5-07
『お嬢さん……メイドのお嬢さん』
暗闇の中にあったリリエラの意識が、誰かに身体を揺さぶられたことで、ゆっくりと覚醒していきます。ようやく目を開くと、そこには見知らぬお爺さんの顔がありました。
『えっ……きゃっ?』
『おお……気付いたかね。よかった、よかった』
『あ、あの……ここは?』
うんうん、と頷くお爺さんを尻目に、リリエラは辺りを見回します。
リリエラは、確かに万魔殿の、自分の部屋で眠りについたはずでした。ですが、そこは万魔殿ではありません。外の――リリエラが元いた、歓楽街の通りでした。
『えっ……? わ、私、私……どうして、こんな所に』
『ああ……どこかのお屋敷から逃げてきて、迷い込んだのかね? だけど、こんな所で眠っていてはいけないよ。吹溜のようなこの場所では、寝ている間に襲われても、文句は言えないのだからね』
『ち、違います、違うんですっ! 私、万魔殿にいたんです! さっきまで、頂いたお部屋で眠っていて、その前は、お料理を作って、ナナシ様とお話していてっ!』
捲くし立てるリリエラに、お爺さんは戸惑っていました。何か可哀想な者を見るような眼でリリエラを眺め、その肩に優しく手を置きます。
『お嬢さん……気持ちが落ち着いたら、自分の元いた場所へお帰りなさい。どんな場所でも、ここよりはずっとマシなはずだよ……』
そう言い残して、お爺さんは闇の中へと消えていきました。一人ぼっちになってしまったリリエラは、地面に膝をついて、途方に暮れてしまいます。
元いた場所へ――リリエラがいたのは、万魔殿だったはずです。だけど万魔殿は、どこにもありません。夢幻と同じように、消えてなくなってしまいました。
あれは、夢だったのでしょうか? 全てを失ったリリエラに、神様が、いいえ、お優しい大悪魔のあの方が見せてくださった、一時の儚い幻だったのでしょうか?
あれが夢幻だったのなら――万魔殿など存在しないのなら、リリエラの元いた場所というのは、一体どこなのでしょうか。
愛する人はもういない、リリエラを虐げ続けたあのお屋敷でしょうか。それとも、リリエラが売られていった、あの娼館でしょうか。
そのどちらにも――この世界のどこにも、《幸せ》なんて見当たらないというのに。
『うっ……うぁぁん……! イヤ……こんなの、いやぁ!』
誰よりも不器用で、誰よりも弱い、愚かなリリエラには、ただ泣くことしか出来ませんでした。涙を流すことしか出来ないその目から、大切なモノを失った悲しみを、無意味に垂れ流すことしか出来なかったのです。
だけどそんな役立たずの目に――《幸せ》を失ったその目に、あの扉が映りました。
『あ、ああっ……ああっ!』
見間違えるはずもありません。それは万魔殿の――万魔殿への扉でした。
あの日々は、やはり夢なんかではなかったのだと、あの《幸せ》な時間は、確かにそこにあったのだと、リリエラは喜んで扉に飛びつきました。
ですが――
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