8-08
いつも無表情一辺倒だったリリエラが、その端正な顔に――それはそれはぎこちない、事務的な笑みを浮かべていたのだ。
「……わお」
「にゃあ……」
ナナシとクロがそれぞれ、驚いたような声を漏らす。
芸術品とも呼べる顔に浮かぶ、その貼り付けられたような微笑は、むしろアンバランスとさえ言える――けれど、それでもリリエラは笑っていた。
「……ありがとう、リリエラさん」
リリエラはもう、いつもの無表情に戻って、何のお礼だろうかと首を傾げていた。彩音は何も言わず、ただ笑顔だけで答える。それでいい、と思えたのだ。
彩音と同じく目を丸めていたナナシとクロが、気を取り直して声を上げた。
「それじゃあ、おねえちゃん、元気でねっ」
「にゃあん」
手を振る少年と一声鳴く黒猫に、彩音は微笑で応えた。何とも呆気ない別れだと、そんなことを思いながら、彩音は彼らから背を向ける。
「うん、それじゃあ――」
扉に伸ばした彩音の手が、途中で止まる。
心によぎるのは、きっともう彼らには会えないのだという、形容し得ない想い。
別れは、悲しいだけではない。それはもう、彩音にも分かっている。
だけど心に次々と過ぎ去っていく想いを、止めることなど出来なかった。
それでも万魔殿は――昨日とも明日とも、今日とさえつかぬ時を、眠ることなく越えていくだろう。
訪れる者の願いも、去っていく者の想いも、全て飲み込んで続いていくだろう。
名残惜しさも、哀愁も、一抹の寂しさも、微かな慕情も――万魔殿は、全てを包んでいく。
「…………」
扉に手を掛けたまま動かない彩音の脳裏に、一つの言葉が浮かぶ。
――万魔殿では、全てが自由――
初めは戸惑っていた慣習だが、彩音は最後に一度、それに倣ってみようと思った。
「ナナシくんっ」
「ん、なに? おねえちゃ――」
呼ばれて顔を上げたナナシの唇に――彩音の唇が、重なった。
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