第8話 ドキドキ!仲直り大作戦!
資源採集用の拠点は、アルスが考えていたよりもしっかりしたものだった。いつだったか旅の途中で見た遊牧民の過ごすテントに似たものが、連なっている。炭鉱夫、木こり、そして開拓民が点在しており、まわりより一際大きいテントに今回の主要メンバー、つまりは都市開発計画を進める役人が集まっているらしい。
カーテン状の扉を前に、アルスはゴクリと唾をのみこむ。
「なんだ、緊張か?」
隣にいるカラスが尋ねる。
「まあね、計画が進んでないってことは結構険悪な空気なんでしょ?」
「......どうだろうな」
「え、違うの?」
「見た方が早い」
返答をはぐらかしたカラスはバサッと躊躇なく開いた。
中には背の低いドワーフの老人と、背の高いエルフの少女がいた。人間族でも鉱山に籠るドワーフと山と共存するエルフとの仲が悪いのは有名で、実際二人はアルスとカラスの存在に気づく様子もなく、怒鳴りあっている。
思わずアルスは緊張も忘れ仲裁に入る。
「あ、あの、喧嘩はやめ、」
「「だから!」」
しかし、二人の気迫ある怒鳴り声にアルスの言葉は遮られてしまう。
「エルフが暮らしやすいよう火はできる限り抑えて建設する方が良いじゃろうが!お主らの協力があって初めて森林を開墾できるんだと何度言えば......!」
エルフ中心の都市を掲げているのはドワーフのおじいさんだ。体格差で見上げる首が痛そうである。
「あのさ、開墾するにもドワーフの作る道具がないといけないの分かってる?魔道竈も製鉄施設も絶対必要よ!」
対してドワーフ中心のたたら場を作ろうとしているのはエルフの少女。こっちは見下げるのが辛そうだ。
カラスは見慣れた光景にため息をつくと、アルスの方に向き直っていった。
「ほらな、見た方が早かっただろう?」
「これ、一体どういう状況なの......?」
アルスは想定外の現状に早くも前途多難の波長を感じていた。
ひとまず喧嘩していた二人に落ち着いてもらい、アルスは計画内容とお互いの事情を聴きだすことにした。
計画では、ここを出発点とし、魔王城までの長い輸送路にも、経由地点として複数の都市を建設することになっている。その中でも資源確保の場であるここには、森のエキスパートであるエルフと、鉱物のエキスパートであるドワーフが共生するというのだ。
「エルフとドワーフは仲が悪いと思ってたけど」
アルスは互いを中心とした二人の都市計画を聞いて、素朴な質問を投げかけた。
「そりゃ昔はな。だが互いに人間軍の侵略にあい、魔王様主導のもとエルフと組んでみると、そこにはわしらでも驚くような技術が山のようにあった」
立派な白髪と髭を携えたドワーフ、クライノートはまるで宝石箱を開けた子供のように目を輝かせて遠くを見つめている。
「私たちエルフにとっても、ドワーフの持つ素材の知識には目を見張るものがあった。だから、技術交換の意味もあってそれぞれを相棒に持つことになったの」
かくいう、透き通るような若草色の髪をたなびかせるエルフの少女グレイスも、クライノートの相棒らしい。
「種族の垣根を超えたんだね......!」
人と魔族。エルフとドワーフよりもよっぽど恨みの連鎖が強いそれに和平を望むアルスは、その希望ともいえる二人を見て勇気づけられる。
だがしかし、
「その相棒なんてのもこれまでよ。グレイスがここまで頑固とは思わなんだ」
「フン、あなたこそその石頭と同じくらい脳が固いのね」
「えぇ......」
その関係に亀裂が入ろうとしていた。
「今日あったばかりの僕には荷が重すぎるよ~」
「それはすまないとは思っている。だが少なくとも俺よりは向いているはずだ」
二人が怒って帰ってしまった会議質で、アルスはカラスと作戦会議をしていた。
「なんでそう言えるのさ」
「お前は勇者でありながら魔王様と和解してみせた。あの二人の気持ちも多少なりとも共感できるんじゃないか?」
「ああ、なるほど。......うーん、どうだろ」
納得したアルスではあったが、つい先日のことを思い出す。
(僕もこの前魔王と喧嘩したばっかりだしなあ)
既に仲直りしたが、喧嘩したやつが喧嘩するなと言っても何の説得力もないだろう。と考えたところで思い付いた。
「あ、そうか。仲直りだよ!」
「ん?」
「仲直りさせれば良いんだ!それなら僕でもできるかも!」
ちょっと行ってくる、と飛び出すアルスを前にカラスは思った。
(その仲直りの方法を考えていたんじゃないのか......?)
アルスは生まれてこの方勇者として人類の希望を努めてきた。結果、貧しいことも、痛いことも、苦しいことはすべて飲み込んできた。魔王とのそれがアルスにとって初めての喧嘩だったのだ。それまでは、我慢以外の方法を知らなかった。互いの尊重など考えたこともなかった。以前なら存在しなかった解決方法に気づき、嬉しくて飛び出してしまったのだ。
だが、二人は大人である。アルスと違って当然喧嘩は一度や二度ではない。仲直りするべきだとは百も承知で、それでも譲れないものがあるから怒ったのだ。
「俺は謝らねえぞ」
「え、いやでもっ」
「正しいのは私よ」
「せめて話を、」
ピシャっと目の前で入り口を閉められたアルス。
そう、二人は大人なだけあって拗れに拗れていたのだ。
がっくりと肩を落として帰ってきたアルスを前に、カラスは案の定という顔をする。もちろんアルスにはフードのおかげでよく顔は見えないが。
「駄目だったみたいだな」
「うん。仲直りしたくないのかな」
「まさか。あいつらは互いのために怒っているんだ。自分のためではなくてな。だから譲れない」
「お互いのため、か。......ドワーフとエルフの暮らし、半々の都市じゃだめなの?」
「効率が悪いんだ。精霊同士が反発しかねない」
「そっかぁ」
さっきよりも沈んで見えるアルス。その背中にカラスも思うところがあったのか。
「......ただ、効率だけを求めてはならん」
「え?」
「魔王様ならそう言うんじゃないかとは、思う」
アルスは気付いた。カラスも悩んでいるのだと。言葉は鋭くてもその心は同じ、自分に出来ることを模索している。魔王のために。そして魔王もまたアルスに期待してくれた。必要だと言ってくれた。だからこんな自分でも頑張ろうと思ったのだ。
「あ、そうか」
「どうした?」
「思い付いた!二人を呼んでくる!」
「待て待て待て!」
飛び出すアルスを前に、二度目は見逃さないカラス。
バサバサバサと何処からともなく現れた烏の群れに、アルスは足を止めるしかない。
「わ、なにこれ!?」
「俺の眷属だ。良いから落ち着け、さっきの二の舞になるぞ」
「う、それは」
取り付く島もない二人の様子を思い出し、思わず言葉に詰まるアルス。
「俺にも話を聞かせろ。まずは作戦を練るぞ」
「うん!」
グレイスとクライノートの考えることはアルスの方が共感できるかもしれないが、過ごした時間はカラスの方がよっぽど多い。アルスにとっては力強い味方である。
そうして二人の作戦会議は白熱していき、一晩が明けた翌日、『ドキドキ!仲直り大作戦!』が決行されることになった。
カラスは思う。
(魔王様もだが、コイツも相当なネーミングセンスだな)
だが頑張るぞと意気込むアルスを前には、流石のカラスも口をつぐむのだった。
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