第11話 聖騎士襲来


「我がのこのこと二度も同じ手を食らうと思ったか?」

「うぐっ、クソ、この鎖さえなければッ......!」


アルスが急いで執務室に向かうが、その直前の謁見の間で既に決着はついていた。

割れたステンドグラスが散乱し、一部の壁が崩れた謁見の間。横なぎに倒された玉座があった場所には、闇から伸びる数多の鎖に囚われた聖騎士の姿。そしてその前に立つ魔王の背中。


漆黒のマントが破け、のぞく脇腹からは血が滴り落ちている。


「アビスっ!!」

思わず駆け寄るアルス。魔王は聖騎士だけをその眼中に含め、その声に反応した聖騎士が顔を上げる。


「アルスッ、無事だったのか!!」

「......マリン、僕は大丈夫って言ったよね?」

「あ、アルス?」

語気を強めるアルスを前に怯える聖騎士マリン。きらめく黄金のロングヘアーに茶色の瞳をもつその姿は絵にかいたような女騎士だ。


「まあ待てアルスよ。仲間が魔王城にいると分かれば焦る気持ちも仕方あるまい。しかも大丈夫の一言だけでは状況も分からぬだろう」

「いやアビス。僕はマリンに和平を結ぶことを書類と映像付きで説明したよ」

「......そうか」

「しかも、魔王が軍を退かせていることも先に伝えたし」

「......うむ」

「逆に人間が攻め込まないように抑えてって言ったんだけど」

「......」

「あ、アルス、もしかして怒ってる......?」

魔王がなだめ勇者が責め立てるという特殊な状況ではあるが、それでも魔王に分かったことがひとつある。


「さては魔王、アルスを洗脳したな!敵の駒になるなら、くっ、殺せ!」


(この聖騎士、やばい奴だ......)




だが、聖騎士に勇者も堪忍袋の緒が切れそうだ。

「マリン、魔王のせいにしてるけど、人間軍の方はどうしたの!?」

「そ、それは賢者に......」

「カエデには魔獣の対処があるでしょ。またカエデに迷惑かけて......」

「だが、アルスを洗脳するような悪の王だぞ!?」

「魔族を襲撃したマリンの方がよっぽど悪いよ!そもそも洗脳って何!?」

「ほら、自分の見た目に気づいてないじゃないか!」

「え?」


もしかして変な見た目になってるだろうかとアルスは魔王を見る。

「魔王、僕になにかした?」

「アルスよ、それは我が聞きたい」

「え?」


きょとんとしているアルス。魔王は気まずげにその頭に目を向ける。


「......その角と羽はなんだ?」



「あっ」



急いでここまで来たアルスは、魔族に偽装するために、魔王とお揃いの色にした角と翼を付けたままだった。


「こ、これは魔族の偽装で」

「じゃあ魔王と同じ色なのは何でだ!」

「それは、その」

「やっぱり説明できないじゃないか!」

今度は聖騎士マリンがアルスを責める番だった。


アルスはその追及に、とうとう白状する。

「アビスとお揃いにしたかったの!!!」

「......なぬ?」


マリンは驚きで口をぱくぱくさせている。

「アビスってのは、ま、魔王のことだろ?アルスは、アルスは勇者じゃないか!」

「元勇者だよ。それに......その、アビスにはお世話になってるし」

「嘘だッ!!!」


きっと操られてるに違いない、そう思って魔王への怒りを募らせるマリンだったが、その目が捉えたのは......


「そ、そうか......その、なんだ、我もアビスには感謝している」

赤面した魔王の姿。


「うそ、だ......邪知暴虐の魔王が、勇者となんて......」

どうやら真実らしいアルスの反応に、マリンは現実逃避する。しかし、アルスは尊敬する魔王を悪く言われたくない。


「あのねマリン。魔王は邪知暴虐なんかじゃない」

「信じられない」

「正直、僕は祖国に居た時よりも今の方が幸せだよ」

「そんなはずがっ」

「じゃあ自分の目で見てごらんよ」

「自分の、目で」

「うん。......僕は今魔王軍で働いているんだ。一緒にどうかな?」

「......分かった。アルスがそこまで言うなら」

「うん!」


無事まとまった二人を前に、静観していた魔王もうなずく。

「うむ、それじゃあ聖騎士も魔王軍で......ゑ!?」


状況がいつの間にかおかしくなっていることに魔王は気付く。

(いつの間にか頭の可笑しい聖騎士までウチに来ることになってるんだが!?)


「魔王マキア......いや、アビス。よろしく頼む」

「う、うむ。暴れるのだけは良してくれよ......?」

聖騎士を圧倒した魔王は、ビクビクしながらマリンの拘束を解くのであった。




魔王は壁の修復があるとのことで、その間アルスはマリンに客室まで案内することになった。


横並びに歩きながら、マリンはアルスに語り掛ける。

「そうか、アルスは駆け落ちしたんだな」

「か、かけおち!?してないよ、なんでそんな」

「だってそれ、魔王の格好なんだろう?」

そう言ってマリンはアルスの角に目を向ける。


「そ、そうだけど。これはあくまで魔族の偽装であって」

「隠さなくて良い。魔族の文化なら調べた。その恰好をしているのは魔王に心酔している女性魔族ばかりなんだろ?要は身も心も捧げて良いって魔族だ」

「み、身も心も!?」

やっとこさ知らされた事実に、アルスは体を固まらせる。


「もしかして......知らなかったの?」

コクリと頷くアルス。

「ぼ、ぼく魔王に訂正してくるー!」

「あ、ちょっと......」

目にもとまらぬ速さで走っていったアルスを前に、マリンは一人置いていかれる。


「素で魔王の格好をしていたのか......魔王には少し悪いことをしたな」

今更ながら反省するマリンだったが、先ほどのアルスの慌てようを思い出して思案する。


(アルスは気付いていないけれど、あれは明らかに魔王のことが......)


一瞬アルスを追いかけて良いものか迷ったマリンだったが、すぐに走って追いかける。聖騎士マリンはその命をアルスに救われてから彼女のことを慕っている。


(魔王もアルスも気づいていないなら、まだ私にもチャンスはある!)


魔王軍に忍び込めたからには、魔王とアルスの恋路を邪魔してやると決意したマリン。


「待っていろ魔王、私は負けない!!」



こうしてまた、魔王の悩みの種が一つ増えたのだった。



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