5-08
『んっ……! は、あぁっ……なん、で……? どうしてぇ……?』
いくら押しても、扉は一向に開きません。
『開けて……開けてっ、開けてよおっ! 私は、私は〝そこ〟にいたいの! こっちには、私の《幸せ》なんて、もうどこにも無いのっ!』
どれだけ強く叩いても、扉はびくりともしません。初めて扉を開いた時の軽さが、まるで嘘のようでした。
扉は重たくて、重たくて、それが自身を拒絶しているのだということがはっきりと伝わってくるものだから――それがリリエラには、悲しくて、悲しくて、仕方なかったようです。
『ふっ、ぐぅ……ひぐっ、えぇん……』
リリエラの《幸せ》は、万魔殿の中にありました。万魔殿で《幸せ》を取り戻してしまったリリエラは、万魔殿に留まれなくなってしまったのです。
だけど、万魔殿にいられなくなれば《幸せ》ではなくなってしまう。だけど、万魔殿にいれば《幸せ》を取り戻してしまう。その《幸せ》を失ったリリエラの目に、万魔殿への扉は映りますが、扉を開くことだけはどうしても出来なかったのです。
リリエラは万魔殿への扉の前で、長く、長く悩みました。どうすればいいのかと、彼女は不器用な頭で考え続け、気が狂うほどの想いを万魔殿に寄せ続けました。
苦悶の果てにリリエラは、ようやく一つの答えに辿りつきます。
――万魔殿へ入るには、生きるために必要な《何か》を失わなければならない――
『……ああ、そうよ、そうだったわ……』
考えてみれば、簡単なことでした。不器用な頭で、ようやく辿り着いた答えに、リリエラは死にかけた《心》のままに微笑みます。
だけど、何を失えばいいのでしょうか。リリエラは全てを失って、今では何も持っていません。唯一、求める《幸せ》は、万魔殿に置き忘れてしまったのです。
何を失っても構わない――そこに居られる《幸せ》のためなら、何だって捨てるわ――
リリエラは、最後にもう一度だけ微笑みました。しかしその表情はすぐに沈み込み、口はそれきり真横に閉じられて、瞳は一切の輝きを失います。
そんなリリエラの目の前で――とうとう、万魔殿への扉が開いたのです。
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