第5話 おバカな長男③

 食卓に並ぶのは、塩と香草で味付けされた一口大の焼き肉が山盛りの皿。あとは各々に麦粥と、俺のところにゃ少々の酒だ。


「父ちゃん、食っていい?」

「おう。食うか」

「待って。あなた、イエーロくん」


 んだよ。こっちは腹減ってんだぞ。


「食事をするときは『いただきます』って言うのよ」


 おいおい、どうせベリルが言い出したことなんだろうがよ、それをイエーロに教えちまったらダメじゃねぇか。と心配したんだが、


「へー、そーなんだ。んじゃ父ちゃん母ちゃん、いっただきまーす!」


 てな具合に、うちの長男はすんなり受け入れた。なんだかよくわからんフォーク振り回す小躍りまでして。

 ちったぁ考えろとも思ったけども、ここは素直でいい子だと思っておこう。


 しっかしヒスイのやつ……。どうせ、この先ベリルがボロ出したときに備えてのことだってぇのはわかるが、俺に一言あってからでもいいじゃねぇか。いらん気苦労しちまったぞ。

 でもまぁ、やっぱり一番子供のことをわかってるのは母ちゃんってことなのかねぇ。


 さて、俺も食うか。

 気を取り直して肉の山にフォークを突き立てようとしたら、ヒスイが「あなたも」と妙な挨拶を押しつけてきた。なんでか膝の上でこっち見てるベリルまで、ニタニタしてやがる。


「ハァ〜……、いただきます。これでいいだろ」

「はい。召し上がれ」

「ったく、お行儀がいいこって」


 ようやくありついた塩焼き肉をバクつく。うんうん、うん! やっぱりこいつがいっちゃん美味ぇ。

 戦場で食う干し肉は、なんつうか、ギトギトしてて筋ばってていけねぇ。だがこいつは違う。あっさりしてるのに噛むたんびに旨味が溢れてくる。

 俺らが領外で食う肉の質が悪ぃのもあるんだろうが、俺の舌にはこいつが合う。


「母ちゃん母ちゃん、麦粥まだある?」

「ええ。そういうときは『おかわり』って言うの。言ってごらんなさい」

「おかわりー!」

「はい。たあんとお食べ」

「ねぇ、いまのも母ちゃんの生まれたとこの、メシどきの決まりごと、みたいなもんなの?」


 ほれみろヒスイ、やりすぎだ。

 腹が落ち着きゃあアホな子でもちっとは知恵を巡らせるぞ。聞いたこともない言い回しを繰り返されりゃあ興味も湧くってもんだ。


「イエーロくん、麦粥はそれで足りる?」

「もっと食う!」

「はいはい。またおかわりしてね」

「うん!」


 さらっと流されやがって、しょうがないヤツだな。


「きひっ」

「あらあら、ベリルちゃんったらご機嫌なのかしら。みんなでご飯は楽しいわよねー」

「あーい」


 どんだけ攻めるんだ、ヒスイは。

 あといまベリルが笑ったのは楽しくてじゃねぇぞ。イエーロのバカさ加減を嘲笑ったんだ。

 赤ん坊のくせに意地悪そうなツラしやがって、とんでもねぇガキだな。


「おうベリル。こいつを呑むともっとご機嫌になれんぞ」

「あなた。いけませんよ」


 んだよ、俺には絡ませてくんねぇのか。

 やんわりヒスイに邪魔されたら、代わりにイエーロがでしゃばってきた。


「んじゃオレがかわりに〜っ」

「テメェが酒なんぞ、百年早ぇ」

「ええ〜っ。百年も待ってたらオレ、父ちゃんより歳上になっちゃうよ」

「ほう。なら百年後は何歳だ」

「え? えっとぉぉ……んっと……」


 こらイエーロ。なんで一〇〇に一〇加えるだけで悩む。頭抱えて唸らないでくれよ。こっちが頭抱えたくなるわ。


「わかった、千さーい!」

「あーあ、かけちゃった」


 おいこらベリル、喋んな!

 おっといけね、みたいな顔しても遅ぇよ!


「ん、いまの母ちゃん? なんか欠けたの?」

「いいえ。あ、そうそうイエーロくん、お酒はあげられないけれど、ご飯のあとに果実水を用意してあるのよ」

「ホント! うわうわ早く食べなきゃ! ああ〜っ、でも急いで食ったら食ったで焼肉なくなっちゃうぅぅ、困った。父ちゃんどうしよー」


 ハァ〜ア……二日酔いでもないのに頭痛ぇな、こいつぁ。


「おまえは身体も鍛えなきゃなんねぇが、頭を先に鍛える必要があんな」

「オレの頭、しょっちょう父ちゃんに小突かれてて、けっこう鍛えられてると思うけど」

「ああ、いま俺がなにを言ってるかわかるように鍛えてやるから期待しとけ」

「へへ、やっとか。ガンバるぜ!」


 たぶん、俺の方がガンバらねぇといけねんだろうな。

 しゃぁねぇ。領地のガキども集めて、まとめて頭を鍛えてやるか。せめて数くらい数えられるように仕込まないとオチオチ歳もくえねぇよ。


「イエーロ。さっそくいいこと教えてやる」

「ん?」

「果実水はな、風呂上がりに飲むのが一番美味ぇんだ」

「んん〜〜〜〜ッ! んーん!」

「飲みこんで話せ」

「んん……ッッ。そっか! 父ちゃんスゲェな。たしかに言われてみるとそうかも! あ、そうだ、今日は共用の風呂に行ってもいい? ホーローたちと『みんなで入ろうぜ』って約束してんだ」


 いいかどうか聞く前に約束すんな。まぁ風呂くらい好きにすればいいんだけどよ。


「ヒスイ、果実水を持たせてやってもいいか?」

「ええ、もちろんです。よかったわねイエーロくん。お風呂上がりにみんなで飲みなさい」

「おおっ、母ちゃんありがとー!」


 おい、そこは俺に礼を言うべきだろ。ヒスイもコロコロ笑ってないで、そういうの教えてやってくんねぇかな。


「他の連中が入ってからにしろよ。どうせおまえら悪ガキは風呂んなかで暴れんだろうからな」

「うん、わかった!」


 ったく、果実水くらいではしゃぎやがって。メシくらい落ち着いて食えってんだ。

 ……とは言えねぇか。これに関しちゃ俺のせいなんだからな。

 もっと中央に近い貴族なら、イエーロが大喜びしてる果実水も、麦粥だって大してありがたがる程のもんでもないんだろうさ。


 もうちょいマシな暮らしをさせてやりてぇもんだが、なんとかならんもんかねぇ……。

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