5-03
その昔、リリエラはとあるお屋敷のお嬢様でした。それはそれは裕福な家の生まれだったらしく、生きていくのに不自由したことなど、それまで一度もなかったようです。
彼女には、幼少時代から将来を誓い合った、婚約者がいました。成長したリリエラはその婚約者の家に入り、兼ねてからの約束通り、結ばれることになったのです。
婚約者の家は、リリエラの住んでいた街とは遠く離れた所にありました。見知らぬ地で、それでも自分達を待つ《幸せ》の日々を、リリエラはまるで疑ってはいなかったようです。
しかし二人は一度も契りを交わすことさえなく、引き裂かれてしまいました。
――戦争でした。
リリエラの夫は軍人で、戦争が起これば戦地へと赴かなければなりません。婚姻を結んでから間もないにも関わらず、リリエラの夫は出兵してしまうことになります。
だけど夫は、出立の間際、リリエラにこう言い残しました。
『僕は必ず帰ってくるから――それまで、待っていてくれ』――と。
リリエラは夫の言葉を何一つ疑いもせず、待ち続けていました。彼は必ず帰ってくると、信じて待ち続けていたのです。彼が約束を違えたことなど、一度も無かったのですから。
そして、信じて待ち続けたリリエラに届いたのは、一通の悲報でした。
戦争には勝利し、戦火がリリエラの住む街にまで及ぶことはありませんでした。
だけど彼は――リリエラの夫は、二度と帰ってこないのです。
夫の母親は、溺愛していた息子が帰ってこないことを、その責任の全てを――リリエラに押し付けました。疫病神だと、悪魔の使いだと、蔑み始めたのです。
それからの日々は、それまでの日々とは一転してしまいました。夫の母親はリリエラを使用人のように扱い、事あるごとにリリエラを虐げました。
リリエラは、非常に不器用な女でした。そのような扱いを受けても、ただ黙って耐え続けることしか出来ないような、酷く不器用な女でした。
そうして耐え続けた日々は、最悪の形で幕を閉じることになります。夫の存在のみで保たれていたようなその家は、ただ浪費を続けることしか出来ず、他者の手へと渡ることになってしまったのです。
そして、リリエラは――この家の所有物でしかなくなってしまった彼女は――金策のためという名目で、僅かな金貨と引き換えに、娼館へと売られることになったのです。
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