7-09

 真っ赤に腫れているであろう目もそうだが、茹ったように朱色に染まる顔も、彩音には恥ずかしい。両膝の真ん中に顔を突っ込んで隠すようにしながら、彩音はナナシに声を掛けた。


「……恥ずかしいとこ、見せちゃった」


「えーっ? そんなことないよぉ」


 本当に気になどしていない、という様子で答えるナナシに、ぷぅ、と彩音は頬を膨らませて探るように顔を覗きこむ。


「リリエラさんの話とかと比べると、大したことないな、って思ってない?」


「あははっ、そんなこと思ってないってば。大切なモノっていうのは、人それぞれ違うんだもん。その大きさも重さも、人それぞれで価値は違うんだから。なんて――」


 ナナシがそこで、軽く頬を掻きながら笑った。


「これもアスモデウス様からの、受け売りなんだけどね」


 そう言って恥ずかしそうにしているナナシの様子が、彩音にも何だかおかしくて、思わず失笑してしまう。


「ふふっ……ナナシくん、ありがとう」


「えー? 僕は、話を聞いてただけなのになぁ」


「それでも……ううん、だからよ。――本当に、ありがとう」


「うーん……えへへ、まあ、いっか」


 そう言ってナナシが軽く伸びをした瞬間――彩音達の眼前に、黒い影が飛び込んでくる。


「にゃあおぅ」


「あっ――クロちゃん!」


 現れたのは、先ほど大男を引き付けて逃げていったクロだった。見た目にも外傷はないし、どこか余裕の風情で佇んでいる。


 そんなクロに、彩音は安堵の表情で駆け寄っていった。


「よかった……無事で、本当によかった……」


「……うにゃう」


「あっ……」


 彩音が差し出した手に、クロは頭を押し付けるようにして擦り寄った。一瞬、びくりと震えた彩音に、ナナシが横から声を掛ける。


「もう、大丈夫だよね、おねえちゃん」


「…………」


 彩音は少しだけ俯いて、短く、本当にごく短い間、目を閉じた。


(――もう、大丈夫――)


 次に目を開いた時、彩音はにこりと微笑んでいた。


「うん――もう、大丈夫」


 彩音はクロに両手を差し出し、その腕の中に招いた。クロは尻尾を二、三度と躍らせ、どこか優雅な佇まいで彩音の腕の中へと収まっていく。


「ありがとう、クロちゃん……あなたにも、本当に……ありがとう」


 僅かばかりの力を込めて、彩音はクロを、ぎゅっ、と抱き締めた。クロは彩音の顔を少しだけ眺めた後、その鼻先をペロリと舐め、一声鳴く。


「……にゃおん」


 彩音に抱き締められていたクロが、甘えるようにその胸へと顔を埋める。ナナシはそれを横目にジトッと眺めながら、一言ぼそりと呟いた。


「……エロネコ」


「にゃーあん?」


 首を傾げた黒猫の姿は、さも『何のことやら』と言わんばかりだった。

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