5-02

 リリエラも彩音に気付いたのか、粛々と頭を下げてきた。


「こんばんは、彩音様――」


「リリエラさんっ、お願いっ! 中へ入れてっ!」


「はい、かしこまりました」


 特に問答の一つもなく、リリエラは自室の扉を開いて彩音を招き入れた。大男の迫ってくるのが見えたのか、リリエラ自身もそそくさと室内に足を踏み入れる。


 廊下に響く大男の雄叫びが近づいてくることはなくなり、ようやく危機を脱したのだと、彩音は安堵の溜め息を吐いた。


 落ち着いて息を整えた彩音が、おもむろにリリエラの部屋を眺める。この中世の城にも似た万魔殿にあって、少しばかり装いの古めかしいこの部屋は、相応しい佇まいを醸し出している。置かれている家具も、中世の貴族が使うような物とさえ思えた。


 ふと見つけたのは、大きな鏡台の上に置かれた、絢爛な額縁に飾られていた写真立て。その中央の写真はセピア色に染まっており、精悍かつ凛々しい面立ちの青年の姿が写っていた。


「……この人は……」


「私の夫だったお方です」


 彩音の口からぽろりとこぼれた呟きに、リリエラが間髪入れず答える。


 夫『だった』とは、どういう意味なのだろうか。リリエラが万魔殿に住み着くことになったのと、もしかしたら関係あるのだろうか。


 本当は、聞くのも躊躇われるような話だった。それでも彩音は、なぜだかそれを知りたい気持ちに駆られた。もしかしたら万魔殿に居続けていることで、感覚が少しばかり麻痺しているのかもしれない。


「リリエラさんは、どういう経緯で――この万魔殿へ来ることになったの?」


「……私の過去のお話でしょうか?」


「あっ、ご、ごめんなさい! 話したくなかったら、別に」


「まず、私が《幸せ》を失った時の話からになりますが、よろしいでしょうか?」


「えっ、あっ、はい。……り、リリエラさんが、いいなら……お、お願いします」


「はい、かしこまりました。あれは、私が―――」


 無表情のリリエラは、特に何か気にする様子もなかった。彩音にしてみればペースが掴みにくくもあるが、それはともかくと、リリエラの話に耳を傾けることにする。


 リリエラは淡々と己の過去を語り始めた。それこそ、どこかの他人の話でもしているかのように、抑揚なく、ひたすら淡々と――

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