第10話 襲撃
大陸最北端に位置するルフの里。しばらくそこで都市開発計画を手伝っていたアルスは、久々に魔王城に帰還すると、早々に魔王に休暇を言い渡されてしまった。
「うーん、今まで人助けと旅ばっかりで、休暇なんてしたことなかったからなあ」
ベッドに腰掛けて足をぶらつかせる元勇者。その姿は暇そのものである。
前回の休日はほとんどスネアにたらい回しにされていたため、一人での休日というのがアルスには初めてだった。仕事をしていないと落ち着かないその性は、完全にワーカーホリックのそれである。魔王がその場にいれば、アルスのことを社畜と表現したに違いない。
「仕方ない、とりあえずご飯を食べて、やることが見つからなかったら城下町に行ってみよう」
アルスはクローゼットを開くと、卸したての服に袖を通す。といっても、おでかけ用の私服はほとんどが新品だ。どれもスネアと買いに行ったものだ。
オーバーサイズのセーターにショートパンツを履いたアルスは、背伸びをすると上部にしまってある真っ赤な角と黒い羽を取り出す。魔王を意識したこのカラーリングは、町でもおしゃれの一環として人気があり、また魔族に偽装するのにも適している。
ちなみに、アルスがその二つを選んだときは、町のことをよく観察しているものだとスネアに感嘆されたが、ただ魔王とお揃いにしたかっただけだと分かるとそれはもうからかわれた。
そんなこんなで、魔王のコスプレもとい、魔族の偽装を済ませると、アルスはブーツを履いて食堂へと向かう。迷うことなく歩むその足は、すでに魔王城が自分の家であるかのように慣れていた。
「それで嬢ちゃんは魔王様のコスプレでここに来たわけか」
「うん、暇で暇で仕方なくって」
朝のラッシュを終えた食堂。そのカウンター席に座るアルスを前に、熊の料理長はほっと胸を撫でおろす。
(あぶねえあぶねえ、俺はてっきりそういうプレイかと......)
「にしても、不思議なもんだよなあ。勇者が魔王の格好してるなんて、人間族が見たら混乱するに違いないぜ」
「ああ、そういえば僕が勇者だと知ってる人間族はギョッとしてたね。亡命した先で勇者が魔族の格好してたからか。......あれ、でも魔族の人もなぜか微笑みながら見てきたような?」
魔王は自国民からの評価が高いのはもちろんのこと、中でも女性魔族からの支持が熱い。地位も名誉も金も人格も兼ね備えている。顔も魔人の中では相当良い部類だとなれば、その人気にも頷ける。魔王城城下町にいる魔王のコスプレをした魔族のほとんどがそういう女性ファンであるのだが、アルスはそれを知らない。もちろんスネアは知っていた。そのうえで何も言わなかった。
「嬢ちゃん、世の中には知らない方が身のためって言葉があってだな......」
「僕だってそのことわざは知ってるけど......?」
そして料理長もまた黙秘を貫くのだった。
結局、特に城下町に行ってしたいことがあるわけでもないアルスは、同じく暇になった料理長としばらくの間雑談する。
すると食堂中、いや魔王城全域でけたたましく警報が鳴り響く。
「わ、わ、なにこれ!?」
「すまん嬢ちゃん、少し静かに......」
慌てるアルスとは対照的に、襲撃に慣れている料理長をはじめ、魔族たちは周囲に目を向けつつ黙って警報に耳を傾ける。
ゴーンゴーン
遅れて聞こえてきた、重低音の響く何かを叩く音。途端に魔族はざわめき立ちながら移動を開始する。
「え、なに!?」
「銅の二回だ!嬢ちゃん、何か起こる前に中央の避難シェルターに移るぞ!」
声を張り上げながら移動する料理長に、慌てて後ろに着くアルス。人の少ない食堂から廊下に出てみれば、通路はぞろぞろと蠢く魔族たちで溢れかえっており、どうやら全員同じところに向かっているらしい。
緊張感はあるが不安感はない。その空気と料理長の言葉に聞きたいことが山ほどできたアルスは遠慮がちに尋ねる。
「ねえ、今のって......?」
