第7話 都市開発

魔王とアルスの一悶着から数日。

食堂での職業体験を終えたアルスは、魔王と共に大陸最北の地に来ていた。そこはルフの里と呼ばれ、厳しい自然環境とそこからとれる豊富な資源が有名である。


冬の寒空に白い息を吐きながら、アルスは乗ってきた馬車を降りる。

「うー、さっむい」

事前にルフの寒さを聞いていたアルスも、眠々羊インソムニアシープの毛をつかったボアブルゾンに袖を通していたが、想像以上の寒さに震えている。

「だから言っただろう、その服じゃ寒いと」

「だって、この前スネアに選んでもらった服だったから」

言い訳するアルスに、あらかじめそうなると想定していた魔王は、持ってきた手袋にマフラー、それからニット帽を被せる。


それでも寒そうなアルスに、仕方なく羽織っていたコートを掛けた。

「わ、ありがと。魔王は寒くないの?」

「我は龍人ぞ。服がなくとも角が勝手に体温調整してくれる」

「はえー、便利だね」

そういうとアルスは魔王の頭に手を伸ばす。

「なんの真似だ」

「ちょっぴり角触らせてよ」

背伸びをしてめいっぱい腕を伸ばすアルス。だが、魔王が頑なに遠ざけるのでその手は届かない。

「なんで避けるのさ」

「良いか、龍人に限らず角というのは身内くらいにしか触らせない信頼の証なのだ。そう易々と触られては堪らん」


そういうと手を止めたので、やっと分かってくれたかとアルスの方を見れば、頬を膨らませて怒っていた。

「へえ、僕は信頼できないんだ」

これには魔王も困ったもので、返答がしどろもどろになる。

「いや、そうではなくてな。冗談で触られては困るということだ」

「僕は真剣だよ。魔王のことは身内くらい信頼してるのに」

閉口する魔王。流石の魔王も諦めて角を差し出す。

「はあ、触ってよいぞ」

アルスは手袋を脱ぎ、ぎゅっと魔王の角を握る。

「あっつい!」

ドラゴンブレスのように灼熱の魔力が込められた角の熱さに、アルスはすぐに手を放すことになるのだった。




そんな勇者と魔王を見ていた男がいる。


「......二人で何を?」

「うわあ!」

気配を消して近づいてきたその男に、アルスは驚いて悲鳴を上げる。

「なんだカラス、いたのか」

「ええ、最初から。中々来ないから迎えに来てみれば......」

フードを目深に被りながらも、魔王にはカラスがジト目を向けていることが分かる。

「いや、違う、ちょうど今から向かおうとしていた!」

「魔王、焦って言うとかえって言い訳みたいだよ」

いつの間にかカラスの側に付いたアルスが冷静に指摘してくる。

「おいアルス、お前はこっち側だろ!」


言い合う二人にこりゃだめだと首を振ったカラスは、早々になだめるのを諦めた。

「開拓拠点に案内する。仕事内容は見てもらった方が早い」

「あ、はい」

「勇者、下らん敬語はいらん。邪魔だ」

「分かった!」

「......」

あまりに躊躇いのない切り替えにカラスは内心複雑だ。もちろん、自分で敬語はいらないと言った手前、カラスは何も言えない。


アルスとカラスとでは水に油だと思っていた魔王だったが、そんな二人の様子を見て考えを改めることにした。

思いのほかアルスがカラスへの対抗策として有力すぎるのだ。カラスの言葉は語気が強いところがある。アルス相手では険悪な空気が出来るものだとばかり考えていたが、アルスの天然な行動力を前にあのカラスも二の口が次げないでいる。


(わざわざ我がついてくる必要はなかったな)

魔王は二人の後ろ姿を眺めながら思った。




「ここでの仕事を説明する。ルフの里についてはどれだけ知っている?」

カラスは拠点に向かいながらアルスに仕事の話を振る。

「えっと、ここは山と森に囲まれていて、自然環境は過酷だけど鉱脈、木材資源が豊富っていうことくらいかな」

「そうだ。我々は貿易相手を持たない。自国で物資を賄う必要がある。そしてここはその要だ。消費される物資の実に半分以上がここで生産されている」

「でも、ここから運ぶのは大変だね」


見渡すばかりの大自然。少し奥の方に集落規模の拠点が見えるが、物資を輸送する道が満足に敷かれていないことが気がかりだ。

「その通り。これまでは竜族が空路を輸送していたんだが」

「もしかして、前線に駆り出された?」

噂には聞く竜族。戦争では見かけたことがなかったため、魔王軍に属していないと思っていたのだが、輸送活動という使い方は宝の持ち腐れなんじゃとも思う。しかし、もし魔王軍に来るのが遅ければ、自分がドラゴンと戦っていたかもしれないと思うと、アルスは身震いした。


だが、どうやらアルスの予想は外れたらしい。

「違う。魔王様とお前の密約以降、人類国は攻めあぐねている。魔王様も考えあって実質今は停戦状態。物資はそれほど必要ではないということだ。俺も本来は防衛の人で城を離れられないはずだった」

「あ、僕が原因だったんだ。じゃあ竜族はどこで働いているの?」

「いや、かの種族は魔王軍には属していない。人間国に攻められても竜族だけで対応できるからな」

「え、じゃあなんで輸送を?」

「魔王様の人徳あってのことだ。竜族は魔王様に借りがあった。それで魔王様は戦い以外で手伝ってほしいと頼み、竜族も快く応じてくれた」

「へえ、仲がいいんだね」

そういう話ではない、とは思っていても口に出さないカラス。どうやらこの数時間で扱い方をおぼえたらしい。


「そこで、魔王様は今のうちに輸送路を繋げようと考えている」

「おー、じゃあ僕は道を敷く手伝いをすれば良いんだね?」

「いや、お前には都市開発の方を進めてもらいたい」

「都市開発?」

「ああ。ここから魔王城まではかなりの距離がある。一本の輸送路を軸に貿易都市を設立、いずれは大陸を超え交易をしようとのお考えだ」

「なんか、すごく大きな話だね」

「魔王様はいつも未来を見据えている。みなその期待に応えようと張り切っていたんだが......」


そこで黙り込むカラス。なにか問題があったのだろうかと疑問に思っていると、既に報告事項を終え、帰り支度を進めていた魔王がそれに答えた。

「この都市は貿易とは別に、故郷を失った魔族たちの住まいと仕事を用立てる意味合いがある。だが、多種族が暮らす都市という試みは初めてでな。種族間の違いは生活の違いとなるものだから計画が滞っているのだ」

本当は我が手伝いたいんだが、と漏らす魔王に、カラスはこれ以上多忙にするわけにはいかないと頭を振る。


「んー、でも僕手伝えることあるかな?元勇者だし話し合いが難化したら......」

「いや、お前なら大丈夫だ」

背中を押したのは意外にもカラスであった。一緒に過ごしてアルスの人となりを知ったからか、それとも開発部の魔族を信頼しているのか、あるいはその両方だろう。


そんなカラスの言葉に、魔王は安心して任せられると言った様子だ。

「カラスが言うなら大丈夫そうだな。我は城に戻る」

「あ、うん。行ってらっしゃい」

「この地のことはお任せを」


ブオンと大きな翼を広げ、空へ飛び立つ魔王。

残されたデコボココンビは、少し気まずい空気の中仕事へと取り掛かるのだった。




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