第一章 おバカな長男

第3話 おバカな長男①

 この辺りに住んでるヤツは大鬼種オーガと西方ヒト種の混血が多い。もちろん俺もだ。


 そんで、女房のヒスイは南方妖精種ダークエルフに東方ヒト種の血が流れてるらしく、ここらで見かけないツヤツヤした黒髪と円らで黒目がちな瞳が特徴のイイ女だ。

 エルフらしく全体的に細っそりしてるが、むっちりな二の腕や太ももやデカ尻は色っぽい。


 そんな俺とヒスイのあいだに、娘のベリルが生まれて四人家族になった。


 ベリルはかなりの問題児になりそうだが、まだよくわからん。

 いきなり喋りだしたときはびっくりしたが、それだけだ。


 でだ、問題児はもう一人いる。十歳になった極貧貴族の跡取り息子、長男のイエーロだ。


 狩りの集合場所まで行くと、すでにバカ息子は朝メシも食わずに俺の先回りまでしていて、うちのまとめ役に泣きついてた。


「なーなーゴーブレぇ、いい加減オレも亀狩りに連れてってくれよ〜」

「坊ちゃん、いけませんって。そんなことしたらワシが旦那に叱られちまう」

「そこをなんとかさー」


 手伝いもほっぽり出して、大人を困らせやがってからに。ったく。


「おいコラ、イエーロ」

「あ、父ちゃん! 父ちゃんからもゴーブレに言ってやってくれよ。オレもそろそろ亀狩りに行くべきだってさー」

「……オメェ、水汲みと防具の手入れは終わったんか?」

「い、いやぁぁ……、いやまだだけどさー、オレだって——あ痛ッ」


 コツンとゲンコツ。


「この程度を痛がるようじゃあ、亀に食われちまうぞ。身の程を弁えやがれ」


 つづけて、俺よりもデカい図体した大鬼種の血が色濃い大男に向き直る。


「おうゴーブレ」

「へ、へい旦那」

「このアホの言うことはいちいち取り合うな。うるさけりゃ小突いて黙らせちまえって言ったろ」

「しかし坊ちゃんを小突くなんざぁ、ワシにはとてもとても。畏れ多くって……」

「それって俺の言いつけより優先すんのか?」

「いえいえ。けっしてそんなこたぁ」

「なら次からそうしろ」


 ゴーブレは、戦場ではここ一番の腕力を示す頼り甲斐のある男なんだが、なんでかうちの長男イエーロには甘いんだよなぁ。

 こいつが怒鳴りつけてくれりゃあ俺の説教も減って楽になるのによ。


「おいイエーロ。そんなに仕事したいんなら与えてやる」

「ホント!」

「ああ。倉庫に散らかってるこないだの戦利品を仕分けしとけ。ついでに高く売れるようによく磨いておけよ」

「ええ〜っ」

「ええーじゃねぇ! これもオメェが一端になるための修練だろうが。武器の整備もできねぇヤツが戦場で生き残れるかっ」

「……」


 そんな不満そうなツラを向けてくんな。他の家のガキは割とキッチリ働いてんだぞ。

 ホントしょうがねぇヤツだな。


「キッチリ仕分けができたら、イエーロに稽古用の得物を見繕ってやる」

「——うっは〜っ! 父ちゃん大好きっ」

「うっせ。言っとくが上等なのはやんねぇからな、あんまり贅沢言うなよ」

「はーい! オレ、スッゲェ頑張るから!」

「とっとと行け」


 っとに、あいつはどうしようもねぇな。こっちは漏れそうになったタメ息堪えんのに一苦労だぞ。


 躾のなってねぇ長男がたったか走り去ったところで、理不尽言った配下にも気ぃ使っとかねぇと。


「ゴーブレ、さっきは悪かったな」

「いえいえとんでもない。ワシにもイエーロ坊ちゃんとおんなじ年頃の悪ガキを育ててた時期がありやすんで、苦労は察せやす」

「助かる。あいつももうちょい頭が切れるといいんだがな、あれじゃあ使い捨ての矢と変わらん。雇い主に突っ込めって言われりゃそれっきり帰ってこないぞ、きっと」

「そのあたりは、頃合い見計らってワシからも話しておきやすから」

「あんまり甘やかしてくれるなよ」

「へい。肝に銘じておきやす」


 孫でもおかしくない歳の差だからか、やっぱりゴーブレはイエーロに甘い。俺にとっても大事な息子ではあるんだが……。困ったもんだ。

 


 我がトルトゥーガ家の領地にあるのは、猫の額みたいな平地と、苔と雑草しか生えない禿山だけ。


 平地の方は狭いのもあって、並ぶ長屋はどの家もこじんまりしてる。

 領主である俺んちは例外だが、どの家にも煮炊き用の釜も風呂もなくて、共用してる。

 これには薪代を浮かせるって利点もあるし、炊事の手間も減るから悪いことばかりじゃあない。強がりに聞こえちまいそうだが、実際にそうなんだ。


 で、いま向かってる狩場は、我が領地のほとんどの面積を占める禿山。

 かつては鉱山だったこの場所には、いつの頃からかデカい亀に似た魔物が住み着いてた。そいつらを狩って腹を膨らませようってわけだ。


 そいつは魔物だけあって亀みたいな外見してるくせにゴッツイ牙も爪も生えてる。それに鱗も甲羅も硬い。しかもそこそこ足が速いんだからびっくりだ。

 でも、ひっくり返しちまえばどうってことない。だからこそ美味しい獲物でもあるんだが。


 亀の魔物がなんてぇ名前かは調べてもないから知らねぇけど、食っても腹を壊さなかったし味もいける。

 とはいえ嘗めてかかると痛い目に遭う。

 なんたって這ってるのに頭の位置が俺らと変わらないデカさなんだからよ。だからこそ、ゴーブレのようなベテランたちを引き連れて狩りにいく。


 ——さっそく斥候に出してた者から報せが。


「旦那! ブロンセのやつが獲物を見っけたようですぜ」

「そうか。罠の準備は済んでるな」

「もちろんでさ」

「よぉし。オメェら、鈍亀をひっくり返してイビってやんぞ!」


「「「応ッッ‼︎」」」


 さぁて、やるぜぇ。腹すかしてる女房とガキ共に、腹いっぱい焼肉食わしてやらねぇとな。

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