先の様子を伺っていた料理長は、ああ、と一息つきアルスに答える。
「そういや嬢ちゃんは初めてだったな。警報の後に聞こえてきた音があっただろ?あれが何が起きたか教えてくれるんだ」
「あの二回なった低い音?」
「そうだ。低い音から順に、銅、銀、金で、それぞれ襲撃の可能性、襲撃発見、襲撃中の三段階を表す。回数はその方角で、少ない方から風門、人門、天門、鬼門、それ以上は中に入られてるってことだ」
料理長の説明に、アルスはさっきの音の意味を考える。
「それじゃあ今のは......人門で襲撃の可能性アリってこと!?」
「ああ、そうらしいな」
魔王城襲撃の可能性に焦るアルスだったが、周囲の魔族があまりにも落ち着いた雰囲気なのですぐに冷静になる。
「な、なんで全員そんな焦ってないの?」
アルスの疑問に料理長は優しく微笑む。その顔は子供が泣き叫びそうなほど恐い。
「そりゃ魔王様がいるからな。以前は常に襲撃に怯えていたが、今は違う。こうしてまだ襲撃されていない内から状況判断ができるし、シェルターだって物理的、魔術的にも最高強度を持つ。俺達が不安になることは何一つない」
そういう料理長の奥に見えてきたのは大口を開けたシェルター。大規模で堅牢なその雰囲気にアルスは吞まれそうになる。だが、一切の迷いなく入っていく魔族たちを見て気づく。
(みんな、魔王を絶対的に信頼しているんだ......)
アルスも決意して歩を進めるが、その時、丁度人門の方から合流してきた魔族の話し声が聞こえた。
「......なんでも、門の前方で爆発音が聞こえたらしい。その発生源が丁度視認できないギリギリの位置だったとか」
「でもそんなん魔獣の仕業じゃないのか?ほら、エリマキスギトカゲなんてしょっちゅう自分で顔面を爆発させるだろ」
「それが、大規模な爆発だったうえに、聖なる光が混じってたんだと」
アルスは聞き覚えのある言葉に耳を疑う。
(聖なる光......『聖属性』か!?)
様子のおかしいアルスを前に料理長は心配する。
「おい嬢ちゃん、大丈夫か?......不安ならスネアでも呼んで、」
「アビスが危ないッ!!」
アルスの叫び声に辺りはシンと静まり返る。が、それも束の間のことで、シェルターへと向かう魔族たちは喧噪を取り戻す。
焦燥を浮かべるアルスを前に料理長も動揺する。
「おい嬢ちゃん、一体どうしたんだ急に......」
「この襲撃、きっと僕の仲間だ。今すぐアビスの下に向かわないと!」
今にも走り出しそうなアルスを引き留め、料理長は言う。
「待て待て、魔王様は人門とは真逆にある執務室で指揮を執ってる。それに騎士団だって人門に向かってる。嬢ちゃんが心配するようなことはないさ」
だがその言葉はアルスの不安をより加速させる。
「人門とは真逆......そうかッ!」
「待て、嬢ちゃん!......行っちまった」
魔族をかき分け走り出すアルスを前に、料理長はどうすることもできない。一瞬肝が冷える料理長だったが、すぐに思いなおす。
(嬢ちゃんも元とはいえ勇者。しかも襲撃者が仲間であれば問題はないだろう。一介の料理人の俺が行くよりも、魔王様と嬢ちゃんに任せるのが良いか......)
その考えは、絶対的に魔王を信頼している配下のそれだった。
アルスは最低限の装備を手に魔王城を駆ける。思い出すのは今まで旅をしてきた仲間。そして魔王城に突入する前のことだ。
(爆発で気を引いている内に背後から襲撃......カラスとスネアの襲来で実行できなかった最初の案だ......!)
アルスとて魔王の強さは良く知っている。だが、その底抜けにお人好しな性格も知っていた。背後から奇襲されたら、殺すのを躊躇したら......そう考えるとアルスの胸中に不安が募る。
誰もが魔王の強さを信頼した中で、元勇者だけがその優しさを心配した。
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