第4話 おバカな長男②

 手足が長い痩身な男が、後ろ向きに跳ねながら槍で突っついて、亀の魔物を誘き寄せてくる。

 相変わらずブロンセは槍の扱いと亀を煽るのが上手い。


「よっしゃ、あと三〇歩ってとこだ!」

「残り五歩になったら数えてくれ!」


 ブロンセは、亀の眉間や鼻頭など、あまり深手にならない箇所を選んで槍の穂先を当てていた。不機嫌にさせるが怒らせすぎない、そんな絶妙なちょっかいの出し方で亀公を侮らせてるんだ。


「五、四、三、二——いま‼︎」


 俺らは分厚くて長い板の端を思いっきり持ち上げた。と同時に、ブロンセは大きく後ろに飛び退いた。

 亀の腹の下を横断する板の片側が、ミシミシ音をたてて傾く。その板を肩に乗せ、一気に頭上へ掲げるように押し上げてやる。すると——


 コロ、コテン。


 へっへっへっ、ひっくり返りやがった。


 半端な勢いでやったら滑って落ちるだけだが、目一杯勢いつけてやりゃあ、ざっとこんなもんよ。亀は腹を晒してわたわた足掻いてやがる。


「おっしゃ! 手足と尾っぽひっこめたら尻から槍をぶっ込んでやれ!」


 ひっくり返った亀のケツをとって、間抜けに窄めた尻穴に穂先を突き刺す。馬上で使うような立派な鋼の槍を二人掛かりで突き入れたら、さらに石突バット護拳バンプレートを蹴っ飛ばしてさらに押し込む。


「手ぇ空いてるヤツぁ、腹ぁ引っ叩け! 手足出されてもがかれると面倒だぞ!」


 棒っきれでバンバン叩くだけでも効果はある。縮こまったままの亀の尻に、ズブズブ槍は沈んでいって、


「ku——kyuuuuuuuuuuuu‼︎」


 ついには頭を覗かせたらデカい鳴き声あげて、ようやくくたばった。


「よし、バラすぞ」



 へへへ。こんだけありゃあ、女房もガキ共も腹いっぱい食えるだろ。

 あ、ベリルはまだ乳の方がいいのか。にしても、ヒスイがしっかり食えば小っこい胸からも乳がたくさん出るって寸法だ。


 獲物を見つけるまで数日かかることもある亀狩りがすぐに終わり、俺はご機嫌で帰宅した。


「おう、帰ったぞ」


 背負い袋をパンパンにする新鮮な肉に、どんな反応をされるのか正直ワクワクしてる。

 あと、どんな挨拶で出迎えられるのかも、ちっとだけ気になってた。が——


「おかえ——ぶっへ、ぬうぇぇぇぇ! なまぐっさぁぁ〜」


 ヒスイに抱かれた娘のベリルは、ぐっしゃぐしゃに歪めたヒデェしかめっツラでお出迎えだ。

 地味にガッカリさせてくれやがってよ。ったく。


「こらこらベリルちゃん。ちゃんと『おかえり』って言うんでしょう」

「だって、なまぐさ……うえぇぇ、くっさ……。とーちゃん? ん? せおってる、ふくろ?」


 どうやら滑舌は良くなったみてぇだが、口の方は悪くなっちまったようだ。


「こりゃ精のつく美味ぇ肉だ。テメェみたいなガキにゃあ分けてやらねぇよ」

「いやいやいや、あーし、は、ないし。まだたべらんないしー」


 赤ん坊で喋ってるんだから頭はいいんだろう。それにたくさん言葉も覚えて、短いあいだに舌ったらずも直せてスゲェとも思う。

 でもよ、どう聞いても頭が切れるヤツの話し方には聞こえないんだよなぁ、これが。


「ヒスイ。うちの娘はベラベラ喋ってるけどよぉ、まだ長男の方は帰ってきてないっつうことでいいのか?」

「ええ。まだイエーロくんは帰ってきてませんよ」

「たぶん倉庫だろうから、ちょっくら呼んでくるわ。おいベリル。わかってんだろうけど、兄ちゃんが帰ってきたら喋んなよ。あいつはバカだから黙ってろって言っても絶対あちこちで言いふらすぞ」

「りょー」


 なんだそりゃ。ぷにっぷにの腕を挙げてるみたいだから『了解』って意味なんか?


「いってらー」

「あなた、いってらあ」

「……お、おう」


 扉を閉めると、


「ベリルちゃん。いまのが教えてくれた『ツンデレ』っていう照れ屋さんであってるのかしら?」

「だいたいそんなかんじー。てゆーかー、おっさんのつんでれとか、ぷぷ〜っ、まじじゅよーねー」

「ふふふっ。笑っちゃダメよ。でも、ああいうぶっきらぼうなところもアセーロさんの可愛らしいところだと思うわ」

「うわ! まま、しゅみわっるー」


 …………。あ、赤ん坊にスッゲェ嘗められてるな。恐れ入るわ。

 ちっと俺、いま下向けないかも。


 よし。今日だけは、たとえどんなヘボい仕事してたとしてもイエーロを叱らないどこう。

 むしろ腹いっぱい肉を食わせてやらねぇとな。アイツなら美味そうにバクバク食ってくれるに違いない。



 倉庫に着くと、いちおう片付いてるようには見え……いや、そうでもねぇな。


「おうイエーロ」

「あっ、父ちゃん。見てくれよ、これ!」

「——おいコラ、危ねぇって!」


 フラッフラになりながら、身の程知らずにも程がある斧槍を掲げようとしやがった。

 当然すぐに取り上げて、拳骨を……、やめとくか。言ってきかせよう。


「ハァ〜、オメェは武器の選び方もわかんねぇのか」

「だ、だってさー」

「まぁいい。こんど教えてやる。それまでは危ねぇから勝手に得物を振り回そうとすんな。イエーロが怪我したら母ちゃんに手間かけさせるハメになんだろ」

「……わかったよ」

「わかりゃあいい。あとな、あんまりヘボいことばっかやってると赤ん坊の妹に笑われんぞ」


 ヘボいことしてない俺ですら、すでにめちゃくちゃイジられてんだから。


「あっはは! 赤ん坊はいっつも笑ってるってー。父ちゃんヘンなのー」

「なに言ってんだ。どっちかっつうとオメェは泣いてばっかだったぞ」

「そ、そんなことないって!」

「いいや、ギャンギャン泣いてた。いまだって叱られるとすぅぐピーピー泣くじゃねぇか」

「な、泣かねーもん」


 おっと。ここらでやめとかないと、こいつ泣くな。


「そうかそうか。でだ、おい喜べ。今夜は焼肉だぞ」

「おお、焼肉っ! てか父ちゃん、オレ泣かないからね。泣いてないからねっ」

「おうおうオメェは泣いてねぇ。そら、早く帰んぞ。でないと母ちゃんに全部食われちまう」

「うぉおおおおう! そんなのダメダメ。父ちゃん、早くはやくっ」


 ったく、こいつは何年息子やってんだ。オメェの母ちゃんは大してメシ食わねぇだろうが。

 バカな子ほどカワイイって言うが、あれってホントなんだな。

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