第9話 心の栄養
翌日の早朝。
気合十分で起床したアルスは、さっそく明かりが灯っているグレイスの仮住居に声をかけた。
「グレイスー?」
「......何かしら?」
出てきたグレイスは眠たげだ。どうやらあまり眠れていないらしい。
「すごく眠そうだけど、もしかして邪魔しちゃった?」
「いいえ、ここは木の精霊が少ないから、眠りが浅くなっちゃうのよ」
グレイスは目をこすりながら、アルスを温かい室内へと招き入れる。
「それじゃあ、ドワーフを軸にした都市じゃもっと不調が出るんじゃないの?」
「だとしても、効率を落とすわけにはいかないわ。魔王様のためにも、絶対に成功させなきゃならないもの」
だが、アルスにはそれで魔王が喜ぶ姿が思い浮かばない。
(うーん、魔王だったらなんて言うんだろう......)
考え込んでしまったアルスを前に、グレイスは話を促す。
「それで、わざわざ訪ねてきた理由は何かしら?」
「ん、ああ。考えてみたんだけどね、実際に創って見せたほうが早いんじゃないかなって」
「創るって、都市を?」
「いやいや、まずはお互いの家を創ろうよ。相手を納得させるようなものをさ」
アルスは思い出したのだ。仲直りとは譲歩だとか、諦めるようなことではなくて、お互いにぶつけ合って初めてその心を理解できるのだと。アルスがアビスに、アビスがアルスに己の弱さを見せたように、そして互いの強さを教えあったように。
「互いの家を?」
「ああそうだ。そうすれば嫌でも勝敗が着くだろう?」
対するクライノートにも、カラスが話を持ち掛けていた。
「はあ、勇者のお嬢ちゃんにしては物騒な思い付きじゃの」
「そうかもな。......それより、目の下にクマが出来てるが?」
背の低いクライノートを見下ろせば、そこには不機嫌そうな顔があった。
「いやなに、鉄を打ってないと気が散ってしまっての」
「体調には気を付けろ。魔王様が心配なされる。......それで、乗るか?」
「そりゃカラス殿から言われたとあれば。そうでなくとも、レイに自身の重要性を分かってもらえるチャンスじゃからな」
「......そうか」
カラスは思う。
(そういう割にはドワーフの重要性は見ていないようだが......。まあいい、聞いたときは甘い考えだと思ったが、今回は勇者の作戦に乗ってやるとするか)
軍の防衛を担う存在として自他ともにストイックに功績を追い求めてきたカラスであったが、最近の楽しそうな魔王を見て、彼もまた考え方が変わったのかもしれない。
「これより、建築対決を始める。今後の計画の方向性を決める大事な対決だ、せいぜい励むと良い」
そういうと、カラスは隣り合った建設予定地を暗幕で囲う。闇のヴェールは視界も音も遮断し、互いの状況を知ることができないようになっている。
大がかりな魔法を前にアルスは思う。案外カラスも楽しんでいるかもしれない、と。
それから数日、ようやく互いの施工が完了した。
グレイスの建てた”クライノートの家”を審査するのは、当のクライノートとアルス、そしてカラスの三人である。クライノートの建てた”グレイスの家”はその逆だ。
「まずは”クライノートの家”を見ていこう!」
はしゃぐアルスを前に、カラスは腕を組んで仁王立ちする。
「勇者、決め台詞を頼む」
「え?」
「頼む」
そういうカラスの目は据わっている。
「う、うん......。コホン、
カッと目を見開くカラス。
張られた闇のヴェールが、カーテンのように開く。どうやら演出を凝りたかったらしい。この男、こう見えて完全に乗り気だ。
「わあ、すごい、隠れ家みたいだ!」
「ほお......」
現れたのは段々になった土が盛り上がった少し小さめな家。露出した岩肌に隠れるように置かれた扉をくぐれば、そこには小さいクライノートでも快適に過ごしやすい、土と岩の空間があった。
「すごい、ほとんど地下なのにあったかい」
「ああ、外の寒気が嘘のようだな」
アルスとカラスは秘密基地のようなその空間を褒めたたえるが、当のクライノートの表情は険しい。
「土だ。熱源が別にある様だが、土に熱が逃げないように工夫されておる。やはりエルフの知識こそ発展に必要なのだ。だというのにレイは......」
「あ、あはは......」
どうやらアルスの思惑は逆効果になったらしい。カラスの追及の視線に目を泳がせると、都合の良いことに奥に続くドアを発見した。
「あ、ああ!奥にまだ部屋があるみたいだよ!」
「ん、ほんとじゃな。どれどれ」
「......はぁ」
焦るアルスに、興味津々なクライノート、そして呆れたカラスと三者三様に部屋に入るが、中にあるものを見ては全員して驚愕の表情に変わる。
「こ、これは!」
中にあるのは洞窟のような風呂場だ。地下の風呂場というのも珍しいが、小さいながらも脱衣所に岩風呂、そしてサウナに水風呂まで付いている。
「わあ、すごい設備。これもエルフの知識?」
「違う」
クライノートは目を見張りながら答えた。
「さっき言っていた熱源、それがここじゃ。だがこれにはドワーフが代々継承してきた魔道竈の技術が使われておる。......まさかワシ等の技術がサウナなどに使われるとはのう」
そう言うクライノートはどこか悔しそうで、そして何故か嬉しそうに見えた。
審査結果を出すより先に、「儂は少し考えたいことがある」と言ってクライノートは早々に離脱してしまった。結果は後でも良いか、と納得した二人は、続いてグレイスとクライノートが建てた”グレイスの家”を見る。
