6-05

「……くん、ナナシくんっ」


 耳あたりの良い少女の声に、はっ、とナナシが我に返る。いつの間にかナナシの顔を覗きこんでいた彩音が、怪訝そうな表情をしていた。


「どうかしたの? いきなりボーっとしちゃって……」


「えっ? あ、あははっ、なんでもないよぉ」


 慌てて取り繕うナナシに、彩音は怪訝そうな表情そのままで首を捻る。


 彩音のことは、何だか不思議な人だなぁ、とナナシは時々思う。この万魔殿では滅多に見られないタイプの、いわゆる普通の人のようだ。


 ……と思えば、いきなり取り乱したり、慌てて取り繕ったり、何を気にしているのか恥ずかしそうに頬を染めたり、やはり変わった人なのかもしれない、と思うこともある。


 生きるために必要な《何か》――彼女でいうところの《希望》を失っていながら、その感情は決して死んではいないような気がする。


 そんな彼女と接していると、やはり不思議、としか形容できないような気持ちに、ナナシは時おり陥るのだ。


「……ねえ、おねえちゃん」


 ナナシはほとんど無意識の内に口を開いていた。急に声を掛けられた彩音が立ち止まって、続く言葉を待っている。


 少しだけ考えたナナシが、改めて思いついたことをそのまま述べた。


「ちょっとさ、僕の部屋に、来てみない?」


「……えっ?」


 彩音は明らかに、戸惑っていた。ナナシが彩音の部屋に入ってもいいか、それを尋ねた時と似たような狼狽ぶりだ。


 ダメなのかな、と諦め半分で答えを待っていたナナシに、彩音は一言で返してくる。


「……い、行ってもいいけど」


 その答えを聞いて、やった、とナナシは無邪気に破顔した。

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