第一章 天才乳児はよく喋る
第6話 天才乳児はよく喋る①
ヒスイの膝の上でふんぞり返った
「あーしも、さっきのじゅーすほしーんだけど」
問題児が風呂に出掛けたと思ったら、これだ。こんどはちんまい問題児のワガママかよ。まだ俺ぁ晩酌の途中だっつうのに。
「ああ? ジュースって果実水のことか? やめとけやめとけ、腹ぁ壊すぞ」
「そーなん?」
「いや知らんけど」
「ねーねー、ママ、ママ。とーちゃんてきとーいってるー」
赤ん坊が喋るのって、思ってたよりうざってぇな。
イエーロが生まれたてのときは、どうして欲しいのかわからんのにギャンギャン泣かれてもどかしかったりしたが、こうもペラッペラ好き勝手言われるのも、なぁ……。
「うふふ。アセーロさんが言ったとおり、お腹を壊してしまうのは本当よ。ベリルちゃんはママのお乳ばかりで飽きちゃったのかしら?」
「んんー、どーだろ。ままのおっぱい、うすあじだけど、みるきー? あーし、おんなのこもありなほーだから、いがいとおきにいりかもー」
「そう。ベリルちゃん、ありがとう」
「べつにいいってー、えへへ」
なんだこの会話は。
とりあえず、こんな妙なやり取りより先に聞いておくべきことがある。
「おいベリル。おまえ乗算がわかるのか?」
「じょーさん?」
「一〇〇と一〇で千ってわかってたんだろ」
「ああ、かけざんね。よゆーよゆー。あーしじぇーけーだし」
「おまえがなに言ってるのか俺にはさっぱりだが、赤ん坊のくせに乗算できるなんて大したもんだ」
「そうですよ、ベリルちゃんは大した子なんですから」
ヒスイの子でもあるが、なんでそこまでおまえが胸を張る。俺の賢さを受け継いだ可能性だって……ねぇか。
「じゃあ問題な。スプーンが五本入った箱が九箱ある。スプーンは何本だ?」
「よんじゅーきゅーほーん。ひひっ、めっちゃなんいどひっくいし」
「いや、四五本だぞ」
「え……ごっく、しじゅーきゅ、う? ん? ご? えっと……くご——しじゅーご。あ、よんじゅーごほーん! てへへ、まちがえちった」
「ふむ。なるほどな。妙ちくりんな歌みてぇなもんで覚えてんのか、納得した」
「ん、あれあれ。もしかしてとーちゃんって、あたまいーの?」
おいおい、まさか赤ん坊に頭の出来を聞かれるたぁ思ってもみなかった。びっくりして酔いが醒めちまったじゃねぇか。
「赤ん坊にオツムを心配されるほどバカじゃねぇよ」
「そっかそっか。いま、あーしあかちゃんだったー。まじごっめーん」
「まあまあ、ちゃあんとごめんなさいが言えるだなんて、やっぱりベリルちゃんは天才かもしれないわ」
ちゃんとは言えてねぇだろ。いまの、一瞬おちょくられてんのかと思ったぞ。
「たしか、ベリルは魔法に興味があるんだよな?」
「あるある、めっちゃありまくりー」
「ヒスイ、どう思う?」
「あなたがお仕事に行っているあいだに、ベリルちゃんとはたくさんお話ししました。その限りでは問題はないかと思いますよ」
「んん〜、なんのはなししてんのー?」
「ないとは思うがな、万が一にもオメェが危ねぇ魔法を覚えてイタズラしねぇかって心配してるんだ」
「あ、なーる、たしかにー。あかちゃんが、ひぃとかとばしたらあぶないもんねー」
ここまで理解できる赤ん坊か……。なのにちっとも知性を感じさせないのは、どうしてなんだ?
これは考えてもしかたないか。賢しく喋るヤツが必ずしも賢いとは限らねぇし……あ、答えでた。こいつの話し方がアホっぽいんだ。
残り少なくなった酒をグイッと飲み干す。みみっちい喉越しを名残惜しんだら、結論を出す。
「ベリルには危なくねぇのから教えてやればいい。悪ぃが俺ぁ魔法はからっきしだからよ」
「あー、やっぱし」
「どういう意味だ?」
「なんかー、とーちゃん、のーきんぽーいって」
「のおきん? なんだそりゃ」
「のーみそ、きんにくー」
「ほっ、そりゃあスゲェ。ぜひともそうありたいもんだ」
ベリルはバカにして言ってんだろうけど、案外面白ぇ発想だな。キッツイのもらっても膝がフラつかないで済みそうじゃねぇか。
「こらこらベリルちゃん。アセーロさんはとってもすごいのよ。そんなふうに言ってはいけません」
「べつに構わねぇよ。赤ん坊の言うことだしな」
「むっかー。あーし、これでもなかみはこーこーせーだかんねっ。つーかじぇーけー、わかる? めっちゃにんきもの、おーけー?」
「わかんねぇよ。そのなんたらってのはスゲェのかい」
「めっちゃすごいし」
「ならよ……」
ヒスイからベリルを受け取って、テーブルの空いたところに仰向けに寝かせてやった。
「寝返りくらい打ってみろや」
「——んな! ひっどーい、あーしあかちゃん! まだそんなんできないしー。これ、よーじぎゃくたーい、めちゃもんだーい」
「あっはっはっ! なんだなんだ、達者なのは口だけでベリルは寝返りもできねぇのか。アホな兄ちゃんのイエーロだってできんぞ」
「むむむっ。くぬぬぅううう、できるし!」
ははっ。わたわた手足をパタつかせやがって、可愛いとこあるじゃねぇか。
「ムリすんな」
「むんっ、ふんっ、むりじゃねーし。ふりゃ、できるもんっ」
「おうおう、わかったから。まぁ聞け。ベリルのオツムの出来がいいのはわかった」
「……え、うそ」
なにを驚いてんだ? ああ、比べる相手が俺らだけだもんな。他の赤ん坊を知らなきゃしかたねぇか。
「同い年のヤツに会ったことないベリルはそう思うかもしれねぇ。が、赤ん坊でそんだけ憎まれ口叩けるなんて半端ねぇにも程がある。スゲェよ、そこは認めてやる」
「えへ、えへへぇ……。あーし、あたまいーなんていわれたの、うまれてはじめてかも。ひししっ」
おいおい、オメェは生まれたばっかりだろうが。
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