすら怪しいベリルの小さな手が開く。つづいて、なにかを手に取ったような仕草をみせ——って、おいおい嘘だろ⁉︎

 いやいやスゲェな。ベリルのちんちくりんな手のなかに輝く魔力で具現化された果実の気配がある。鮮やかな黄色だ。色までわかる。


「ふぬぬぬっ……ふぅ。かったーい。これ、あかちゃんのあーしじゃ、むりじゃね」

「そのまま持ってろ。俺が手伝ってやるから」

「ほーい」


 ベリルの空想と魔力によって顕現した果実を握る小さな手に、俺の手を重ねて包み込む。


「ちょ、とーちゃん。あんましちからいれないでっ。あーし、かよわいあかちゃん、おーけー?」

「グダグダ言ってねぇで、集中しとけ」

「もーちょいさー。あーもー、わかったし」


 あんまりにも柔らかい手だから勢い余って潰してしちまわないように、想像のなかだけで具現化された魔力だけを握り潰す。

 めちゃくちゃしんどいが、実際には、ちょいとベリルの指を押してやるだけ。


 そうやって、じわじわ魔力的な圧を加えつづけた末に、グシャ!


「——ッ⁉︎ んおぉおおおお〜う‼︎ な、なんだこりゃ、目、目ぇ、目が……くおぉおおおおっ」

「ぷははっ! とーちゃんめぇつぶとかないとー。ぷっ。めんなか、すっぱいれもんじるとんだん? ぷははっ、うけるっまじうける〜っ。きゃっはははははっ!」

「あ、あなた、すぐに洗いますから手をのけてください」

「く、くぁああ〜。いや、平気だ。驚かせたな。言うほど大したこたぁねぇよ。びっくりして騒ぎすぎただけだ」


 しっかしこいつぁとんでもねぇな……。親父の威厳とか、そんなもんは後回しだ。

 さっきの話だと水じゃなくて果実の汁を作ったってことだろ。ベリルのやつ、変なガキだとは思ってたがスンゲェ魔法の才をもってるかもしれんぞ。

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