「勇者よ」
呼びかけるカラスに、すでに慣れたアルスは期待に応える。
「はいはい......。
開かれる闇のヴェール。今度は中央から波紋が波打つように消えていく。
「芸が細かいわね......」
呆れの交じったグレイスの感嘆の声に、カラスは満足げな様子だ。最初はカラスのことを”怖い人”だと思っていたアルスだったが、最近では”優しいけど変な人”という印象に様変わりしている。
暗幕が取り払われれば、そこには一本の大樹が。
「おお......!」
「へえ......」
アルスもカラスも目を輝かせている。なぜならそこにあったのはツリーハウス。小さな女の子勇者と中二病な四天王の心を掴んで離さないものだったからだ。
ねじれた幹に掘られた階段を上ってみれば、大きいどんぐりのような入り口がある。見上げれば、幹の中で部屋同士が連結しているようだ。木製の戸を開けば、そこにはエルフが落ち着けるような、風通しのよさと木の温もりを感じられる自然に満ちた空間が広がっていた。
「わあ、すごく柔らかい雰囲気だね」
「人工物とは思えん。まるで森で日向ぼっこしているみたいだ」
カラスのメルヘンな例えには誰も突っ込まない。それどころかグレイスは少し怒ったような顔を浮かべている。
「それもそうよ。このツリーハウス、釘も留め具も見当たらない。金属が使われてないのよ。やっぱりドワーフの技術は凄まじい。クライは何を考えてるのかしら......」
「ふふ、そうだね」
クライノートと同じようなことを言うグレイスにアルスは微笑みを隠せない。カラスによれば、二人は普段から喧嘩ばかりらしいが、お互いをあだ名で呼ぶあたり仲の良さが伺える。
部屋を見て回るたびに怒るグレイスだったが、最上階に行くとあんぐりと口をあけて呆然とする。
「おい、急に黙ってどうし、......おお、これは」
「すごく大きい望遠鏡だ......!」
後から続くカラスとアルスが見たのは、屋根代わりに生い茂った緑葉をかき分ける大きな天体望遠鏡。だが、一本の木をくり抜いて作られたらしいその望遠鏡は、一体どのような製法なのか、アルスにも、そしてカラスにも分からない。
「ドワーフの技術ってこんなすごいんだ......!」
「これはドワーフの技術じゃないわ」
アルスの言葉を訂正するグレイス。
「これ、木を乾燥させる過程で、内部に含まれた水分をレンズに変質させてる。エルフが積み上げてきた叡智......それを望遠鏡にするなんて......」
腹が立つわ、と言い放つグレイスの顔には笑顔が咲いていた。
* * *
「それで、都市はエルフの知識とドワーフの技術、二つを融合させた形で進めることになったのだな」
執務室でアルスから報告を聞く魔王は、それは重畳、と頷く。
「うん。多少は効率が落ちるかもしれないけど、お互いの良さを深め合うってさ」
「なに、効率なんて二の次だ。お互い得るものがあれば何よりというものよ」
「あっはは、そうだね」
突然笑いだすアルスに魔王は首を傾げる。
「魔王ならそう言うだろうなって思ったんだ。魔王はさ、福利厚生で生産性が上がった、って言ってたでしょ?......けど、そんな結果がなくても魔王ならそうしたんじゃないかなって。......でも、なんでそうするべきかはうまく言葉に出来なかった」
アルスは今も悩んで、反省している。
「二人を納得させる言葉があれば、そもそもあんな大がかりなことしなくて良かったのに......」
「ふむ......そうだな。アルス、お前は食べるのが好きだろう?」
突然の質問に、アルスはしどろもどろながら答える。
「へ、うん」
「効率を求めるなら素材のまま食った方が早い。調理の時間も金もかからん」
「それは少し違った話なんじゃ......?」
「そうかもな。なら、アルス。クライノートとグレイスの趣味は知っているか?」
これまた突拍子のない質問。
「いや、知らない、けど......」
魔王はアルスに微笑むと、優しい真実を伝える。
「サウナと天体観測だ」
「それって......!」
席を立ち、ゆったりと窓から外を眺める魔王。その眼差しは優しい。
「アルスよ、我に限らず、生きるものは皆飯を食わねば死んでしまう。それは心も同じだ。小食と大喰らいの違いはあれど......心の栄養が足りなければ死んでしまう」
アルスは、心の不足で死ぬなんて聞いたこともなかったが、魔王が拾ってくれなければあるいは、と思うところがあった。
魔王は遠い目をしている。それは何処か遠い過去を見つめているようだった。その表情にどこか陰りを感じたアルスは、思わず声をかけてしまう。
「アビス......?」
ハッとしてアルスの顔を見つめるアビス。
「まあ、その、なんだ......アルスが言いださなければ、サウナも望遠鏡も作られなかったってことだ。それは効率よりもよほど大切なことだと思わんか?」
月明かりに照られ、気恥ずかしそうにコホンと咳ばらいをするその姿は、いつもの魔王そのものだ。
「うん、そうだね」
元気づけられたアルスはにっこりと笑うと、足早に客室へと戻っていく。そそくさと扉を開け、閉まる直前に振り返る。
「アビス、ありがと!」
言い逃げされた魔王は、やられたなと笑う。
窓の奥に広がる城下町の景色は、いつもより暖かく見えた。
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