7-08
ナナシは、いつの間にか彩音の隣に座り込んでいた。少しだけ目を赤く腫らした彩音が、自責するように呟く。
「……捨てられてるのを初めて見た時、私が迷ったりなんてせず、あの子を連れ帰ってあげてれば……こんな怪我なんて、しなかった」
「仕方ないよ。そんな大雨が降るなんて、予測できっこなかったんだからさ」
「怖くて躊躇うくらいなら、川に飛び込んだりなんて、最初からしなければよかった。そうすれば右腕だって、こんなことにはならなかった」
「でもさ、おねえちゃんが川に飛び込んだから、結果的に猫も助かったのかもしれないよ」
「こんな風に、後悔するくらいなら――あんなこと、するんじゃなかったっ……!」
「……うん、それは、そうなのかもしれないね」
否定せずに頷いたナナシが、だけど、と続けて言葉を紡ぐ。
「でも僕はさ、どんなに迷っても、どんなに怖くっても、結局、猫を見捨てることが出来なかった、おねえちゃんのそんな優しいところがさ――大好きだよ」
「……っ!」
ナナシの言葉は、何の混じり気もない、素直な気持ちなのだろう。だからこそ彩音は、今まで素直になれなかった彩音は――感情の堤防を、ついに決壊させることが出来た。
「ピアノ、弾けなくなるなんて、信じたくなかったっ……それしか知らなかったのに……わたし、これからどうしたらいいのか、わかんなく、なっちゃったのっ……」
「不安だったんだよね、おねえちゃん」
「ねこ、ほんとは嫌いなんかじゃ、ないのっ……大好きなのに……わたし、あの子のせいに、ねこのせいに、してたっ……」
「そういうこと、誰にだってあるよ。僕だってたまにあるもん」
ナナシの小さな肩に顔を押し付け、彩音は咽ぶように泣く。ナナシは慰めるように彩音の頭を撫でながら、その独白に耳を傾けていた。
「わたしっ……ああ、わたしはっ……何も、まだ何も、知らなかったっ……ピアノだけが全てって、そうやって決め付けて、他にも色んな世界があるって、そんな当たり前のことを、考えもしなかったっ……! ばかだっ……わたし、ばかだよぅ……勝手に失くして、勝手に絶望して、それで、子供みたいに駄々こねてっ……うっ、ひぐっ、う、あぁ……!」
堰を切ったように溢れ出すものを――彩音はもう、堪えようとはしなかった。
「ばかぁ……わたしの、ばかぁ……! ふあっ、うっ、あぁん……!」
彩音は、大きな大きな泣き声を上げた。今までは、声を、心を押し殺し、空虚な涙を流すことしかしていなかった彩音が――誰に憚ることもなく、大泣きした。
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