4-08 第四幕ラスト
「これは? この黒い大きな――」
「さ、触っちゃダメッ!」
思わず大声を出してしまい、彩音は左手で咄嗟に口元を押さえる。ナナシもさすがに驚いていたようで、完全に身体が硬直してしまっていた。
凍りついた空気の中――彩音が、苦し紛れに口を開く。
「……ば、爆発するわよ」
「え、ええっ!? そ、そんな危ない物なの!?」
「危ない、物……そ、そうね、そうよ。指を挟んだりして、怪我しちゃうことだってあるんだから。あんまり触ったりしないほうが、いいんじゃないかしら……?」
普通ならあまりにも無理のある誤魔化し方だったこともあり、彩音は完全に目を逸らしていたが、ナナシは素直に受け止めた。
「そっかー……じゃあ怖いし、おねえちゃんの言う通り、触らないほうがいいね。でもさ、そんな危ない物なのに、この部屋にあるっていうことはさ」
ナナシはただ、悪気など一切なく、ひたすら素直に言葉を紡ぐ。
「これはおねえちゃんにとって、大事なモノなんだね」
その一言を受け、彩音は凍りついたように、身動ぎ一つ出来なくなる。やっと答えることが出来たのは、数秒の間を置いた後だった。
「――ちっ、違うわよっ!」
一瞬だけ、彩音は返事を躊躇ってしまった。自身も明確にそれを理解していたから、思わず眉根を顰めてしまう。即答できなかったのが、なぜだか彩音には腹立たしく思えたのだ。
そんな彩音を見て、ナナシは怪訝そうな表情をする。
「今のおねえちゃん、アスモデウス様に何を失ったのか聞いた時と、同じ表情してたよ」
「……えっ?」
「見たのは一回きりだけどね。その時、何て答えられたのかも、もう忘れちゃったし。でも……」
いつも明るい少年の表情が、少しだけ沈んでしまう。
「なんていうか、悲しそうで……だけど、怒ってるようにも見えてさ。やり場がないっていうよりも、自分のことを怒ってるような、そんな風に見えたんだ」
「…………」
「まあ次に会った時は、いつもの適当なアスモデウス様に戻ってたんだけどね。あはは」
そう言って笑うナナシだったが、どこか無理をしているようにも見える。それを彩音が察していたのに気付いたのか、ナナシは軽く頬を染めて目を逸らした。
「あーあ、なんか疲れちゃったなぁ。あ、そうだ! 今日は、おねえちゃんの部屋で寝てもいい?」
「……えっ、えっ? ちょ、ちょっと、なんで……」
「ふあぁ~あ……おやすみなさーいっ」
彩音の返事は聞かず、ナナシはベッドへと思い切り飛び込んだ。二、三度と寝返りを打ってから、落ち着く場所を見つけたのか動きが止まる。
「うーん……ふっかふか……ぐぅ~」
「……もう、勝手なんだからっ」
――だけど――彩音は思う。
リリエラも、とても人とは思えないあの大男も、猫でさえも、そしてあの大悪魔のアスモデウスも――誰もが、大切な物を持っていたのだ。
そしてそれを失って――そうしてまで、ただ生きてなどいられなくなってしまったのだ。
そしてそれは、きっとこの――ナナシも同じ。
もしかしたら、ナナシは《寂しい》のではないか、と彩音は思った。漠然とだし、そうとばかりも言えない気はするが、それでもこの少年だって《何か》を失ってここにいる。
「う~ん……ムニャムニャ」
彼は今、どんな夢を見ているのだろうか。ベッドの横側に座った彩音が、寝息を立て始めたナナシの頭を、左手でそっと撫でた。
彩音がナナシの横に――若干の距離を空けてだが、出来るだけ音を立てないように気をつけて寝転ぶ。
この日はなかなか寝付けなかったが、それでもやがて、疲れた頭には無意識の帳が徐々に下りていった。
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